王都へようこそ
ノースグリッド大陸、王都トリステルテ
人間が多く住む大陸で先の大戦で最も戦火に晒された場所である。ほんの数年前にできた国家『ラデンベルク』の首都と位置づけられていた。
とはいえ、今はもうこの大陸における国家はこのラデンベルグしか無いのであるが……。
「陛下、魔導通信にてセリス令嬢が10分ほどで到着予定だと……馬車の通行ルートは予め人払いをしておりましたので被害者は0人です」
言わば統一国家の玉座の間に、伝令兵の声が響く。
その声は物が少ない、申し訳程度にカーペットが敷かれただけの部屋に反響した。
質実剛健といえば聞こえがいいが、素焼きのレンガを組んだだけの城はまだまだ未完成。その玉座は先月ようやく出来上がったガラス窓のお陰で明るく照らされている。
腰を折り、白い白髪が目立ってきた宰相は眼の前に座る王へと言葉を紡いだ。
「何事もなくご到着ですね。陛下、いつぶりでしたかな?」
「王都強襲戦以来だな……もう5年か。さて」
緋色のローブを纏ってゆったりと玉座に腰を下ろす王はその場にいる誰よりもリラックスしている。未だ三十歳にも満たない年齢にそぐわない疲れ切った表情ではあるが、その顔には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
そうして……一息吸って、王は厳かに告げる。
「この場におけるセリス殿との謁見は先日指示を出した通りだ。出席者は魔眼耐性の護符の着用及び耐魔力兵装の着用を義務とする。更に私の防護結界を重ね掛けするが、それでも5分毎に魔眼耐性の護符の魔力を補充する事。いいな」
まるでこれから決戦でも起きるかのような準備だが、それでも出席希望者の半数は謁見中に倒れるだろうなぁ。と王は割とひどい予想を立てる。
「聞いたな、では到着まで準備を怠るなよ! では陛下、これにて私は引っ込みますゆえ」
王の言葉を聞いて緊張が走る近衛兵達に、宰相が檄を飛ばした。その本人はと言うと謁見を辞退している。
「まったく……」
それを知っている王はため息を漏らした。
まあ、それも無理はない……宰相は国に、民に尽力してくれている優秀な人物だ。しかし、戦闘能力という点では新兵にも劣るのだから。
「さて、相変わらず美しいのだろうな……セリス殿は」
慌ただしく準備を確認する近衛兵達から視線を外し、顔を上げて見るガラス窓からの青空はどこまでも透き通っていて、5年という月日を忘れさせてくれる。
魔王戦における人類最強の魔法使い、今はラデンベルグの王となった生ける伝説『アイゼン』はかつて暇だった時にそうしたように鼻歌を歌った。
久しぶりの邂逅を楽しみにして。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「セリ様、到着いたしました……」
銀髪に乗るホワイトブリムを揺らし、黒い片角を持つ幼いメイドが傍らの棺桶に声をかける。
魔王城からここまで、セリスの体を収めた棺桶は丁重に馬車に乗せられ、戦艦の護衛付きで海を渡り……のんびりとラデンベルグに到着した。
海を渡ってからはラデンベルグからの護衛騎士も合流したが、セリスの姿を目にしたものはいない。
城の前で馬車を止め、開いた扉から降りる小さなメイドと成人サイズの重厚な棺桶。メイドは万国共通の特筆するべくもないメイドだが……棺桶はこれでもかと豪奢な金装飾と魔石を加工した封印の護符でめちゃくちゃにきらびやかにされていた。
セリスの魔眼は有名で、もし何かの拍子に視線を交わせばただでは済まない……それ故に魔族側で厳重な封印を施したとは聞いている。
しかし、それがまさか一般的に死体を収める物だけに……馬車の扉から出てきたメイドが背負う棺桶に戸惑いと困惑の声が上がった。
「ヘリヤ嬢、その……棺桶は?」
それでも勇気を出して護衛隊の隊長騎士が声をかける。
その問いにヘリヤは人差し指を立てて「しぃ」と静かにさせた後、無表情に答えた。
「やっぱり気になりますよね」
「まるで死体扱いじゃないか?」
「……微妙に間違ってないかも。とりあえず、謁見場所へ案内よろしく……変な意味で目立って恥ずかしくて」
「わかった、先触れは出している……すぐにでもアイゼン陛下にお目通りをしよう」
「ありがとう……よろしく」
バタバタと騒がしく門番を引き連れ、護衛騎士たちが三々五々距離を取る。少しでも離れたいと口には出さないが……失礼なものであるとヘリヤは思った。
実際はタレ目が可愛いヘリヤについて「かわいいなヘリヤさん」とか「昨日声かけてもらったんだよ……娘を思い出した」と微妙にファンクラブ化している護衛騎士団だったりする。
「まあ、仕方ないか。セリ様……もう少しの辛抱ですからね」
ため息を付くヘリヤの身長は140センチもない、担ごうとしてもなかなかバランスが悪く……仕方なく縄で棺桶を縛り、ガタガタと石畳の上を引きずり始めた。
謁見場所である玉座の間へ城の廊下を進む、メイドと棺桶は使用人や文官達の注目の的で……ヒソヒソと内緒話を交わすのを居心地悪そうに肩を揺らしてヘリヤは歩くのだった。
◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇
「魔王城よりセリス様並びに従者のヘリヤ様のご到着です」
玉座の間を守る衛兵が兜越しでもわかるほどに緊張した声で玉座の間へ声をかける。
「通せ」
「はっ!!」
アイゼンは衛兵に命じた後、素早く玉座の間に居る近衛兵、文官達に守護の魔法防壁を張る。
その効果は絶大で生半可な魔法などかき消し、魔王の最強魔法ですら一撃は耐えきるほどだった。そのことを知っている臣下達はゴクリとつばを飲んで緊張を強めた。そうでもしないと謁見できない相手を迎え入れるのだから。
ぎぃ、と大きな扉を衛兵が押し開き……ゆっくりと銀髪のメイドが玉座に足を踏み入れるが……アイゼンを初め全員が首を傾げる。
予想された魔力の圧力もなければ、本来後ろに控えるはずのメイドが先導していた。
「おい、あれ……」
近衛兵の一人が指こそささないが、ヘリヤの後ろに引きづられる棺桶に気づき声を上げる。
「かん、おけ……」
その戸惑いの声はもちろんアイゼンの耳にも届くしアイゼンもやたらとごてごてした棺桶から目が離せない。
そんな好奇の視線を無視して、ヘリヤはアイゼンの前に進み、膝を折る。
「魔王城より、セリス様並びに従者のヘリヤ参りました」
「ヘリヤ殿、長旅ご苦労であった……顔を上げ、楽に」
「お気遣いありがとうございます。陛下の御厚意にて警護と案内をしていただいた騎士の方々にも感謝を」
顔を上げて丁寧な挨拶を返すヘリヤに笑みを返すアイゼン。
「案内はともかく、警護の命は出していない。ヘリヤ殿が居るからな……ところで、その棺桶は?」
「棺桶です」
「いや、そうじゃなく……」
「セリス様の棺桶です」
「それはそうだろうと思うのだが……他になかったのかね?」
「……色々と事情があったりなかったりで」
ヘリヤの少し垂れ目気味の目は真面目そのもので、アイゼンも普段から細い目を更に細めつつ……そうか、色々あったのかと追求を諦める。
「では、謁見を初めたいと思う……衛兵、扉を閉め許可あるまで絶対に開けるな」
「はっ!!」
しっかりと衛兵は敬礼を返し、扉を閉める。
更に鍵をかける音が玉座の間に響いた。
「ヘリヤ殿、封印を解いて良い……」
「畏まりました……封印を解きます」
アイゼンの許しを得て、ヘリヤは丁寧に魔石の封印や鍵を外していく。
しばらく玉座の間にはその音だけがこだまする。
「うん?」
最初に気づいたのはアイゼンだった。
「ヘリヤ殿、一つ確認をしても?」
「どうぞ」
「その棺桶の中にいるのは、セリス殿で間違いないのだ……な?」
「はい、正真正銘セリス様御本人です」
だとしたら、とアイゼンが首を傾げる。
「こんな、弱い魔力……だったか?」
アイゼンの記憶に残るセリスの魔力は膨大で、かの魔王ですら凌ぐ。更に魔眼の発するプレッシャーは視線を介さなくとも心を締め付け、心の弱い者は軽くて卒倒。下手をすれば息をすることすら難しいほどの発作を起こす。
しかし、半分以上の封印を解いても魔力の魔の字も見て取れない……。
「……その、取り乱さないでほしいのです。へリでは説明が難しいので……」
「うん?」
ヘリヤの素の口調にアイゼンが嫌な予感を覚える。
「アイゼン陛下、防御結界も魔眼耐性の護符も対魔力兵装も……必要ありません。この封印の魔石も、セリ様の魔力を封じるものではなく外部からの透視とかを防ぐ意味での処置ですので」
そしてとうとう、最後のカギが外され……ヘリヤの手が棺桶の蓋にかかる。
そのまま震える声でヘリヤはアイゼンに告げた。
「セリス様……です」
棺桶からヴェールを被った一人の女声が、祈るように手を組んで横たわっている。
透き通るように白い肌、5年前に見た通り真紅のドレスを纏い人差し指に嵌められた白銀の指輪。
アイゼンの記憶に残るセリス本人そのものだ……魔力以外は。
「どういう、ことだ」
思わず玉座から立ち上がるアイゼンにヘリヤは申し訳無さそうな、バツの悪い事がまるわかりな表情で口を開く。
「見ての通り、です」
「これはまるで……」
死体だ。
そんな言葉が喉元までこみ上げる寸前、棺桶から手が伸びた。ゆっくりと、その指先が天井を指し示す。
そして……なにかに引き上げられるかのようにその上半身が起き上がってきた。
「……何が、あったのだ?」
どよめきの声が上がる玉座の間でセリスの体だけはゆっくりと、何かを確かめるように虚空を手で仰ぎ…………棺桶から出て完全に立つ。
「まるで魔力を感じない、いや……これではただの人ではないか?」
「ええと、まあ……」
そんなアイゼンにセリスはゆっくりとお辞儀をして……。
――ごとん、ごろごろごろ……
絶叫がその場を支配した。
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