十二 始末

 翌日、十一月三日、木曜、午前六時十分。

 佐枝と芳川は、雲上台の道路横にある、公衆トイレ西方の車中にいた。

 ここは善光寺の北に位置する長野市箱清水二丁目の北側、地附山南裾野の傾斜地にある東西へ延びる道路だ。背後の北側高台に大納骨堂の善光寺雲上殿があり、南側眼下に大本山活善寺、その下に長野市箱清水二丁目の鐘尾の自宅が、さらに南に善光寺が見える。二人は望遠レンズのカメラと双眼鏡で、鐘尾の自宅周辺を監視した。

 二人が車を停めている雲上台公衆トイレの周辺に民家はない。佐枝と芳川は喪服を着ている。芳川の車はフロントガラスを除き、窓はスモークシートを貼ってある。車の背後と横から車内は見えない。たとえ道路を行き交う車の搭乗者が二人を見ても、二人を、背後の北側高台にある大納骨堂の善光寺雲上殿の参拝者と思い、誰も不思議に思わない。


 公衆トイレ後方に、ありふれたグレーのセダンが停まった。芳川はルームミラーで背後の車の運転席を見た。その瞬間、殺気に満ちた緊張を感じた。こいつ、警戒していた始末屋だ!芳川は空手四段だ。格闘技戦で何度も後楽園ホールのリングに立っている。常人と違う気配は容易に感じとれる。

 ルームミラーに映った後方の車のドアが開いた。黒のハンティングにサングラスの喪服の男が車から降りて芳川の車の方に歩いてきた。

 瞬時に、芳川は佐枝からカメラを取り、使っていた双眼鏡とともに後部シートに置き、その上に佐枝が使っていたブランケットや二人のコートをのせ、佐枝を抱きよせて頬に頬をくっつけた。これで車のフロントから二人を見ても、芳川の帽子と佐枝の髪で二人の顔は判別できない。

「アイツ、始末屋だ!まちがいない!俺たちと同じ目的だぞ!」

 男が、芳川の車後方南側にある、善光寺を見おろす公衆トイレへ歩いた。

「トイレに入った。こっちまで来ないよ・・・。

 あっ、出てきた。中を確認しただけだ。こっちに来る。守、こうして・・・」

 佐枝は思いきり芳川を抱きよせ、互いのマスクを下げて顔をくっつけて唇を重ねた。


 男が芳川の車の横へ歩いてきた。車の横を歩いてフロントにまわり、車中を見て、チッ、と舌打ちして自分の車に戻った。ルームミラーで確認すると、男は望遠レンズ付のカメラを眼下の長野市内や善光寺に向けていたが、すぐさま望遠レンズを下方に向け、鐘尾の自宅を監視した。


「どうする?始末するか?」と芳川。

「そうしよう・・・」

 佐枝と芳川は運転席と助手席の下から、東京外環道で使った特殊弾丸の発射装置二丁の部品が入った工具袋を取りだし、ただちに部品を組み立て、高圧ガスカートリッジから発射装置のガスチャンバーに高圧ガスを充填した。


 道路を行き交う車が無くなった。この道路は長野市街地から戸隠へ抜ける、通勤通学、観光に使う生活道路だ。今は早朝の通勤通学の車が途切れる時間帯で、長野と戸隠を行き来する日常の車が通る時間帯まで時間があった。

 佐枝も芳川も喪服の上着はサイドベンツだ。二人は発射装置を腰のべルトに差しこんだ。佐枝の喪服はパンツスーツだ。佐枝と芳川のパンツの両ポケットに、ボールペン型発射装置とペンライト型発射装置がある。


 佐枝と芳川はマスクした。いつもはメガネをかけない佐枝はコンタクトレンズを外して偏光の近眼メガネを、芳川は偏光のサングラスをかけている。

 芳川は車から出て助手席側へまわり、左腕に、車から出た佐枝の右腕を組んだ。車の後方、トイレ方向へ歩きながら、上着の右ポケットに右手を入れた。左腕は佐枝の右腕と組んだままだ。右手でポケットからタバコを取りだし、マスクを外して口に咥え、上着のポケットとズボンのポケットを探るがライターが無い。二人は腕を組んだまま、駐車しているセダンに近づいた。


 芳川が運転席の横に立つと、運転席にいる男がカメラの望遠レンズを下げてふりむいた。

 窓ガラス越しに芳川が口に咥えたタバコを示した。

「すまないが、ライターを貸してくれないか?ライターが壊れたんだ」

 男がカメラを助手席に置いてドアガラスを下げた。カメラに付いているのはあの発射装置の望遠レンズだ。此奴、明らかに始末屋だ!

「すまないが、ライターを貸してくれないか?ライターが壊れた」

 芳川が佐枝の腕を解いてもう一度そう言うと、男は車のシガーライターに視線を移して手を伸ばした。

 男の注意がそれた瞬間、佐枝の両手と芳川の両手が、パンツのポケットからペン型発射装置とペンライト型発射装置を取りだし、シガーライターを押している男の首筋へ弾丸を撃った。すぐさま二人は踵を返し、トイレに入った。

 しばらく車の中で喚き散らす声が聞え、消えた。

 二人は車に戻り、リアウインドウ越しに双眼鏡で男を確認した。男は天井を見あげるように運転席で仰け反ったままだ。

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