剛腕経営者:リュミエッタ③
「ここがリュミエッタ様の商会で経営する服飾店ですね」
『ほえぇ……』
一見して流行店、そういうのにふさわしい店構えだった。
通りを挟んで反対側にある喫茶店から見る限り、ひっきりなしに若い女性やカップルが店に入っていく。
「お嬢さんたち、あの店はやめておいたほうが良いんじゃないかい?」
ヘリヤの前にコーヒーを置いてマスターが声を掛けた。
「なんでです?」
「あの店は大衆向けだよ、いわゆる吊るし売りの服しかおいてないからね……侍女用のエプロンドレスなら専門店に行ったほうが良い」
「ああ、なるほど」
『いつもこんなに賑わってて繁盛されているのですか?』
「ああ、店ができて1年ほどになるが閑古鳥が鳴いてる所は見たことがないね。羨ましい限りだよ」
そう言いながらマスターは別のお客さんのところへコーヒーを運ぶ、そのお客さん達の中には今まさにその店で買った服を持っている者も多くて喫茶店の売上も増えているんだろうなとセリスは思う。
「セリ様、中にはいらなくてもいいんですか?」
ここで3件目、セリスは中に入るでもなく外から店を眺めては次へと移動をしていた。そんなセリスにヘリヤは疑問は持ちつつも大人しく指示通り付き従う。
『うん、とりあえず今日は外から眺めるだけにしようと思ってるの。それに首がないからお客さんびっくりしちゃうもの』
「すでにこの店でもびっくりされてる方は居ますよセリ様」
普段ならヘリヤも自分だけ飲み物を頼むのは心苦しいと言うか、メイドとしてどうなのかと微妙に居心地が悪かったりもする。
当のセリスは魔王城側で少し冷ましたコーヒーをストローでちゅうちゅう吸っていた。
『……首問題をどうにかしないと相談事業所を首になってしまうわね』
「いや、そんなにどやぁって雰囲気で言われましても」
『……多分リュミエッタさんのお店なんだけど、品揃えとかマーケティングの部分は問題ないと思うんだよね』
「(無かったことにしましたね)そうですね」
ヘリヤは香ばしい匂いのコーヒーを口に運び、リュミエッタのお店に目を向ける。確かにここまでの道中で見たお店はどこも繁盛しており各店舗ともコンセプトがしっかりしていた。
「ここは一般の方向けで中心街に行くにつれて高級、オーダー品を扱う店に……目の付け所も良いですし商才は確かです」
『じゃあやっぱり性格かな』
「それ以外考えられませんけどね」
先日のリュミエッタの訪問を思い出し、従業員の皆さんはかなり大変だろうなとヘリヤは気の毒そうに店に目を向けた。
ちょうどその時だった。
一組の若い男女が笑いながらお店から出てくる所なのだが……妙なことに気づく。
「……ずいぶんと若い妊婦さんですね」
見たところ10代後半といった男女が両手に購入した服の袋を抱えて歩いている。
『本当だね……でも、ずいぶん身軽そうだけど』
そうなのだ、見たところ臨月間近なほど大きいお腹のわりには女性は両手に袋を持って男性よりも早く歩いていた。
「……セリ様、もしかしてアレ」
『うん?』
ヘリヤの脳裏にある犯罪行為が浮かぶ。セリスはよくわかってないらしく顎に手を当て男女を目で追うヘリヤを不思議そうに見ていた。
「……セリ様、ここでしばらくお留守番できますか?」
『え? 良いけど。どこに行くの?』
「気になることがありますので、すぐ戻ります」
『わかったわ。気をつけて』
「ええ、マスター。しばらく席を外します」
あいよ、と返事をする喫茶店のマスターに礼を告げ。ヘリヤは先程の男女を探す。
すると、ちょうど少し先の曲がり角に消える所だったので後を追った。人混みをひらりひらりと躱しながら少しづつ距離を詰めていく……追いかけていることを気取られないように。
「ずいぶんと余裕がありますね」
あの2人は全く警戒すること無く店から離れ、フラフラと屋台を冷やかして進んでいく。
共感覚が使えれば会話なども聞けるのであるがそれは使えない、セリスとラーズグリーズを繋いだ上に自分の感覚もセリスとリアルタイムで共有させるだけで手一杯なのだ。
その上こうやって離れた状態でもセリスの周辺を擬似再現した感覚を送り続けていたから……もどかしさを覚えながらも追跡を続ける。
「あまり離れるのも嫌ですし、仲間もいなさそう。やるか」
思ったより移動が早いので十分に離れたものの、これ以上離れるとセリスの警護に支障が出ると判断してヘリヤは跳躍して商店の壁や街灯を足場にして一気に2人に接近した。
周りの通行人がその姿に目を丸くするが、次の瞬間にはかなりの速度で跳ねていってしまい見失う。
当然そのささやかな騒ぎは2人にも届き、その足が止まった。
その隙をついてヘリヤは2人の背後に着地し、すごく手加減をした足払いをかける。
「きゃっ!?」
「うわっ!!」
万が一、本当に女性が妊婦だった時の事を考えヘリヤは優しく腰に手を回し転倒を防ぎ……お腹を触るとずむっと沈み込む。
「やっぱり」
明らかに肉の感触ではなく、布を詰め込んだかのように手が埋まった。
「な、何なんだよお前!」
倒れた男が声を荒げるが……ヘリヤは涼しい顔で言い切る。
「万引きにしては態度が大きいかと思いますが?」
そう、この2人は万引き犯だった。
手早く女の手を取り、ヘリヤは捻り上げる。唐突な激痛にものすごい悲鳴を出したが自業自得だとヘリヤは取り合わない。
そんな様子に通行人も少し距離を取りながらヘリヤを含む三人を遠巻きにしていた。
「ま、万引きなんてしてない!」
「これを見ても?」
――ひゅん! と軽く手を振ってヘリヤは女の服をまくり上げると……新品の衣服が10数枚、ぼろぼろと道に散らばった。
蒼白になる男と女の表情を見てヘリヤは更に続ける。
「お腹が大きいのに両手に荷物を持って平然と歩いていましたよね、そちらの男性よりも早く。私の母もそうでしたがお腹が大きくなるにつれバランスが取りづらくなったりしますので、両手が塞がってるときはかなり注意して歩くんですよ」
「そ、そんなことで!?」
「他にもまあ、不自然なところはありましたが……まずは衛兵に突き出しますね。初めて盗んだ訳ではなさそうなので」
周りの野次馬に向けて衛兵を呼んでほしいとヘリヤが声を掛けると、ちょうど警邏中だったのだろう。一人の衛兵が来て、即座に事情を察したのか万引きカップルを縛り上げてくれた。
「ご協力感謝します。最近盗難事件が多発していて……今度は服か」
うんざりしたように2人を連行しようとする衛兵にヘリヤは声を掛ける。
「盗難事件多いのですか? 大変ですね」
「ええ、国が落ち着いてくるとどうしてもこういう輩は増える物だと聞かされてはいたのですが……ここ2年ほどは特に」
「そうでしたか。たまたまそこの服屋から出てくる時の不自然さで気づいたのですが……お嬢様をお待たせしておりますので、私はこれで」
「そう言えば、メイドなのにお強いんですね。後はお任せください、ありがとうございました」
「よろしければ町の郊外で相談事業所を開設しておりますので、悩んだりされた場合はどうぞお越しくださいませ」
ちゃっかり宣伝も兼ねてヘリヤはその場を離れた。
魔族のメイドの捕物に周りが好奇な視線を送るがそれには頓着せず、真っ直ぐに先程の喫茶店に戻る。
セリスの傍から離れて10分も経ってないが、コミュニケーションの手段が限られる彼女が不便を感じないようにと急いだ……が、喫茶店は何やら騒がしい。
「行列?」
お店の入口には何人ものお客さんと思しき男女が並んでいて、先程までのゆったりした雰囲気とは程遠い騒がしさがあった。
「一体何が」
ともかくセリスと合流しようと最前列に向かうが、聞き捨てならない言葉がその耳に飛び込んでくる。
「綺麗な女性が給仕をしているって」
「頭がないのにどうなってるんだろうな? 魔法で作ったゴーレムだろうか」
「アイゼン陛下でもあるまいし、まさか」
……我が主は何をしているのだろう。
ほんの10分も大人しくできないのだろうか。
冷や汗を垂らしながら店内に戻ると、首がないウエィトレスが両手にトレーを持ってコーヒーを配膳していた。
「セリ様、なんでウエイトレスを?」
『あ、ヘリヤ。手伝って、ウエイトレスさんが怪我しちゃったからお手伝いを初めたら急に人が増えて!!』
てんてこ舞いなの! と慌てているセリスだが、間違いなくその本人が原因であることに気づいてないらしい。
「すまないねメイドの嬢ちゃん。本人がやるって聞かなくて」
「なんとなくわかりますが……そのウエイトレスさんの怪我は?」
「ああ、ころんだ時に運悪くあのお嬢さんのテーブルに腰をぶつけてね。奥で休んでいるが……庇えなくて申し訳なかったとおっしゃってね」
なるほど、たしかに普段のセリスなら支えて怪我を未然に防ぐのは簡単だっただろうが……視界も感覚も限られている状態では間に合わなかった。ただ単にそれだけの話しなのだが責任を感じてしまったのだろう。
「仕方ありませんね。セリ様、代わります」
『え? 一緒にやりましょうよ』
「……少し楽しんでます?」
『こういうの初めて!』
「はいはい、ではマスター。1時間だけ手伝います。よろしいですか?」
「助かるよ」
結局、夜の酒場の準備にはいるからと宣言して客を一旦追い出すまでセリスとヘリヤのウエイトレス体験は続いたのだった。
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