第24話
目を開くと、そこは自室だった。私達は床にへたり込んで、疲れたと声を漏らす。そして、いつもと違うことに気が付いた。コスチュームが、戻ってる……。
「あれ……え?」
「リカちゃん、服。戻ってるね」
心臓がばくばく鳴っている。これって、まさか……。
「まぁ、潮時よね。あちしはいつかこんな日が来るんじゃないかって思ってたよ」
ウガツはラグマットの上に座って、事も無げにそう言った。
「え……?」
「リカは全力で戦った。人の記憶を消すって、相当な力を使うから。いつかそんな余裕がなくなって、さなの記憶が消せない日が来るんじゃないかって思ってたのよ。まさかワープと同時に変身が解けるほどギリギリの戦いをすることになるとは、さすがのあちしも予測できなかったけど」
淡々と語るウガツ。語られる内容に心当たりはあった。だけど、まだ心の整理がつかない。
「えっと……ごめん、あたしのせい?」
「ううん、さなは悪くない。むしろ、今までごめん。私、どうしても人に知られたくなくて、さなを利用してた」
懺悔の言葉を聞いたさなは、少し首を傾げてみせた。
「いつも、記憶が消される前のあたしは、なんて言ってた?」
「いつもそんな話をするとは限らないんだけど……」
私は遊園地での一件を思い出していた。細かい言い回しまでは忘れてしまったけど、それを要約して彼女に伝える。
「前にね。利用価値が無くなって一緒にいられなくなるくらいなら、記憶を消して一緒にいたいって、言われたことがあるよ」
「あはは! 全然覚えてないけど、やっぱりあたしはあたしなんだね」
「どういうこと?」
「リカちゃんが謝る必要なんてないってこと」
さなはそう言うと、ぱちりとウィンクをして見せた。私がやったら違和感で死ねそうなその仕草も、さながやると普通だから不思議だ。
「あのさぁ、リカちゃん。変なこと言っていい?」
「……なに?」
「あたし、何故かたまに「リカちゃんとエッチした方がいいかも」って思って、「いやした方がいいって何?」って自問自答して終わることがあるんだけど……これも魔法少女と何か関係してたりする?」
「あー……」
関係がしてるもなにも、関係しかない。それ、多分私が魔法少女を辞めたいって、辞めるためにはエッチするしかないって教えたからだ。事情を説明すると、さなはどこか安心したように笑った。
「あー、そういうことだったんだー……なんか、変なのーって思ってたんだよね」
「だよね、本当に。ごめんね」
「ううん。事情が事情だから」
もし私が魔法少女を辞める日が来たとして、そうしたらこの周辺のハートはどうなるんだろう。私は、ポケットでずっとだんまりを決め込んでいたウガツに質問してみることにした。
「ねぇ、ウガツ。もし私が魔法少女を辞めたら、どうなるの?」
「他の子を任命するだけ。今までもずっとそうやってきたしね」
「そうなんだ……」
「あ、だけど、リカほど適任な子も居ないから、できるだけ続けてほしいとは思ってるよ」
「適任ってどういう意味?」
私のポケットからウガツを出し、さなが続けてウガツに喋らせる。
「こんなに暴力的な子、あんまりいないから!」
「その暴力性、ウガツに発揮しよっか?」
「やめて! リカが言うと冗談に聞こえないし!」
「冗談だと思ってるんだ?」
私がそう言って凄むと、さながウガツを胸に押し当てて庇う。
「もー、ウガツに意地悪したら駄目だよ、リカちゃん」
「いじわるって……」
ウガツがさなの胸で窒息しそうになってる。いいぞ、もっとやれ。私が密かにさなの『ウガツおっぱいで暗殺計画』を応援してると、さなは突然真面目な表情を作り、あと一息で殺れた筈のウガツを床に置いて話し始めた。
「……で、リカちゃん。魔法少女、まだ続けたい?」
「それは……」
絶対にない。魔法少女を名乗ることに対する辛さのようなものも未だに持っているけど、それだけじゃない。今回はたまたま和解して傷を癒やしてもらえたけど、こんな危ないこと、できることなら降りたいと思ってる。
だけど、生まれ変わった建物達が、人々に愛されるように生まれ変わるのを見ることに、微塵もやりがいを感じていないわけでもない。適任だというのなら、後釜が見つかるまで、もうしばらく続けてもいいかな、とは思ってる。
「もし、リカちゃんが辞めたいなら、あたし……」
「さな?」
「その、いいよ?」
「……えっと」
さなが何に対していいよと言っているのか分からないほど、私は鈍感じゃなかった。だけど、どうしていいのかは分からない。気まずくなって視線を泳がせた先にはウガツがいた。彼女は腕を組んで言った。
「あ、女の子同士でもエッチとみなされるよ」
「そういう意味の視線じゃなかったんだよ」
こいつ、だめだ……。その場しのぎをするように、私はさなを見た。もうこんな話は切り上げるべきだって、言ってから気付いた。
「さなは、その、経験あるの?」
「え? 無いよ」
「その、そんな簡単に、ほいほい体を開くもんじゃ」
「違うよー! あたしは、リカちゃんが心配なの! それに、その、リカちゃんならいいかなって、思ったから……あたし……」
「えっ……と、ごめん、無神経な聞き方した」
「ううん、あたしが変なこと言ったんだよ、ごめんね」
多分、さなは悪くなかった。そりゃかなり驚いたけど。乙女心を踏みにじるような真似をしたのが申し訳なくて、言葉にする前に気付けなかった自分に少し腹が立った。
「さな。その……私、まだ迷ってるんだ。魔法少女を辞めるべきかどうか。いや絶対に辞めた方がいいとは思ってるんだけど、他の子に押し付けるのもどうかなって思ってるっていうか」
「辞めた方がいいって何よ! 辞めた方がいいってー!」
「黙れ。とにかく、魔法少女を辞める為にさなとそういうことをするのは、違うと思うの」
「黙れ……!?」
ウガツは私にストレートに暴言を浴びせられたことに驚いているようだったけど、私はもちろん、さなですらショックを受けているウガツを華麗にスルーした。
「うん……もう分かってる、大丈夫だから、いいよ」
「よくない! だから、魔法少女の都合とか、そういうの抜きにして、さなとしたいって思う日が来たら……!」
「……そんな日、来るの?」
さなはきょとんとした顔をしている。なんだかすごいことを口走った気がするけど、もう今さらだし。私は自分の気持ちを包み隠さずに伝えることにした。
「来るかも……」
「……へへ、そっかぁ」
さなは破顔し、私にぴったりと体をくっつける。掛かる体重を抱き留めてあげると、彼女は独り言のように呟いた。
「今までのことは上手く思い出せないけど……あたしがリカちゃんを好きになったのって、リカちゃんのせいだって思ってる?」
「うん。すっごい思ってる」
「それね、間違ってるよ」
意外な言葉に、私はさなの顔を覗き込んだ。
「あたしがリカちゃんを好きになったのは、きっと、どんなときでもリカちゃんがあたしを守ろうとしてくれたからなんだって思う。リカちゃんは優しいんだよ」
「それは……だけど、これまでの私は、次に魔法少女になるための手段として」
「だから優しいの。本当にどうでもよかったら、ウガツをバラバラにして黙らせて、ハートのことなんてほっとけば良かったんだから」
「なにそれ怖い」
いきなり話題にあげられたウガツが震えている。ちなみに、私もちょっと震えてる。さな、ちょっと怖い。
「それに口封じしたかったら魔法少女の力を使ってあたしのこと殺しちゃえばよかったんだし。事故死に見せかけることなんて、いくらでもできるでしょ?」
「いやぁ……そこまでしようとは思わなかったけど……」
ごめん、ちょっとじゃなくてめっちゃ怖い。いつの間にか、さなの目から光が消えている。じっと見つめられて、蛇に睨まれたカエルのようになってしまった。しかし、さなは次の瞬間、ぱっと表情を戻す。
「何が言いたいかっていうと、あたしはリカちゃんのことが好きだし、リカちゃんもそれなりに、あたしのこと好きだと思うよってこと。ね?」
「……そう、かも」
どこに着地するんだと思っていた話だったけど、こういうことだったのか。私はさなの指摘を素直に受け止めた。
元々可愛い子だと思っていたし、さっきの木下病院とのことだって。先入観に囚われずに行動できる人を、すごく素敵だと思う。きっとさなは、同性だとか、そんなことは始めからどうだって良かったのだろう。
それからさなは、家に連絡を入れて、私の家に泊まることになった。自室から出てきた私を見て、お母さんはびっくりしてたけど。西野山の展望台に一緒に行った子で、私が家に招いたと説明すると歓迎してくれた。自分で言うのもなんだけど、高校に入ってからそういう機会がめっきり減っていたから。お母さんも心配だったんだろう。
お風呂に入って、布団の余りが無いから一緒に寝た。ちょっと変な空気になりかけたけど、ウガツのいびきがうるさかったから、無かったことになった。ウガツの名前の由来をこっそり教えると、さなはしばらく笑い転げていた。
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