黒吞みのメガディア④


パキラさんも吹き出しそうになる。

誰だってそうなる。僕は訊いた。


「え? いやなんで?」

「なんでって、理由はないわ」


あっさり言ってメガディアさんはシードルを飲む。


「ない?」

「なんじゃと?」

「それとも誰かに雇われているの?」

「えっとそれは」

「ないわよね」

「……まぁ雇われてはいません」


厳しい眼差しにウソは付けなかった。


「な、なぜじゃ?」


パキラさんは呻くように尋ねた。


「だから理由はないわ」

「いやいや、理由は無ければいかんじゃろう」

「なに? 彼氏を盗られると思ったの?」

「彼氏ではないっ!」

「彼女ではないです」

「それなら別にいいじゃない」

「……そうじゃが……」


なんともいえない感じになるパキラさん。


「…………」


理由が無いのは嘘だと思う。

僕には心当たりがある。


だがそれは―――緊張がはしる。

【危険判別】でメガディアさんは真っ赤だ。


黒じゃないのはホッとしている。

黒だったら……考えたくない。


判別は何も物理的な危険だけではない。

環境や立場や精神的な危険も判別させる。


「―――冗談よ」

「え」

「そんな嫌そうな顔されるの心外だわ」


くすっとメガディアさんは苦笑する。


「あっ、す、すみません。いきなりすぎて」


ホッとする。なんだ冗談か。

パキラさんは呆れ顔で呻いた。


「なんと、たちの悪い冗談じゃ。まさか同行の件も?」

「それは本当よ」

「ならばよいが」

「はぁ、あーしって魅力ないのかしら」


メガディアさんはため息混じりにぼやく。


「そ、そういうわけでは」


え? え? 

どういうこと?


「そういうことではなかろう」

「えっと、あの、メガディアさんは綺麗ですよ」


実際、高身長でも違和感なくゴスロリが似合う。

とても綺麗なひとだ。メガディアさんは微苦笑する。


「冗談よ」

「……からかわないでください」


恥ずかしいこと言わされ、さすがの僕もムッとする。


「ふふっふふふっ、あーしをフった仕返し」


メガディアさんは妖しく微笑む。

まったく。


「…………のう。ウォフ」

「なんですか」

「わらわはどうなんじゃ?」

「ん? どう?」


なにが?

するとパキラさんは不機嫌そうにする。


「わらわは……魅力とかどうなんじゃ」

「え? え? えと、その……か、可愛いですよ。美少女です」


猫耳は正義。

まあ実際に可愛い。美少女だ。


「ふ、ふん。当然じゃ」


鼻を鳴らし、そっぽを向く。耳まで真っ赤になっている。

なんか僕、間違えた? 


けっこう恥ずかしい思いしたんだけど。

メガディアさんはジト目になる。


「イチャイチャするなら隣の部屋でやってくれる?」

「イチャイチャしとらん!」

「してませんよ」


それに隣の部屋ってどういう意味だ。

パキラさんは頬を僅かに赤くして、咳払いする。


「こほん。もうよい。メガディア。この同行の話はしっかり持って帰り、後日に返答する。それでよいかのう」

「ええ。近々、討伐に行く予定だから早めにね」

「返答はどうすればよいのじゃ」

「探索者ギルドの受付であーしの名前を言えばいいわ」

「わかった。返事はなるべく早くする。ところでひとつ聞きたいことがある」

「なあに?」

「メガディアはエッダかのう」

「そうなんですか?」


エッダ。至高種族。支配種。

全ての種族の頂点にあるモノ。


「……そうね。あーしはエッダよ。よく分かったわね」

「その紫の瞳。それと知り合いに混血がおるのでのう」


アンブロジウスさんのことか。

それを聞いてメガディアさんは納得したように頷く。


「あーしは純血のエッダ。だからって特に何も無いわ」

「貴族では?」

「確かに伯爵よ」


伯爵!? さすがのパキラさんもビックリしている。

メガディアさんは手にしたシードルのグラスを揺らす。


「でもあーしは探索者なの」


コクっと飲む。

パキラさんは俯く。


「すまぬことを聞いた」

「いいのよ。種族は変えられないわ」


微苦笑するメガディアさん。

何かエッダとしてあったんだろうか。


「…………」

「ウォフくん。どうしたの」

「あっいや、その、エッダってなんなんだろうなって思って」

「支配種じゃろう」

「それはそうだけどあんまりよく知らなくて」

「あまり見掛けんからのう」

「―――エッダは特徴としてはそうね。紫の瞳をしているわ」


アンブロジウスさんもそうだった。

紫の瞳か。


「それと生まれつきレリックをふたつ持っているわね」

「ということはメガディアさんも?」

「ええ、あるわ。もちろん」

「それだけでも他の種族より遥かに優れておるのう」

「そうね。他に必ずレリックを持っているのはフェアリアルね」

「そうなんですか」

「あれは特殊なのよ。後は全員が貴族は言ったわね」

「はい。そういえば疑問なんですけど、エッダは全員が貴族なんですよね。それなら貴族はエッダ以外に居ないんですか」


前々から思っていた疑問だ。


「いいえ。エッダ以外の種族にも貴族はいるわよ。現にこの国の王はエッダじゃないでしょう」

「そうなんですか」

「おぬし。自分の国の王の種族ぐらい知っておけ」

「すみません。縁がないんで」


それと興味がない。


「でもその辺は確かによく誤解されるわね」

「貴族がおらぬのもあるのう。ここは王都から離れておる辺境じゃからのう」

「ハイドランジアの領主・辺境伯もエッダじゃないのにねえ」

「そうだったんですか」


知らなかった。

パキラさんとメガディアさんは見合って苦笑する。


「面白いわね。ウォフ君」

「最低限ぐらい知っておいたほうがよいぞ」

「は、はい。すみません」


そうだよな。興味なくても知っておいたほうがいいよな。

縁は全くないけど。


「他は―――そうね。信仰している神がいるわ」

「至高種族が?」

「支配種ですよね」

「そうよ。紫の髪で六つの紫の瞳をした神よ」

「初耳じゃのう」

「……その神様の名前はあるんですか」

「ええ、【ジェネラス】っていうの」

「不思議な響きがある名じゃ」

「そうですね。メガディアさんも信仰しているんですか」

「ええ、エッダなら誰もが信仰しているわ。これくらいね。あんまり面白く無かったでしょ」

「いえ、勉強になりました」

「そうじゃな。貴重な話じゃった。エッダが神を信仰しておるのは意外じゃった」

「よく言われるわ」


メガディアさんは照れたようにシードルを飲む。


「さて、そろそろお暇しようかのう」

「あら、もういいの?」

「早めに相談せねばならぬことが出来たからのう」

「僕もそろそろ帰ります」

「あら、あなたも。残念ね。でも楽しかったわ」

「わらわもこうして話せて光栄じゃった」

「僕もです。ありがとうございます」

「いいのよ、また機会があったら話しましょう」

「うむ」

「はい」


僕達は貴重な体験をして店を後にした。

少し歩いて、パキラさんは立ち止まった。


「ここらで別れるとしよう」

「はい。今日は色々ありがとうございました」

「礼を言うのはわらわのほうじゃ。おぬしが居なければメガディアと話せなかった」

「そんな大げさな」

「それと、わらわも……ぬしと一緒で楽しかったぞ」

「はい。僕も楽しかったです」

「ところで、のう。ウォフ」

「なんですか」

「おぬし、雇い仔をしておらんのか」

「は、はい。すみません。してません」


嘘をついたことがバレてしまった。

少し心苦しく感じる。


「そうか……………どうにも不思議じゃな。おぬしは」

「そうですか」

「それと前にどこかで」

「?」


なんか小声でよく聴こえなかった。


「薬草図鑑がおぬしの役になれば幸いじゃ」

「はい。必ず役に立たせます」

「期待しておる。ではのう」

「それでは、さよなら」


こうしてパキラさんと別れた。

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