急に結婚と言われても

この30年の人生で結婚を考えたことはほぼ無かった。

親兄弟との縁薄い根無し草の人生でどこかに自分の根を張ろうと思えず、まるで彷徨うように生きていたものだからなおのこと思いつかなかったのだ。

「オリヴァー、お前は爵位こそ低いがれっきとした貴族だ。男と結婚して問題にならないのか?」

「うちには兄2人に弟ひとりの男4人兄弟だ。僕に子どもがいなくても跡取りには困ってないし、両親に許可は取ってる。エドウィンの弟さんと妹さんには僕の方から事情は話してあるよ」

俺には商人ギルド勤めの弟と治癒魔法師の資格を持つ妹がいるし、2人ともオリヴァーの顔ぐらいは知ってるはずだ。

こいつは騎士団の軍師補佐として認められるほどには頭もいい。弟と妹を丸め込めるのも納得だ。


「頼むよ、エドウィン。僕は他の誰でもなく、んだ」


真剣な偽りのないまなざしで俺を刺し貫く。

こんなにも誰かから俺という存在を乞われたことは一度だって無かった。

「……わかった」

オリヴァーの顔がぱあっと喜びに染まると、さっそく携帯用筆記具セットと結婚契約書を俺のほうに差し出してくる。今すぐ書けという事らしい。

「ただ、お前まだ誕生日来てないだろ」

「そうだけどどうして?」

「お前の誕生日までの三ヶ月を準備期間とさせて欲しい。俺も半分忘れてたような約束だ、準備が出来てない」

これは俺の逃げでもあった。

もしかすれば気が変わる可能性だってある、少しだけ考えさせて欲しかった。

「いいよ。せっかくだしその三ヵ月はうちで過ごしなよ。宿代もったいないでしょ」

「お前の家に?」

「うん。だって結婚準備で三か月待つんだもの、余分なお金は使わないに越したことはないと思わない?」

(あ、こいつ完全に俺と結婚する気満々だ)

たかが酒の場の口約束にここまで本気になっていたとは思わなかったが、正直言って逃げられる気がしない。

顔面も頭脳も地位もこいつのほうが上なのだ。これでも冒険者なので純粋な殴り合いなら勝てるだろうが、それ以外に勝てる要素が思いつかない。

「本当に俺で良いんだな?」

「うん。エドウィン、僕は君じゃなくちゃ嫌なんだ」

残っていたビールと揚げ芋を胃に押し込むと「おあいそ」と店の人間に声をかける。

「しばらく世話んなるわ」


****


オリヴァーの家は貴族街のいちばん外れにある、小さいながらも新築の一軒家だった。

「ずいぶん奇麗な家だな」

「先月ようやく完成したんだ、エドウィンの部屋もあるよ」

「……最初から俺と暮らす気満々じゃねえか」

俺がもし逃げてたらオリヴァーはこの綺麗な一軒家を持て余していたのかと思うと哀れである。

小さいながらも貴族の家らしく風呂はあるし、冒険者である俺のために体を動かせる庭や武器を安全に管理できる部屋もある。

(こいつ俺のためにいくらつぎ込んだんだろう……)

あんな酒の勢いでした約束のためにここまでしてくるのかという呆れもある。

「お帰りなさいませ」

15~16ぐらいの女の子と男の子が急に表れて頭を下げてくる。

「この子、お前の家の使用人か?」

「うん。女の子はメイドのサシャちゃん、この家の掃除や洗濯をお願いしてる。男の子はコーディ、主に料理をお願いしてるよ。姉弟ともうちに住み込みで離れに住んでる。

まだふたりとも使用人学校を出たばかりだから粗はあるだろうけどよろしくね」

姉弟そろって浅黒い肌をしており、他国からの血を引いてることがひと目でわかる容姿をしている。

使用人学校というと最近教会が運営し始めた職業訓練所の一種だ。まだ若いので安く雇えるのだろう。

わざわざ使用人なんぞ要らないと思うのは根無し草暮らしが長いせいなのだろう。

「オリヴァーさま、この方がエドウィンさまですか?」

「そうだよ」

「この方が20年来の……」「姉ちゃん駄目だよ」

サシャちゃんがさらりととんでもない事を口にした。

20年来?まさかこいつ、俺と出会った時から俺との結婚を望んでたのか?

思わずオリヴァーの方を向いたが本人は特に気にした素振りもなくニコニコと笑っていた。

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