第23話

小鳥遊は屈んで何かをしていた。


ドラム式の洗濯機の蓋が空いているし、ぶくぶくと泡が零れ落ちているので、何となーくだけど呼び出された理由に触れる。


「……なにしてんの」


「早くない?」


眉根を寄せて小鳥遊に近寄れば、「まだかかると思った」と何かを手繰り寄せる。その度に洗濯機の中から泡が溢れ出る。今日は長めのTシャツを着ているから裾が泡に浸かっているけど、この様子じゃ絶対気づいてない。


「そうでなくて、あんたが助けてって言うから、てっきり事件か事故にでも巻き込まれたかと」


「……洗濯機から泡が出る事件?」


そうだな、事件っちゃ事件だ。


「明らかに洗濯失敗してんじゃん、洗剤どれだけ入れたのよ」


「……適当」


いや、すっからかんだし、全部いれたなこいつ。


容器の重さしか感じない洗剤を確認して、全ての状況を理解した。


「とりあえず生きてて良かった、知り合いが急に死んだら嫌だもんね」


「勝手に殺さないで貰っていい?」


「あんたが語弊をうむメッセージ送るからでしょ!?」


言い合いをしながら、くるんとカールしたロングヘアーをひとつに纏めてジャケットを脱いだ。あーあ、これ、床も掃除しないとダメだ。


服も何回か洗濯しないとヌメリは落ちないだろうし、こいつの服、意外とブランドものだから手洗いがいいかな。


水分を含んでずっしりと重くなった服を洗面台に乗せると「捨てればよくない?」と小鳥遊は平然と言うから、きょとんと瞬きをさせる。


「捨てるって、勿体ないでしょ。洗えばまだ着れるって」


「そういうもん?」


「あんた価値観おかしくない?使い捨てれば良いってもんじゃないでしょ、物に愛着湧くことないの?」


丸まった服たちをざぶざぶと水で洗い流していると「愛着……」小鳥遊は大袈裟に悩み始めた。


「だから部屋が散らかるのよ、ものを大事に扱ってない証拠」


なんだか説教みたいになってしまったな、と言い終わって少しの後悔が襲う。


ちら、と視線を流すと、未だにしゃがんでいる小鳥遊は、あたしのスカートをつんと摘んだ。


「服、いつもとちょっと違う」


「合コン抜け出してきたのよ。しかも医者だったのに、あんたのせいで一人も連絡先交換する暇もなかったわ」


折角の超当たりだったのに、今更、涙を呑み込む。


小鳥遊が静かに立ち上がると、目線がいつもと同じになる。頭ひとつ分、あたしが見上げる形。


「顔も少し違うわけだ」


すう、と顔が近寄ると、前髪の隙間から透明感のある瞳があたしを見据える。小鳥遊の香りは洗剤のそれが消している。


「近い!」


身を捩って距離をとり、柄にもなく頬に空気を溜めた。


「またあたしのこと馬鹿にしてるでしょ」


「…なんでそういう男を狙う必要あんの?」


馬鹿にしているって否定もないし、今日の論点はそこか。しかし、愚問だ。


「人を幸せに出来るのって、結局お金じゃん。愛でご飯は食べられないでしょ?」


「……じゃー、金持ちはみんな幸せってこと?」


「少なからず、そうよ」


小鳥遊は気怠く洗濯機に凭れると、ふぅん、といつもの空返事を聞かせた。


「その人次第だとおもうけど、俺は」


目は口ほどに物を言うっていうけれど、口元しか見せない男は持論を唱える。


……それは、恵まれてる人間が言えることでしょ。


言い始めると、再び説教じみた言葉が次々に出てきそうだ。喉の奥に気持ちを閉じこめて、代わりに「生意気」とだけ言い捨てる。


「あーあ、べっとべと」


服も泡だらけなことに、洗い終えてようやく気が付く。ストッキングに至っては脱ぐしかない。家帰って即風呂パターンだな、これは。


「シャワー浴びたら」


無機質な声が聞かせる一言に「は?」と句読点が流れる。


シャワー?


いやいやいやいや。


「着替えが無いから無理でしょ、無理」


すぐに解凍した脳内で否定すれば、小鳥遊は徐にクローゼットを開いた。


「使ってないボクサーパンツならある。……一先ず着替えは俺のスエットでよくね?」


未開封のボクサーパンツと、小鳥遊の匂いがするスエットを手渡されて、再びきょとんと立ち尽くした。


「いや、あの、ボクサーはまあいいとして、ブラは?」


「履かなくてよくね。脱がせる手間なくて、楽」


「そういう問題じゃ、」


「とりあえず、入ったら」


言い残して、小鳥遊は脱衣所を後にした。


え?………これ、まさかとおもうけど、泊まる流れになってない?


いやいやいやいや、持ち帰られた時用にお泊まりセットは準備していたけど、これ、小鳥遊用じゃないからな。


……使わないからな?

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