第10話 討伐作戦始動

Side、、、迷宮省日本第3ダンジョン対策委員会


迷宮省本部に設置されている最も大きい会議室にて会議が行われていた。会議室には緊迫感と奇妙な焦燥感に覆われており、約50人が集まる会議室とは思えない程静かであった。会議の議題は勿論、イタカについてだ。


静謐が保たれている会議室の中、司会の高級官僚と思われる男が発言する。


「時間になりましたので会議を始めさせて頂きます。司会進行は私、堂島が務めさせて頂きます。よろしくお願いします。」


堂島と名乗る男は司会補佐の男に欠員を確認すると説明を始める。


「今日は明星の雫の麓原様が今日は欠席されるという事で宜しいでしょうか。」

その言葉に多くの迷宮省に属さないフリーのクラン長達が騒めく。逆にイタカ討伐反対派である麓原が来ない事を知り、イタカ討伐強硬派である田中波流は満足そうな表情をしていた。


裏の事情を幾らか知っている堂島は田中が麓原に何かしらの働きかけを行ったものとして考え、迷宮省の腐り具合に辟易した。

堂島は高級官僚然とした風体から唯一浮いている顔の古傷をひと撫ですると説明を再開する。

「では早速ですが12月14日に始動する大規模討伐隊計画案「山羊狩り」について説明を始めさせて頂きます。現在こちら人類側の保有兵力としては総数236名、48パーティ、どのパーティも選りすぐりの精鋭であり、殆どのパーティが紅玉級以上と前代未聞の兵力として見るべきものです。」

プロジェクターには兵力の構成、補給の確保方法、兵站の維持など、全てが十全までに構成されており、この計画案を立案した者が非凡である事を示していた。


堂島の言葉に会議室にいる官僚の中にはその言葉に怪訝そうな顔を浮かべる者がちらほらとおり、いかにこの討伐隊計画案が前例のない事であるかという事を示していた。


本来はこの兵力で有ればどの相手にも負ける筈が無いのだ。

堂島はそう一人、心の中で呟く。

しかし今回は違う。

対するは特殊災害級モンスター1体「イタカ」このモンスターには一切の前例が通用しない。


「現在確認されている能力は3つ存在します。」

「まず一つ、結晶魔法と思われる攻撃。恐らくスキルレベルLv90後半程と専門家が評価しています。比較として人類最高スキルレベルを持つ結晶魔法使いの熟練度Lv78でございます。対策としましては冒険者の前衛に結晶魔法減衰Lv50の効果をエンチャントとしたローブを貸し出しするべきかと。」


再度、会議室が騒めく。

当然だ。エンチャントされた物は低レベル品でもかなりの値が付き、Lv50となれば腕利きの付与士の生涯限界に近い。参考までに普通の付与士が生涯で辿り着ける最高レベルの平均値がLv47になる。当然現役で活躍出来る者もある程度限られる、Lv50のエンチャントを多数行える者は十数%に限られる。また、属性減衰、強化、無効、抵抗力、貫通などのエンチャントを行うのであればその属性についてもある程度修めておく必要がある。つまり最低でも結晶魔法のレベルと付与レベルの平均が50になる付与士が多数必要となるという事だ。

結晶魔法は強力であり、普通攻撃魔術士が優先的に習得するべきものである。その為付与士と結晶魔法を同時に習得している好事家は極少数に限られる。

そんな結晶魔法減衰Lv50が付与されたローブは一着で数百万円もする。そんな品を大量に確保するのは普通は難しい。


「このローブを大量に用意するのには幾ら迷宮省でも困難です。しかし、今回は迷宮工業連盟が協力申し出て下さいました。それでは迷宮工業連盟の取締役、柴崎様よろしくお願いします。」

そう言うと堂島はマイクを柴崎に渡す。柴崎は縦にも横にも広く、その姿を見た者には「まるで大猩猩の様だ」と評されることも少なくない。そんな体格に比べ、顔のパーツは細々としており、柔和な印象を与え、少しばかりの可愛らしさを感じさせる。


しかし、東京重工に次ぐ売り上げを誇る迷宮工業連盟の取締役を長年勤めていただけあり、頭は恐ろしい程回り、部下同僚共に信頼される業績を上げてきた男だ。

何よりも彼がコネなど一切無い叩き上げである事が彼の実力の証左である。


マイクを受け取った柴崎は簡潔に説明を行う。

「ご紹介に預かりました柴崎です。まず我々はこのローブ、結晶減衰外套と呼称しておりますね。この品につきましては迷宮省様方には特別価格で提供させて頂きます。定価の約半額ですね。」


説明を受ける者達はほぼ全員に驚きが広がる。

その反応に対し柴崎は説明を続ける。


「まぁ俄かには信じがたい話である事は承知です。しかしここから大切です。条件としましては黒山羊軒の品、こちらから2割頂かせて貰います。このローブだけでは無く他にも殆どの支援を我々が受け持たせて頂く為、まぁ妥当な塩梅でしょう。こちらの件に関しては綿密な打ち合わせを終えてます。ですよね堂島様。」


自分に声を掛けられるとは考えていなかった堂島は慌てて返す。


「は、はい。」

気を取り直した堂島は柴崎からマイクを受け取り、説明の続きを行う。


「イタカの能力の二点目につきましては異常な回復と急激な能力の向上があります。恐らくバフスキルの類でしょう。」

「先日ネットに投稿されたイタカとバイアクヘーロードの戦いを撮影した動画、こちらを“占星”に確認させた所ある程度対価を事前に積み立てておくタイプのスキルであるという鑑定結果が出ています。また恐らくユニークスキルであると、、、」


その言葉に再度会議室は騒然とする。

迷宮省に属さないフリーのクラン長達には初耳で、その名から質問を行う者が現た

質問を行うのは明星の雫を除けばトップの実力を誇るクランのクラン長だ。

名は 高路木 豹 という。年齢は31だが、金髪のワイルド系の美形である事、荒々しいファッションである事で実年齢より幾らか若く見える。

高路木自身のパーティも金剛石級に入る実力者であるが、明星の雫を目の敵にしており、追い抜く事に腐心している。ただ、あくまで実力で超える事を目標にしており搦手を嫌い、味方を絶対に裏切らず、見捨てない実直な男である為人間性と実力は確かと周りには評されている。そんな高路木の質問は単純であった。


「ユニークスキルの継承は誰に対して行うんだ?前回と同じで仕留めた奴に継承させる形だよな、そうじゃなきゃ余りにも対価が無さすぎる、俺たちゃタダ働きする為に呼び出された訳じゃねえんだぞ。麓原の兄御もいねぇしよぉ。」


そうガサついた声で責める様に捲し立てる。


その質問には堂島が答える前に田中が急に口を挟む。

「品の無い声で捲し立てるのはやめてくれ耳が腐る、ひとしきりの説明を聞いてから答える事ができないのかね野蛮人君。あぁ野蛮人には無理だったか、すまないね。」

そう高路木に呼びかけた後、艶のある声で微笑を付け足す。


高路木の反応は劇的だった。

一瞬呆気に取られた後、高路木の顔色が徐々に代わり数瞬後には顔を真っ赤にして激昂していた。周りの者達は高路木の気の短さを知っている。皆頭を抱え嵐が止むまで出来るだけ2人の近くを離れるという対策を取った。


「ん、だとコラァアァァァァ‼︎」


激昂した高路木は何も躊躇いも無く、田中に対し暴力を振うい、拳を宙空に叩きつける。宙空は形を歪めその余波は田中に向かって走っていった。

これが高路木の持つユニークスキル「宙空掌握」である。

彼のこのスキルは繊細な技術が求められる物でこれは意外にも彼が力よりも技を重視している事を表していた。

周りの人間の合間を的確に通り抜ける波は田中に向かって走り…



ギャリリリリリリリィィィィィイィイイイイィィィィイィンンン‼︎



奇妙な音を立てて燃える


奇妙な事が起こっている


宙空が燃えている。

可燃物も無しに宙空の波が燃えているのだ。

さも当然かのように田中は自らの身を守った男に感謝を述べる

「ありがたいね」

高路木との間に入り、田中を守り、宙空を燃やしている男の正体は…


堂島であった。


堂島勇兵、彼は迷宮省の最高戦力にして一人で増強大隊と見なされる男。冒険者登録はしているがランク上げを最低限しか行っていない。

そして持つユニークスキルが


「握手の拒絶」


効果は手の平に触れた物を燃焼させる、燃焼する物によって魔力量の消費が変わり、やろうとすれば概念すら焼き払う事ができる恐ろしい物で防御力と耐性を無視するという追加効果すら存在する。

そのユニークスキルの効果上素手で闘う事が多く、その姿は拳鬼とも呼ばれる。


堂島は二人に注意をする。

「御二方意見があるのは結構ですが争うのやめて頂きたく。」

多少溜飲が下がった高路木は堂島の圧に押され、舌打ちをした後、田中を睨みつけながら着席する。

対して田中は心底リラックスした表情で、高路木の事を一瞥もせずに着席する。

堂島は田中に対して苦い物を覚える。

(こんな内輪揉めが続く状態で前代未聞の怪物に勝てる訳がねぇだろうが)


「先ほどの高路木様の質問に関してですが答えはYESです。後述するスキルもユニークスキルですので、こちらの継承も最も討伐に貢献した方に権利があるという事になっております。」

堂島は納得した様な表情のクラン長達を見て安心する。


「確認出来た能力として最後に形態変化が存在します。これが実質的な切り札でしょう。こちらの動画で見る限り恐ろしい程のデメリットが存在する又は発生が遅い、このどちらかで無い限りギリギリまで発現しない理由に説明がつきません。」


この事については各員連絡が入っていたのか驚いた様子は無い。

ただ、ただ皆思案している、自分であればどう切り抜けるかを。


「簡単ですが対策としては発動前に仕留める又は袋叩きにして発動を阻む事ですね、怯ませる事であれば“千縛”と“是空”の御二方の力がありますし勝ち筋はしっかり存在しますね。」


説明により満足した様な様子の各員を眺めつつ、心の中で堂島は誤魔化せた事に安堵する。そもそもそんな簡単にそんな状況に持ち込める訳が無いのだ。だが、士気を上げるには勝ち筋を多少無理矢理にでも見せなければならない。



これ以外にも詰める所は多くある。物資の運搬、転送妨害結界の作成、撤退時の道筋の確認などやる事は山積している。

肩を回すと嫌な音がなり、しっかり凝っている。そんな我が身に辟易しながら呟く。

「中間管理職面倒くせぇ、あれもこれもあの商人のせいだ。コンチクショウ。」


黒山羊軒での真実を知る者は少ない。

その数少ないひとりである田中は銀色の髪を撫で付けながら微笑む。


その瞳に人外の色を灯しながら。



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