第2話 働きたくない、それだけが望み

 お二人さんをリビングに案内し、お茶などを出す。

「先ほどは失礼いたしました。あたしはエレナ・ラニヤンと申します。妹のミレイと共に、冒険の旅をしている者です。」

 と言って、美人さん…エレナさんは深々と頭を下げた。隣のミレイちゃんとやらも、ペコリとお辞儀をした。

「はあ、どうも。」

「ああでも、信じられない。憧れのテス様とこうしてお話できるなんて!あの実はあたし、十年前から冒険者やってて、そのときは見習いでしたけど、テス様達がドラゴンを倒すところを見てたんです!遠くの方でその他大勢の一人として!ほんとにほんとに素敵でしたカッコよかったです十年たってもくっきり目に焼き付いてます!」

「ああ、はい。」

 いったん落ち着いたかに見えたエレナさんだが、目が合ったとたんにまた浮かれポンチになった。まあまあ、こんな美人さんにキャーキャー言われて、悪い気はしない。でへへ。

 一方、妹ちゃんのミレイちゃんは、何やら冷めた表情だ。ドラゴン退治の英雄ぅー?こいつがぁー?みたいな。声には出さねど。

 まあ、無理もない。寝ぐせにパジャマ姿で来客に応対する人間など、尊敬できようはずもない。てゆうか着替えろよ、私。

「美しい金髪も、艶やかな褐色の肌も、当時と一緒で…!あたし本当に、こうしてそばにいるだけで、もう、もう…!」

「姉さん、そろそろ本題に。」

 ミレイちゃんが、はしゃぐ姉の肩をポンと叩いた。

「あ、そうね、そうよね…。あの、テス様。実はこのたび、折り入ってお願いが…。」

「仲間になってって話なら、ごめんなさい。私もう、冒険者引退してるので。」

 最初にばしっと断りを入れる。

 ところがエレナさんは、わかっていますよ、という風に鷹揚にうなずいた。

「もちろん!テス様が長らく実戦に出ておられないことは、存じております。いきなり押しかけて、平穏な暮らしを営んでいる人に『戦え』と迫るなんて、そんな無茶は申しません!」

「はあ。」

「こう見えてあたし達、けっこう強いんです。他人の手助けはいらないくらいに。Aランクのダンジョンでも、特に苦労せず攻略できます。テス様に助力いただけるなら、それはもう最高ですけど…。でも、そんなズルをしなくていいくらいの力量は持っています。」

 まあ、十年も冒険者やってるって言うなら、確かにそうなんだろう。十年現役ってのは、手練れじゃなきゃ出来ない話だ。

「なるほどー。ほんじゃ、私に何用ですか?」

「あたし達の冒険に、ついてきてください。」

「…はん?」

 エレナさんが、トンチンカンなことを言った。今までの会話なんだったの。

「いや、あのー。だからね、さっきも言ったけどね…。」

「いえ、違うんです。戦ってっていうんじゃないんです。ただ見守ってくださるだけでいいんです。モンスター退治やトラップ解除みたいな仕事は、全部あたし達が自分でやります。テス様は、ただつきそっていただければ。」

「え、あ、そうなの?ていうか、なにそれ。それなんか、あなた達にメリットあるの?」

「それはもう!経験豊富な先達に、ご助言ご指導いただけるなら…」

「助言ー?指導ー?いやぁ、ちょっとそれはなー。私なんて、人様に何か教えられるような女じゃないですよ。」

 ヒジをぽりぽり掻きながら、やんわりお断りする。自慢じゃないが、他人に指導するなんて経験は生まれてから一度もない。

「あ、うそうそ、何一つしなくていいです!いるだけでいいんです!」

「んー?」

「もちろんお金も!お金も出します!ダンジョン攻略の報奨金、三分の一!いえ、半分でどうです?!お望みなら、全部持ってっちゃっても!」

「はあっ。」

 と、ため息を漏らしたのは、妹ちゃんだ。

「姉さん、いったん落ちついて。」

「だってミレイちゃん、だってなんかだめそうな雰囲気だし、だって…!」

「だからって圧かけても逆効果でしょ。不審がられて終わりだよ。ボクがいちからちゃんと説明するから、ちょっと静かにしてて。」

「…はい。」

 エレナさんがしゅんとする。どうやら、妹の方がしっかりしている姉妹のようだ。

「すみません、うちの姉が取り乱しまして。」

「いえいえ、そんな。」

「ごらんの通り、姉はあなたの大ファンなんです。昔からずっと。『黄金の翼』と共に戦いたい。それがこの人の、長年の夢だったんです。」

「はあ。」

「でもあなたは、冒険者を引退してしまった。どんな高名な戦士や魔術師が誘いにいっても、けして復帰しようとはしなかった。姉の夢は実現不可能になったわけです。」

「ですねー。」

「そこで姉は、一計を案じた。『なーんにもしなくていいから、ただそばにいてくれるだけでお金あげます。』そんな夢みたいに都合のいい条件を提示すれば、オッケーしてくれるんじゃないか、と。」

「ははあ。」

「それから姉は修練を重ね、特に何もしない人がパーティにいても問題ないくらいに強くなりました。では、ということで、ここに参った次第です。」

「なーるほどね。」

 妹ちゃんの説明で、ようやく話はわかった。つまり、戦力が欲しいわけじゃなく、ファン心理を満たしたいために私が必要ってことか。

 何もせず、つきそうだけでお金がもらえる。確かに、私にとってべらぼうに都合のいい話だ。いやはや、そんな熱心なファンがつくなんて、ドラゴンは退治しとくもんだね。

 ただなー。めんどいんだよなー、冒険。どうやって断ったものかね。

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