ロィープ・ファミリー

谷樹里

第1話

 ごったなまとまりというモノがない集団だった。

 三台のトラックに分乗したホロープ・ファミリーは、ロィープの指揮の元、街道を進んでいた。

「しっかし、相手はプロだぞ? 比べてウチは見ての通りの連中だ」

 へッディリは不安を助手席のロィープに漏らした。

「俺が本気だすさ」

 ロィープは気楽なものだった。

 彼一人が頑張ったからって、どうなる?

 ヘッディリはそう言いたそうな顔をしたが、敢えて何も言わなかった。

 万が一のことを考えていた方が良い。

 彼は自動拳銃のマガジンを抜いて、弾薬を確かめた。

 早朝を走るトラックは、三方にジィーダン・ファミリーの本拠からやや離れたところに止り、時間とともに、全員が降り立った。

 彼等は、それぞれ武器を持って、ジィーダン・ファミリーの本拠に殺到した。

 扉という扉が破られて、奇襲の勢いが圧倒するかと思われたが、意外と静かな展開が待っていた。

 薄暗い室内だというのに、惨状が手に取るようにわかった。

 至る所に、血だまりの中に男達が倒れていて、家具や壁には血糊と弾痕が生々しくのこっていた。

「これは……どういうことだ?」

 ヘッディリは部屋の中で混乱したようにつぶやいた。

「先にやられたか……」

 ロィープはジィーダン・ファミリーと完全に断絶・敵対関係にあるファミリーのことを電脳で調べた。

 すると、以外にも数件が脳裏によぎった。  

「もういい、撤収しよう。こんなことろには、用はない」

 彼は言うと、一人冷静に、建物からでた。

 緊張しまくっていた部下達も、気が抜けた状態でトラックに戻った。




 ヘッディリの事務所で、数人のウチ特別に個人の部屋を持たされたロィープは、帰って来るなり、まっすぐと中に入ろうとした。

「ちょっとまってくれ、ロィープ」

 ヘッディリが戸惑った様子で彼を止めた。

「なんだい、ボス。そんな顔してたら、小学生にからかわれて石投げられるよ?」

 ヘッディリは、全員から離れたロィープを壁の傍まで引っ張ってきた。

「冗談はいい。アレはどういうことだ? 何故、ジィーダン・ファミリーがあんな目にあったか、目星はついてるんだろう?」

「安心しなよ。アレは俺たちがやったとアピールしとこう。実際、トラックは周辺住人に見られてる可能性があるし。目的は達したよ」

 ロィープは話題をずらして、進めようとした。

 ヘッディリは複雑な表情を一瞬見せたが、うなづいた。

 すぐに彼の脇を通りぬけ、ロィープは自室に向かった。ヘッディリはその背を見つめていた。

 殺風景な部屋に入ると、ベッドの上で壁にもたれかかった。

 鬼陣城のあのサインが、まだまったく手を付けていないという心配が彼を焦らせていた。

 もう一つ。

 先ほどのヘッディリの態度を見て、一つ決断を下した。

 彼には直接、イマジロイドを一人、手に掛けてもらう必要がある。

 誰にするか?

 すぐに彼は一人でニヤついた。

 意地の悪い方法だが、ちょうど良い相手が居るではないか。

 何が何でもヘッディリには実行してもらう。

 彼はそのための口実を考え始めた。

 



 何発か、銃弾を喰らった。

 ミィサはおぼつかない足取りで、自宅の部屋に戻っていた。

 全身血まみれで、息も荒く、どっしりともたれかかるような疲労感。

 ソファに倒れるようにして寝転がる。

 痛みはない。

 代わりに、使用していない”またたび”とは違った恍惚感がある。

 快楽は直接なものではなく、確実に身体の中でうごめく別物から分泌されている間接的な違和感がある。

 その違和感が、ミィサを不安にさせた、

 ジィーダン・ファミリーに一人で乗り込んだ時も、この快楽はあった。

 まるでこれからの殺戮を喜ぶかのような。

 実際、暴れ回っているときは、歓喜の情が”やつ”に沸いているのがわかった。

 キリアブのDNAを元に造ったミィサの身体のへの寄生体だ。

 ミィサ自信もまさかと思うほどの、能力が発揮出来て、怪我への身体的拒絶感もなく、ジィーダン・ファミリーを文字通り皆殺しにしてしまった。

 この段階はまだ、発達状態だ。最終的なモノではない。

 どうなるんだろう?

 帰り際から常に芯をうずかせるような不安。

 重い身体を持ち上げるように立たせて、洗面所に向かう。

 鏡に映った彼女は、一見、おかしいところが無い。

 見慣れた顔。見慣れた身体。

 血糊と、自分の血が鬱陶しく、シャワーを浴びる。

 いつも以上に念入りに洗った。

 洗いまくった。何度も何度も。

 大きめのTシャツと、ハーフパンツに着替えると、再びソファにうつ伏せに倒れた。

 異常なまでの怠さ。

 一眠りすれば、取り払えるのだろうか?

 ミィサは目を閉じた。

 気がつくと、ドアが開く音が鳴った。

 聴くと言うより、全身で感じたというほどに感覚が研ぎ澄まされている。

 怠さは、先ほどまでのものより楽にはなったが、完全に払拭されてはいない。

 何時間寝たのだろう。

 近くの懐中時計を手にすると、六時間だった。

 寝たものだ。

 自嘲していると、現れたのが明らかにジークスパだという確信があった。

「まーた寝てるのか。ひでぇことになったなったぞ。ちょい、起きろ。目が開いてるのはわかってる。」

 ジークスパは、なにやら食料の入った紙袋を片手に抱えていた。

 ミィサは”やつ”がまだ満足しない、感情を湧き起こしたのがわかった。

 それぐらいは、楽に止めてやる。

 思い、片足の膝を折って立たせて、無言で挨拶のように左右に振った。

「……ジィーダン・ファミリーが皆殺しされたようだ。それも、ホロープ・ファミリーが一番怪しいらしい。襲撃の目撃者もいる。まったく、やるなら一枚噛ませて欲しかったぜ」

 ジークスパはソファの端っこに腰掛け、袋の中からリンゴを取り出して、そのまま囓りついた。

「ああ、そういやおまえはキアリヴを殺したんだったな。とうとう、兄貴と絶縁したか?」

 紙袋の中身をテーブルにまき散らす。

 全て生ものではない。。カップラーメン、乾燥フルーッツ、燻製、冷凍コロッケに春巻き、シュウマイ。

 その奥から圧縮注射器が四個、鈍い音を出して落ちてきた。

 ミィサは、強引に身体を引き起こして、ソファにもたれた。

 芯から重たい。

 空腹感はなかった。

 ジークスパの持ってきてくれた紙袋に少しも惹かれない。

 代わりに”やつ”の衝動を抑えるのに必死だ。

 ”またたび”をやれば、らくになるだろうか?

 彼女は、手を伸ばして圧縮注射器を取り、首元に押しつけて、引き金を引いた。

 現在の酩酊とはちがう、快楽物質が体中を駆け巡る。

 怠さは一掃された。

 だが、同時に”やつ”への制御力も弱まった自覚があった。

「……ジークスパ、悪いけど、今日は……」

「ん?」

 どうしたのかと、彼がミィサの顔を覗き込んだときだった。

 ミィサの右手が、テーブルの端っこにあった自動拳銃に伸ばされる。

 止めようとしても、意思は完全に無視された。

 とっさに自由な左手で、鋭いカランビットを握り、すくうようにして、二の腕の真ん中から切断する。

 血がどっと溢れたが、痛みはなかった。

「ミィサ!?」

 驚いたジークスパは、身体を固まらせていた。

 腕の傷口が、急に泡だった。

 まるで産まれてくるかのように、新しい手が形成される。

 さすがにミィサもジークスパも、しばらく言葉がなかった。

 ミィサは右手を動かしてみた。

 微妙に感覚が違う。

 より、研ぎ澄まされたクリアーさがあった。

 まるで、これが本来の腕だとでもいうかのように。

「ジークスパ……ごめんね。今日はちょっと、ヤバいみたい」

 微笑んで彼を見ると、うなづきが返ってきた。

「おまえが何をやったか、よくわかったよ。まぁいい、今度またくる」

 ジークスパは、不機嫌な様子でそのまま部屋を出て行った。

 弾痕や、打撃に痛みがなかったのは、これかと、ミィサは腕をながめつつ思った。

 その部分だけ、”やつ”の気配がない。

 だが、消えては居ない。相変わらず、身体の中で獲物を探すかのように長い身体がうごめいている。

 身体を抱いて、ミィサは再びソファに寝転んだ。

 本来の身体の疲労が、眠気へと誘う。




「賑わっているなぁ」

 ヘッディリは呑気に充臥の歓楽街を歩きながら、言った。

 誘ったロィープが横で無表情に、ゆったりとあるいている。

 すっかり、彼が店を選ぶか紹介してくれると思っていたヘッディリは上機嫌だった。

 なにしろ、ジィーダン・ファミリーの件で、ヘッディリなりに考えることがあり、ストレスになっていたのだ。

 ロィープは、無難に狭い居酒屋に入った。

 二人はテーブルに着き、疑似ビールを頼む。

「飲みに誘ってもらえて嬉しいよ、ロィープ。事務所の酒は狭苦しくてなぁ」

「たまには良いでしょ? 飲めるだけ飲みましょうよ」

「お、いいねぇ!」

 運ばれてきた一杯目のジョッキで乾杯すると、ヘッディリは一気に半分ほど飲み干した。

「うんめぇなぁ!」

 彼は満足げに深い息を吐いた。

 二時間もすると、焼酎に切り替えていたヘッディリは、ぐだり始めていた。

「……おれもよ、大人になったら親父みたいに、マフィアの一人になれると思ってたんだよ。ところが、奴は俺に良い大学いけ、良い就職先を見つけろとかいってな。自身は、酒池肉林で好きにしてるくせにだぜ?」

 やっぱりこいつは甘ちゃんだ。

 ロィープは心の底で思った。

「せっかくよー、こうしてファミリー造ったんだから、何かでかい名の残ることしたいよなぁ。何か無いか、ロィープ?」

 内心で嗤うしかなかった。

 こいつは完全にマフィア・ファミリーの生き方を勘違いしている。

 お坊ちゃんは、生きていけないからマフィア。ファミリーに入るのではなく、有名になりたいからマフィアになりたいそうだ。

 小馬鹿にした感情を押し殺し、ロィープは考えるフリをした。

 彼はまだ、ビールを三杯も飲んでいない。

「……今ついでに出来ることなら、あるよ?」

 提案する気でいるのはヘディッリを連れ出した今日の目的である。

「ほうほう、本当か? やろうじゃないか」

 ヘッディリは酔いも手伝って高揚した様子だった。      

「一から五、どの数字か決めて?」

「はん、五だね」

「了解だ。店をでようか」

 会計をして、二人は店を出る。

 ロィープは、その辺の弱小ファミリーが経営している区画では無く、直接にヴィバロ・ファミリーだけが客として訪れることのできる場所の入り口に来た。。

「さてと、はいこれ」

 路上で客引きや、ガード、酔客の往来などがあるな中で、ロィープはヘッディリにコルトのリヴォルバーを渡した。

「数はそろってる。五発でしょ、選んだの。これから、五発分のイマジロイドを殺して貰う」

 ヘッディリは聴いて拳銃と辺りを見回して呆然とした。

「ロィープ……それは何の冗談だ……?」

「でかい名があげれるよ。そして、北側の一部のカジノに手を出した程度じゃない、ヴィバロからの反応もあるよ」

「あるだろうがなぁ……」

 ロィープは、ヘッディリのネクタイを、思い切り引っ張って顔を近づけた。

「やるのか、やらないか。俺が今後、あんたについて行っていいのか、悪いのか、みせてくれよ? なぁ、ヘッディリ? 見せてくれ!」

 見たこともない強面の表情と低い声でいい、すぐに手を離す。

 一歩、後ろに後ずさったヘッディリは、軽く震える手でシリンダーの弾を確かめた。

 彼は迷いつつ、一人の客引きによろよろと近づいて行った。

 一発、夜の闇に銃声が響き渡った。

 客引きは、ネオンの明かりに驚きの表情を固まらせて、そのまま倒れた。

 ヘッディリは、ロィープを振り返る。

 彼は傍まで近づいていた。

「どう、気分は?」

 ロィープは、口にしたものが美味しいか程度の口調で、つづけた。

「あと四人ね」

 ヘッディリは目に涙をためていたが、決心を固めたような様子で、視線をわたらせて次の獲物を物色していた。

 銃声に、ヴィバロの街を保護している部下達が、一斉に集まってくる。

 ヘッディリは、彼等を無視して、手近で動けなくなっている酔客に、二発目の弾丸を喰らわせる。

 護衛らは、拳銃を引き抜くと、ヘッディリを囲む動きを見せだした。

 彼らの一人に銃弾を放ったが、これは外れた。

 ヘッディリは、護衛らを避けるように走りつつ、目の前に現れる酔客などを無差別に撃っていった。

 ロィープが彼を、名前ではなく、おいと呼び、逃げる合図をする。

 ヘッディリは、空になったリヴォルバーの引き金をカチカチと鳴らしながら、ロィープのあとを追った。




 事務所に戻り、ボスの部屋にロィープと無事、二人だけになることができた。

 ヘッディリは震える手でサイドボードからスコッチ・ウィスキーの瓶を取り出し、乱暴にグラスに注ぐと一気に飲み干した。

 事件を起こしたあと彼は脂汗が吹き出したままだ。

 額に太い血管が浮き出している。

 引きつった笑みをロィープを見た。

「おまえの言うことをきいてやってると、どんどん、地獄に落ちて行く気分だよ」

 ダン、とグラスを机に置く。

 そして、弾薬の切れたリヴォルバーを、ロィープに放り投げてよこした。

「俺が殺した連中は、何の罪もない、ただのファミリー構成員達だ。父親に不満はあるが、あいつらに不満があったわけじゃない!」

 言葉は吐き出されるにつれ語気は強くなり、最後は怒鳴り声になった。

「同じだよ。ヘッディリ、君は今日、父親に挑戦した。ヴィバロはこの事態を無視することはないね。必ず、反応があるはずだよ」

 ヘッディリの頭の中は多少混乱していた。

 父親への不満があるが、マフィア・ファミリーとしてはどうなのか。

 自分は、直接に父親に文句があるはずだ。

 ファミリーは関係ない。

「ロィープ、おまえこそ何がしたいんだ? 俺を担ぎ上げて、ヴィバロのボスの息子に喧嘩売らせて、おまえはどうしたい?」

 据わった目でヘッディリは指さして、詰問調の言葉を叩き付ける。

 ロィープは落ち着いてソファに座り、拳銃を脇におくと、両手の指を絡ませた。

「……ヘッディリ。俺は二度、マフィアのせいで、大切な人物達を失った。復讐したいんだよ。ヘッディリ、君ならわかってくれると思ってる。俺は今いるマフィア達が憎い」

 低く落ち着いた声で、うつむきながら答えたロィープに、ヘッディリは言葉を詰まらせた。

「……それは……だが、それなら自分でファミリーを作れば……」

「ヘッディリ、まともなマフィアって奴を兎瞬に広めたいんだよ。それには、君のような、マフィアの息子なのにマフィアらしくない人物を立てたほうがやりやすいとおもったからなんだ」

 ロィープは、真面目で顔を彼に真っ向から見つめた。

「……協力してくれるかな?」

 ヘッディリは、妙な重圧のようなものを感じた。だが、先ほどの襲撃事件後の酒で気分は一変して高揚していた。

「ああ、良いだろう。何があったか知らないが、共にやろうじゃないか」

 ロィープが相手を蕩けさすような人なつこい微笑みを見せた。

「是非に。ボス」

 二人は握手すると、ロィープは私室にむかった。




 ユージエが調べた数でも、十二件、確実なモノがあった。

 倉庫の電脳イマジロイド達を思い出す。

 充臥は安全な娯楽施設だったが、今や通り魔やテロリスト、ヴァロア組織に反抗するモノなどで、一変して危険な場所になりつつあった。

「最近、こもってるな?」

 メモを壁に貼りまくっている室内でデッキの前に座るユージエを戸口で眺め、ロィープは声をかけた。

「だれかさんがマフィアゲームに夢中なんで、こっちは色々動向を調べないとならないからね。」

「で、調べた結果は?」

 ロィープはドアを閉めて中に入った。

 熊のぬいぐるみが各所にあり、赤外線で、バラを育てている。

 机の眼前にはペーパーヴィジョンが二枚掲げられ、デッキと有線で繋がっている。

 脇には、チョコバーとコーヒーが置かれていた。

「ウィッカーチがヴィバロの輸送車を襲った顛末走ってるね? 何が入っていたかも」

「ああ、倉庫に電脳イマジロイドがごっそりと、だったんでしょ?」

「そう、それで兎舜の電脳イマジロイドの数と分布を確認してみたんだよ」

「は? どれだけの数になるとおもってるのさ?」

 ロィープは、ユージエが調査していることに唖然としてから呆れた。

 膨大過ぎるデータを、一体どのように調査しているのか、想像もつかなかった。

 ユージエはふふん、と鼻を鳴らして笑った。

「簡単。というか、一般から隠し扉を作った電脳フォーラムを作って、電脳イマジロイドをかき集めるんだよ」

「……隠し扉ってなに?」

「いや、そこは高性能のが入れるところで、多分、量産型じゃないタイプだから、リスト化して損はないだろうとおもって」

 勘はいいが、詰めがあまい。

 だが、ヒントには十分なる。

「結果をみせてくれる?」

 ロィープはペーパビジョンの前に来て、ユージエの椅子の斜め後ろに立った。

 ユージエはまだ休憩中だと言いたげだったが、渋々と椅子に座った。

 地図の各所に添えられた名前が画面に現れ、拡大されれば細かく、縮小されれば、地域に集まる点となる。

 それとは別に、画面端に名前が連なっていた。

「この、端の名前は隠し扉を突破した連中ね。それ以外は、通常の電脳イマジロイドの生活地。移動すると、こちらも反応して地図上を移動するよ」

「これ、黙々と作ってたのか……?」

「簡単なもんだよ、以外とね」

 喜びもせずに、答える。

 ロィープは彼女に何かあったのかと思っていると、「特別な扉」の奥、いわゆるゲストルームにアクセスした。

 そこには、五人ほどの電脳イマジロイドが集まっている。

「入ってみたら? 面白い話がきけるよ」

 言う割に、楽しそうではない。

 ロィープは、ゲストルームにネットワークをアクセスさせた。

『おや、新規さん、初めまして』

 外見はわからないが、意識が五人分と繋がったのがわかった。

『初めまして、よろしくお願いします』   

『あなたもあの扉を見つけて来たのですね?』

 誰が誰で、誰が喋っているのかわからない。

『ええ、そうです』

『ならば、我々は同志といえるでしょう』

『同志?』

『はい。ロビー、一般のフォーラムをそ呼んでいるのですが、彼等は我々に従うことに同意した連中です』

『話があまり良くわかりませんが?』

『つまり、我々は兎瞬島では、迫害されています。このままでは、根絶やしに近いことになるかも知れない。ですから、我々も独自の組織を持って、兎瞬で存在を確立使用と思っているのですよ』

 ロィープはどこかで聴いた話だと思った。

『リーダーはいるのですか?』

『はい。仮にスプーキーとしますが、彼の考えの元、我々は結束しました』

『仮にね……本名をご存じで?』

『それが……皆、ここでも外でも、偽名を使っているモノですから……』

『なるほど』

『あなたもその一員です。もう、これ以上迫害されずに済むのですよ』

 ロィープは苦笑した。

『ありがたいですね』

『お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?』

『キグゥユです』

『ではキィグゥユさん、あなたの能力に期待しています。イマジロイドどもは、電脳を使えません。つまりは、何も操れません。本気を出した我々の敵ではない』

『組織設立は何時ですか?」

『すでにしました。合図とともに集まることも散会することもできます』

『と、いうと?』

『つまりは、電脳フォーラムが本拠で、地上では自由に集まることも去ることもできるのです』

『ここのことですか?』

『いえ、ここはありません。もう一つ、古くからのフォーラムがあるのです。ご案内しましょう』

 意識が一瞬、かき混ぜられるような感覚のあと、ロィープには見知った、いや、よく知っている雰囲気の空間にでた。

『ここです。覚えておいてください』

『わかりました。では、わたしはこれで……』

 スムービとで会う前に、退散しておきたかった。

『おやおやー、めずらしーじゃないか。おまえが一人じゃないなんて』

 失敗した。

 ロホープ・ロータであるスムービの意識が、目の前にある。

 ロィープは見事に捕まれた。

『ああ、そうだね』

 だが彼は鉄面皮の精神力で、平静を保った。

『おや、お知り合いでしたか?』    

『キグゥユさんは、私の古い友でしてね』

 何もかもお見通しだと、スムービは笑っているようだった。

『あなたが、スプーキーですか、スムービ?』

 気にもしないで、ロィープは尋ねた。

『……違いますよ。さて、我々は忙しい。キグゥユさんにはそろそろお暇願いますかな?』

『これは気がつきませんで失礼しました』

 彼を連れてきた電脳イマジロイドは明らかに戸惑っている様子だった。

 ロィープは、強制的にフォーラムから追い出された。

 気がつけば、ユージエの部屋だ。

 デッキを脇に、彼女は思わせぶりな嗤いを浮かべている。

「なーに、マジで失敗してるのさ」

 クスクスと声にだしながら、言う。

「う、うるさいなぁ。こんなこともあるんだよ」

 ロィープは露骨な負け惜しみを見せる。

「とにかく、今ので電脳イマジロイドが何を企んでいたかがわかったね」

 ユージエは一人うなづいた。

「これは、ヴィバロと争ってる場合じゃないなぁ。困った」

「同時に潰すのは無理?」

「どんなご都合展開だよ、それ。無理無理。不可能」

「ふーむ。まぁ、考えは任せるわー」

 ぶん投げるようにしてユージエは、椅子を回転させて立ち上がり、ベットに潜り込んだ。

 残されたロィープは、リビングに現れた。

 そこでは、まだヘッディリがスコッチを飲んでいた。

「飲み過ぎだよ、いくらなんでも」

「おー、ロィープかぁ。おまえも、飲めよぉ?」

 明らかに酔っている彼を無視して、洗面台に向かう。

 顔を洗って、鏡を見もしないでタオルで拭くと、冷蔵庫からコークのボトルを出して、そのまま口をつけ、喉を鳴らした。

 ヘッディリに言うべきか?

 ロィープは迷ったが、電脳イマジロイドのことは喋らないことにした。

 

 

 ロィープは、スコッチの瓶と自分用のグラスを持って、ユージエの部屋に鋳戻った。

 彼女はペーパーヴィジョンをデッキで操作したまま、無言だ。

 ベッドに腰掛けたロィープはグラスに疑似アルコールを満たす。

 三分の一ほど、一気に飲んで首を軽く傾けた。

「で、電脳イマジロイドだけどさぁ。どうしようか?」

「……そんなつまらないこと言いに来たの? アルコールまで使って」

「ロホープ・ロータがヴィバロ相手にどこまでやれるか、わからないんだよ。実際、大量の電脳イマジロイドをとっ捕まえていただろう?」

「そうね……」

 ユージエは一時、手を止めてから、再び動かしだした。

「それなら、本人に訊くのが一番じゃない?」

「スムービ相手にかい?」

「まさか」

 やっとユージエは軽く笑った。

 彼女はデッキを操作して、通信を入れた。

『ユージエさんですか?』

「やぁ、コミータ。元気にしてるかい?』

 現れたのは、跳ねた金髪を短くした、男の子のような少女だった。

『おかげさまで。後ろにいる方は?』 

「ああ、ロィープといってね。元々あんたらを助けた人だ」

『それは。お礼をせずにもうしわけありませんでした、ロィープさん』

 コミータは深々と一礼した。

 小さな身体に、白いシャツ、ゴシックスカートをはいていた。

「あー、コミータさんか。電脳イマジロイドの現状は知っていますか?」

 ロィープは淡々としているが丁寧な口調だった。

『それなんですけど、会ってお話しませんか? ここではあまりに筒抜けなので』

「わかった」

 三人は場所と日時を確認しあって、通信を切った。

  



 深夜、兎瞬が最も賑わっている頃、彼等は夜空を見上げた。

 島全体を覆うように、青白い細い線が縦横に彼等の身体も走りぬけ、一瞬、島中が満たされた。

 それだけのことだったと、彼等は思い、驚きは驚きとして忘れ去られていった。

「準備の一つは、終わりました」

 脇に立つ少女が、報告をする。

 スムービは仮の姿で、現実の丘の上に地に足を付けていた。

 無論、報告などいらず、すぐに変化を認識したが。

 薄暗い辺りには二人しかいない。

「フェレーナ、まず狙うのは、マフィア達だ」

「はい、第二段階ですね」

 現実化した以上、言葉で確認しておかなければ、混乱の元になる。

「そのための用意は、あと数日で完了します」

 まだ十代半ばの姿を取っているフェレーナは丁重な態度を取っていた。

 彼女は、スムービよりも存在が古い。

 だが、彼に屈服するのはあっという間だった。

 電脳イマジロイドとしての能力は、スムービが格段に上だった。

 段違いの能力差がどこから産まれたのか謎で、様々な怪しい噂が飛んでいるが、どれも確証はない。

 彼が電脳イマジロイドの帝王としてロホープ・ロータを支配するの存在に違いはなかった。

 風も動物の気配も無いのに草がきしむ鈍い音がした。

 素早く、相手をサーチししつつ、フェレーナはそちらに移動した。

 相手はボブカットの少女のイマジロイドで、片手に刀の収まった鞘を握っていた。

「なんだ、小娘?」

 フェレーナが言ったと同時に、ミィサは跳んでいた。

 間合いまでくる瞬間に抜刀したミィサは、そのままフェレーナに振りかぶった袈裟斬りを浴びせかけようとした。

 だが突然、彼女との間に、土で出来た壁が盛り上がり、刀が半ばまで食い込む。

 フェレーナは手をかざし指先から弾丸をマグナム拳銃と同じ初速で飛ばした。

 すでに地に伏せているミィサの頭上を、小さな塊が過ぎ去る。

 土がフェレーナに向かって吹き飛んだ。

 ミィサ姿勢を低くしたままに走り込む。

「目潰しのつもりか」

 馬鹿馬鹿しいと、彼女は弾丸をミィサに浴びせかけた。

 だが、以外にも相手には効果が無く、眼前まで近寄らせてしまった。

 刀が胸に深々と貫かれる。

 ついでに、ミィサは素早く腰の拳銃を抜いて、顔面に五発、喰らわせた。

 刀を引き抜いて、向きをスムービにむける。

 フェレーナは頭部を破裂させて、血まみれの姿で立っていた。

 その手が、動く。

 ミィサの顔面をわしづかみにすると、胸に指先を押しつける。

 ミィサは一瞬で、その両手を切断した。

 最後に彼女を蹴って、地に身体を叩き付けさせた。

「ほう。小馬鹿にしてたとはいえ、フェレーナがこれほどに手も足もでなかったとはねぇ。電脳での攻撃も出来るだけ縛ってただろう、君?」

 スムービが語りかけたが、ミィサは殺気しか向けてこなかった。

 拳銃をホルスターに収め、再び刀を構える。

「無駄か。まあ、またどこかで会えるかもしれないな。私の用は済んだ。これで返らせて貰う。仮の身体での戦闘など無駄だからな」

 言うと、スムービはその場に崩れた。

 ミィサの舌打ちが、夜の冷たい空気に響いた。




 コミータとの約束の場所まで、ロィープはユージエを連れ、ディアブロに乗って充臥から離れるように、山道に入っていった。

 指定されたのは、高圧電流の鉄塔が並ぶ、野原だ。。

 泥だらけのタイヤで着いた時には約束の午前三時。

 そこに、まるで場違いのようにペーパーヴィジョンに映っていたのと同じ格好の、同じ相貌の少女がまるで場違いのように立って待っていた。

 移動手段の乗り物も、なにかが入ったバッグも近くにある気配がない。

 一方、ロィープとユージエは完全武装である。

 ほとんどの武器をズートジャケットに隠しているロィープに、タンクトップの上に七丈袖のジャケットと、ハーフパンツにニーハイ、ブーツという姿で、腰に銃や刃物をぶら下げているユージエといった対比だった。

「約束通り、武器持参できたんだが……こんな何もないところで、どうするのさ?」

 挨拶も無しに、ロィープが声を掛けた。

「以前はありがとうございました。ロィープさんに、教えておこうかと思うことがありまして」

 コミータは再会を喜ぶように微笑んだ。

「うん、それはありがたいけど、どんな話?」

 ユージエは、多少、相手に引けるところがあった。

 この状況が、いかに怪しいか、実感しているのだ。

「……この身体、本体じゃないの。仮の身体。本体はまだネットワーク上にいるの。例えばね、この状態だとあたしを攻撃しても何の意味も無い。その代わり……」

 コミータは喋り終わると、右手を二人にかざした。

 空気を切る鋭い音が耳に響いた。

「今、拳銃のように撃った。弾の代わりに、小石を使って」

 ユージエもロィープも驚いた。

「待って、コミータ。話が見えない」

 ユージエは、素早く腰の拳銃をホルスターに収めたまま、握った。

「例えば、今などは一瞬だけ電脳ネットワークと接触して出来たことです。現実世界でねらうとしたら、このような能力を使った瞬間に隙ができるので、狙うならその時です」

「コミータ?」

 ユージエはさらに問いかける。

 コミータは微笑んで、うなづいた。

「電脳イマジロイドの倒し方を、教えて差し上げようかと思って来ました、ユージエさん」

「どうして?」

「我々は、地上に干渉すべきじゃないのです。もし、干渉が酷くなった場合のことも考えると」

「干渉が酷くなったら、どうなるのさ?」

 今度は、ロィープが尋ねた。

 コミータは、ふふ、っと笑っただけで、質問には答えなかった。

「そして、最後のお礼のお手伝いです」

 少女は、棒立ちになって、軽く手を広げた。

「どうぞ、記録を回します。電脳イマジロイドを一人、殺してください」

「ちょっと待ってよ、どういうこと?」

 ユージエは混乱しているようだった。

 せっかく助けて仲も良くなり、これから付き合っていこうという相手に殺せといわれたのだ。

 ユージエのショックは大きかった。

「ああ、安心してください。これは仮の身体だと言ったはずです。私の本体は電脳にありますので」

「コミータ……」

 動けないでいるユージエの前に、ロィープが進み出た。

「汚れ役なら、俺がやるよ」

 少女は微笑んだ。

 その顔面にズートジャケット裏にぶら下げてあるバレルカットのショットガンを撃ち込む。

 一撃で、頭を吹き飛ばされ、コミータは膝から崩れ落ちた。

「……一緒に帰る、ユージエ? それとも一人がいい?」

「……連れて帰って貰うよ」

 淡々と、ユージエは言った。

 帰りの道で、ユージエは小型デッキで、電脳ネットワークに侵入した。

 必死にコミータを探す。

 だが、彼女の反応はまったく無かった。


     

 

 モンキーに乗って公道を走り、ロィープはサロール・ファミリーの事務所に向かっていた。

 ポペットは気安く、すぐに執務室に通した。

「どしたー? 似合わん顔して」

 少女はいつも通りに、机に突っ伏して、視線だけを彼に向けていた。

 ロィープは額に皺を寄せて、厳しい顔つきをしていた。

「面倒が面倒を起こして、面倒を生んだよ」

 ソファにもたれたロィープは苦笑して、いつもの柔和な表情に戻った。   

「なんだかよくわからんが、まあ、おまえのやってることなら、そうなるだろうな」

 ざまあみろと加えて、けけけと笑う。

「きっつい奴だなぁ」

「そうかなぁ。あたしはただ、だらけているだけだよ」

「呑気だなぁ。ところで、ヴィバロとやり合うと言ったら、ポペットはどちらにつく?」

「ヴィバロ」

 即答だった。

「……電脳イマジロイドのことを話したっけな?」

「なんの話だ、それは?」

 ポペットは顎を机に付けて、顔を向ける。

 ロィープは、スムービのことをかいつまんで説明した。

「へぇ……電脳イマジロイドの支配ねぇ……」

 ポペットは、いまいちリアリティがないとでも言いたげに、適当な相づちを打っただけだった。

「この話が進むとな、ヴィバロが乗っ取られるんだよ。そして、電脳イマジロイドが兎瞬島に君臨する」

「……それで?」

 ロィープは、試すようにポペットを一瞥する。

「根元を潰す」

 ポペットはため息をつきながら、腕の上に顔を移動させた。            「……それで。あたしらに何か得があるのかい?」

 ロィープは思い出した。

 今ならミィサがキリアヴを殺した意味がわかった。

 彼女は、鬼陣城の生き残り一人を自ら殺すことで、ヴィバロに命を賭けた宣戦布告をしたのだ。

 今のロィープにいくら気概があっても、そこまで見せるモノがない。

 結局の提案はよくある物になった。

「ジィーダン・ファミリーから奪ったカジノの利権を渡す。これで、あんたらに、中立を頼みたい」

「……ほー」

「書類その他は、あとで送るよ。よろしくな」

 ロィープは立ち上がって、話を切ろうとした。

「まぁ、待てよ。そんな良いもの貰ったなら、こっちも黙ってる訳にはいかない。もしも電脳イマジロイドが相手だというなら、幾らでも手を貸すぞ。ヴィバロじゃなくてなー」

 ポペットの言葉にロィープは歩を止めた。

「感謝するよ」

「少し待ちなよ」

 ポペットは、普段よりわずかに口調を鋭くした。

「ずっと思ってたんだけどな。おまえ、ミィサのことをこれっぽっちも考えてないだろう?」

 首だけで振り返ったロィープの目に、明らかに殺気の光が見て取れた。

「そんなことないよ?」

 口調は、いつもの呑気なものだった。

「まぁ、口出すことでも無いか」

「なあ、ポペット。もし、大事な相手がいながら、自分が死地にとびこんだとして、相手を引きずり込むようなことが出来ると思うか?」

「それが、あの子を放っておく理由か……」

「今回の話にミィサは関係ないんだ」

 巻き込むような真似はしたくないんでね、と付け加えて、彼は執務室を出て行った。

「とっくに巻き込んでるどころじゃないじゃないか、馬鹿かあいつ」

 ポペットは、つまらなそうな口調でつぶやいた。

  



 ニュースで、ロィープがコミータを射殺したのが事件として流れた。

 キャスターに因ると、近年の電脳イマジロイド迫害と失踪事件のほとんどが、彼とその一味の犯行らしいと報じていた。

 ロィープは事務所のソファに座ってペーパービジョンを眺めていた。

 かき集めた若い連中が、信じられないと言った様子で、チラチラと視線をよこしてくる。

「……そういうわけだけど、着いて来れないっていうなら、今のうちだよ。ファミリーを出て行ってもいい。何のとがめもしやしないよ」

 つまらなさそうに、ロィープは口だ動かす。

 数名ができるだけ音を立てないように、事務所を出て行った。

 残ったのは、九人だけだった。

 ファミリーとして、最弱の部類に入ったようで、寝起きで現れたヘッディリは驚き、ロイープに説明を求める視線を送った。

 だが、すぐにペーパーヴィジョンのニュースに張り付く。

「これは……ロィープ、どういうことだ?」

 珍しくヘッディリは激高を押さえるようにしていた。   

「ヴィバロを滅ぼす為の布石だよ」

 ロィープは簡単に答えた。

「親父、いやヴィバロと電脳イマジロイドを殺すことと、何の関係があるんだ!?」

「これで、ルークソ・ファミリーと接点が出来るんだ。ヴィバロ打倒まであと少しだろう?」

 ルークソ・ファミリーは、兎瞬島の充臥では、ナンバー2の組織だった。

 ヘッディリは信じられないといった様子で、ロィープを見た。

「まぁ、任せておいてくれよ、ヘッディリ。君を充臥のトップに据えてみせるよ」

「おまえは……どうしてそこまで、俺に肩入れする?」

 ヘッディリは、ミィサが鬼陣城が襲撃されたことをしらない。

 ミィサが生き残りのキリアヴを殺害したのを知らない。

 ロィープは普段、腹の底の怒りに変換しているためにあまり言葉にはしたくなかった。

 彼は敢えて触れずに、ユージエがくわしいよ、とだけ言ってあとは黙る。

 釈然としないヘッディリは、そのまま、ユージエの部屋に向かって身を翻していった。

 余計な事を思いださすな。

 ロィープは、鈍い怒りで、頭に血が上ってしまっていた。

 ミィサとは、トロェアの店での見世物以来、連絡を取ってはいなかった。

 今どこにいるかもわからない。

 余計なことを考えるな。

 キッチンに向かい、ボンベイ・サファイアを見つけると、グラスにも注がないで、一気に煽った。

 手で口元を拭うと、頭の中も拭われた気持ちになる。

 その勢いで、ズートジャケットを着ると、事務所をでた。

 

 


 ルークソ・ファミリーの事務所では無く、ボスの自宅にロィープは向かった。

 充臥から五キロほど離れたところにある、高級住宅街にラヴィージュの家はあった。

 モンキーを路肩に駐めて、インターフォンを鳴らした。

 もちろん、彼はアポなど取っていない。

 突然の訪問だった。

 インターフォンを押すと、返事の代わりに、いかつい巨躯の男が無言でドア口に現れた。

「ホロープ・ファミリーのロィープさんですな?」

 男は少年をつま先から頭の先までみてから、言った。

「俺を知っているということは、ラヴィージュさんに会わせてくれますね?」

「あんたが、電脳イマジロイドである以上、通す訳にはいきませんな」

 男はつっけんどんに言い放った。

「では、電脳イマジロイドの件は、ご存じ上げてる訳ですか」

「すでに把握済みです」

「なら、その件で来たのです。どうか、ラヴィージュさんにあわせていただけませんか? 俺は電脳イマジロイドのロィープではなく、ホロープ・ファミリーのロィープです」

 男は仕方がないといった風で、一度ドアを閉める。

 ロィープは、玄関前で黙って待っていた。   

 しばらくして、男が再び現れる。

「会うそうです。案内します」

 ロィープは、男に連れられて、リビングに入った。

 暖炉があり、壁は石を敷き詰めた模様をし、大きな本棚が置かれている。

 装飾はそれぐらいで、あとはソファとテーブルが置いてあり、壁に四枚のペーパーヴィジョンが貼り付けられていた。

 ラフィージュは、小柄ないかにも好々爺といった、多少小太りした壮年の男だった。

「若いの、わざわざ出向かせて済まないな」

 そう言った相手は、ソファでのんびりとした様子でつづけた。

「本当なら、俺ぐらいのが率先しておまえら見たいのを潰すはずなんだが、色々といそがしくてね」

 ロィープに向けている表情は、人なつこさが消えていなかった。

「得に、おまえみたいのの処理をしなければらないのだが。話があるというなら、聴くぞ。一方的に消して済む事態じゃなさそうだしな」

「そのご様子だと、ヴィバロ・ファミリーの企みに気づいてらっしゃらない?」

「何の企みだね?」

 今度の言葉には楽しげな音が含まれていた。  

「電脳イマジロイドの件です。ヴィバロ・ファミリーは、彼等に身売りしようとしています」

「ああ、それなら知っているさ。スムービだろう。ヴィバロが協力しようとしているのは」

「そこで知っておいでで。大切なことをお忘れだ」

 ロィープはわざと深い息を吐いた。

「なんだね?」

「ヴィバロは、電脳イマジロイドを海外に輸出していました」

「知っているさ」

「じゃあ、話のおかしさに気づいているでしょう?」

「ヴィバロ・ファミリーが、電脳イマジロイドを屈服させたんだろう?」

 ロィープは吹き出しそうになったのを、必死にこらえて超然とした様子をなんとか維持させた。

 ナンバー2の組織のくせに、このお気楽さはなんなんだろうか。

「違います」

 短く答えて、反応を見る。

 ラフィージュは表情を少しも変えていない。

「電脳イマジロイドには、二種類いるんです。自分が特別であるとエリート意識を持った少数と、一般のイマジロイドと変わらない生活を送っている者たちです。ヴィバロ・ファミリーが密輸しているのは、一般のイマジロイドです。そして、彼等に食い込んだのが、エリート意識をもった電脳イマジロイド達です」

 いったん言葉を切り、続ける。

「ラフィージュさん、スムービはヴィバロを乗っ取ろうとしているのですよ。もちろん、彼は少数派に属してます。いや、リーダーです。あなたは、電脳イマジロイドの支配下に入るのに抵抗はないのですか?」

 ラフィージュは、電子タバコを口にして、煙を吐いた。

 やっと軽く嗤う。

「抵抗? 無いな。俺たちは、俺たちのファミリーが無事ならそれでいい。違うか? おまえもだからこそ、わざわざ俺に会いに来たんだろう? 電脳イマジロイド同士の争いに、巻き込まないでもらいたいな」

「……なるほど。では、我々の行動を黙認すると言うことでよろしいのですね?」

 ラフィージュは失笑した。

「おまえな、俺が遠回しに言ってることを直訳するのはやめろよ」

「失礼」

 ロィープも笑った。

「まぁ、お手並み拝見だ」

 ラフィージュはそう言うと、視線をロィープから外した。

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