ケチャップ・イン・ダ・シャンブルス 3

 熱く滾るように火花が散る。ボタンは体を捻り、焔樽を大きく振りかぶっていた。


「俺からも教えてやる……焰樽ほたるは小銃使いをぶっ殺すための俺の答え!圧倒的なパワーと、高速機動を実現した短距離破壊兵器ッ!!」

 ボタンの背中でも全く隠れない巨体を、日射が照らす。メタリックなボディと、銃弾を防いできた傷の数々が乱反射を生む。そしてハンマーの両面に飛び出た大きな棘が、中心からゆっくりと開きだす。


「これはただの装飾じゃねぇ……前方のは吸気口兼・空気圧縮機コンプレッサー、後方のは噴射口ジェットノズル方向転換機ウィングとしての役割を果たしているッ!」

 スカート状のノズルが完全に開ききると、真っ赤にベタついたプロペラが姿を見せた。あれはエンジンのフィンか。しかし旅客機なんかに比べ、少々攻撃的な形状に見える。


「エンジンの推進力は破壊力を上乗せする……そしてッ!筒状の形態に変化し、中に気流を取り込むことで高速かつ安定した攻撃を実現するッ!」

 花弁の開ききった焰樽は、獰猛な唸りを上げて空気を吸い込む。そして同様に、莫大な炎を背後からまき散らす。

「見やがれ、この爆音!!破壊力!!熱力学を完全に無視した灼熱ッッ!!!!」


 またしても唸りが最高潮に達する。だが前までの音とは違う。空気をフルに取り込み洗練された焰が、巨大な一文字を空中に描く。可聴域を振り切ってもなお心臓を震わせる低周波が、ますます鼓動を高鳴らせる。


 我慢できずにフィールドへ飛び込んだ。

 今の焰樽の起こす破壊力は、僕が受け止めきれる大きさなのだろうか。ボタンの愛情を、一刻も早く全身で味わいたい。


 景色を高速で置き去りにし、ボタンの元まで駆け寄る。持ち手を握り、ピューリットを高速回転させる。


「精々楽しませてくれよなァ!」

「勿論だよ!」


 勢いをつけたまま膝を折り、低く仰け反った状態で滑り込む。その直上を焰樽が空気を掻き分けて通過する。


 通り過ぎたらすかさず跳躍。焰樽の迫撃が、一瞬前まで居た位置を豪快に抉った。地面がスポンジのように削れ、少し遅れて焰樽内部から石を噛み殺す音が反響した。

 凄い、粒凝石材でできた床がいとも簡単に!断面も綺麗で、惚れ惚れしてしまいそうだ。

「余所見たぁ良い度胸だなァ!!」


 ボタンは既に焰樽を振りかぶっていた。しまった、この速さを避けるのはムリかもしれない。

 急いでピューリットを回転させる。

 何か、何かいい方法は無いのか……!?


 視界がスローモーションになる。

 ……目前に来てようやく気付く。唸るエンジン、こびりつく血の臭い、鋭利なフィン……目の前に迫っているのはハンマーじゃない。巨大な人間裁断機チョッパーじゃないか―――!


「っ……!鏡律セクト!!」

 楯突くように銀の剣で受け止める。しかし、この高威力を防ぎきれるわけもなく、勢いに負けてふっ飛ばされた。

「うあああっ!!!」


 石畳の上を全身を何度も叩き付けられながら転がった。鏡律セクトを石畳の隙間に捩じ込み、ボタンから引き離されそうになるのを耐える。剣を握る肩は危うく外れそうになった。


「っ……!」

 体が軋むが、唾を飲んでまた走り出す。空気を取り込むと、その度に背中と胸が痛む。

 ……だけど、今この瞬間を逃したくない。


 突如、ボタンの持つ焰樽が炸裂音を響かせた。これは焰樽の爆発じゃない。この黄金の炎は、さっき攻撃を食らいながら投げ込んだ神輪ハロだ。


「…………やってくれたな、ケチャップ野郎」

 焰樽の唸りはみるみる小さくなり、ボタンは目を見開いた。

 ピューリットを握り締めると、またベアリングが唸る。それも過去最高の速度で、甲高い羽音を鳴らした。


ボタンは煙を上げる焰樽を、ゆっくりと掲げる。

「だがな……コイツはチンケな爆発ごときで傷は付けられねぇんだよ……」

 にやりと口角を上げる。同時に焰樽は大きく震え、また獰猛に唸りだした。


 客席から歓声が上がる。

「そんなっ!」

 内からの攻撃でもダメなのか。正常に動くエンジンも、爆発を持ち主に漏らさなかった装甲も、完全に常軌を逸している。


 全速力の走りは止まらない。もうお互いに、全力の武器を交える他ないと分かり合っていた。

「はあああっ!ピューリット!!!」

「ら"アアアアアッッ!!」


 バキン!と激しい音と火花が飛ぶ。

 その向かいに、焰樽を弾かれて目玉を剥くボタンが見えた。そう。ピューリットの鏡律セクトだって、回転エネルギーを乗せてあげれば、巨大な武器とだって渡り合えるんだ!


 続けて一発、二発と十字に剣を振った。

「ぐァ……ッッ!!」

 腹部にダメージを受けたボタンは僅かによろめく。その隙にまたピューリットを回転させ、掬い上げるような一撃を放つ。

「がァッ!!」

 顎に直撃し、ボタンは血を噴出しながらガクンと上に仰け反る。しかし次の瞬間には、血走った目でこちらを覗いていた。思わず、向けられた殺意に体が震える。


「焰樽はテメェの攻撃を全部耐えた!!なのに……俺が先に倒れる訳にいかねえだろうがアアッ!!!!」


 咆哮と共に、暑苦しい熱気が顔を襲うと、その勢いに体が押し戻される。


「いい殺し合いだったぜ、ケチャップ!!」

 

 ボタンは、金色の火炎を残した焰樽を華々しく纏う。

 こんなにも熱いのに、思わず目を見開いてしまう。血を流し、苦しみを噛み締め、僕を全力で殺そうとするその表情には、確かに愛が宿っていた。


「うん―――僕もだよ、ボタン!焰樽!!」

 ピューリットをぶんと回す。

 もう一度地面を蹴ってボタンに近付く。それを見て、ボタンはにかりと笑った。


「アバよ!!」

 焰樽が吸気口を開き、背後から巨大な焰を吹き出した。


「おお、これは……!!」

 背中に追い風が吹く。いや、体が引き摺りこまれる、この感覚は……!


「テメェはもう逃げられねぇ……このエンジンでテメェを“吸引”し、フィンで切り刻み、排気口から挽き肉をぶちまける!!これがボタン様の名物、“大柳おおやなぎ”ッッ!!!!!!こんなに盛り上がるショーはねぇよなァ?!!!」


 なんだその心が踊る機能は!!

 これに巻き込まれたら、きっと指の一本すら残らないだろう。

 喉が詰まるようなヒリつきを呑み込んだ。どうせ今脚を止めても、この吸引力の前では無駄だ。ボタンも虫取り網の要領で僕を捕まえるだろう。

 逃げる小銃使いを葬る答えだとボタンは言ったが、なるほど、これがその答えか。

 それなら最後に、一つだけやりたいことがある。


 走る速度を更に上げる。そしてピューリットを回し、地面を蹴飛ばした。焰樽の吸気口に脚を向け、飛び蹴りの姿勢でその大穴へ飛び込む。

 猛烈に死が駆け寄ってくるのを感じ、自然と瞳孔が開いた。身体が火照り、口角が下がってくれない。

 ああ、僕は悪い子だ。こんなに大好きなボタンと焰樽に一矢報いる瞬間に―――


 堪らなく胸が滾ってしまうのだから―――!



 バクンと手に振動が走り、ボタンは焰樽を握り直す。

 勝ったッ……!!

 たった今、ケチャップを捕え吸気口が閉じた。あとはエンジンで粉砕し、血肉を撒き散らすのみッ……!!


 そう勝利を確信したのも束の間、ボタンは不気味な違和感を覚える。

 焰樽の刃が、肉を砕こうとしないのだ。


 まさか、この大柳から逃げたのか?

 いや、現に今、焰樽の中にヤツの体重を感じている。確実にこの中に―――


 その時、ボタンは視界の端に何か落ちるものを捉えた。


 あれは、アイツが使っていた炸裂弾と、銃の弾倉……?



 その瞬間、閃光が視界を覆う。

 ボタンが混乱するよりも疾く、爆風の衝撃が身体を襲った。

 高火力の灼熱で威力が高められた神輪ハロが、輝射レイの銃弾を激しく撒き散らす。

 それは、全方位360°に放たれる炸裂散弾。逃げる場所もないボタンの身体に、容赦なく銃弾が突き刺さる。


「ぐああああああああッッッ!!!!」


 襲い掛かる無数の銃弾と爆風で、身体が宙に浮いた。

 ボタンは5mほど飛んで受け身も取らずに落下すると、仰向けのまま動かなくなった。


 パタリと焰樽を手放すと、焰樽は状況を理解したように音を小さくし、やがて停止した。

 焰樽の煙が細くなっていく以外に、アリーナで動くものはない。

 アリーナがひどく静まり返ったその時、


 バンと焰樽の吸気口が開かれた。


「あのっ!僕、生きてます!勝ちました!」


 拍子の抜けた声で焰樽から這い出て、少年が手を挙げる。


 観客たちはその状況をしばらく飲み込めなかったが、少年の勝利を認識すると、ナレーターが慌てて名前を呼び上げる。


『しょ、勝者、飛び入りのリト選手ーーーッ!!!』


 そのアナウンスを合図に、一斉に歓声が沸き上がった。観客席の熱狂が、一気にリトの体を駆けめぐる。


「わっ……はは、すごい…………!」

 興奮と熱狂で指先が震えて止まらず、思わず笑いが溢れ出た。


 どこかで聞いた噂話だった。武器と武器と突き合わせ、互いの愛を確かめ合う、何よりも刺激的な遊技があると。

 遥々この街にやってきて、ようやく見つけた。これが―――


「これが……死闘シャンブルス―――!」

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