第22話
とっくに電力の供給なんか途絶えてるはずのそこは明るかった。患者の体内を万遍なく照らせるように設置された照明器具が、ギラギラと怪しく、真っ赤に光っている。赤く彩られた空間に驚いていると、音もなく飛んできたメスに反応が一瞬遅れる。上体を逸らして躱したけど、それは私の頬に一筋の傷を付けた。血が伝う感覚はあったけど、それでも私は次の攻撃に意識を集中させるよう努めた。
「くっ……!」
そういえば、魔法少女になってから、初めて怪我をした。今までは運が良かっただけかもしれないけど。やっぱり、このハートは厄介だ。人を傷付けることに、一切の戸惑いが無いんだから。
「はああぁ!」
次々に飛んでくる手術用器具、それらを殴り飛ばして無力化させる。今は両手で捌いているけど、まだ足りない。落とせない分は躱しているけど、そんなのいつまでも続くわけがない。早くなんとかしなくちゃ。
「頼む……!」
足に意識を集中させて、腕と同じような武器を呼び出してみた。できるなんて言われてないけど、できるって分かってた。
「よっし……!」
膝の少し上まで覆うように現れた装甲で、ペンチのような器具を蹴り飛ばす。背後を襲う気配には気付いていた。だけど全て撃ち落とすには手足の数と時間が足りない。そっちは何十本も道具を飛ばせるけど、私には両手と両足しかないんだ。しかも替えが利かない。だから大事に使う。っていうか普通に痛いのイヤだし。
私は両手で攻撃を叩き落としながら、自分の左側に転がっていた手術台を蹴り上げ、盾とした。重たいそれが大袈裟な音を立てて立ち上がった直後、カンカンと小気味良い音を立てて、凶器がそこに突き刺さる。それを一瞥することもなく、私は手術室の壁を全力で殴った。防戦一方じゃ悔しいから。
衝撃が壁を伝い、一面にヒビが入り、崩れ去っていく。私の攻撃対象は、この建物そのものだ。誰に教わったわけじゃないけど、分かっていた。建物の入口で聞いた声が、どこからか聞こえてくる。
「殺してやる……!」
「それ、さっきも聞いた」
あんまり同じ話ばかりしてると友達に嫌われるから、気を付けた方がいいよ。
盾にした台ごと飛んできたけど、私は逃げなかった。両手を組むと、腕に付いていたゴツいナックルが、ガシャガシャと形態を変化させる。両腕が結合し、さらに頑丈になっていく。これで変化終了だったら流石に神様を呪うけど、そうじゃなかった。変形の最後に、私はやっとこの形になった意味を知る。先端に巨大な鉄球を出現したのだ。
そういえばさっきウガツも言ってたっけ。リカらしいって。これを見ても、ウガツはリカらしいって言うのだろう。私も結構性に合ってると思う。どちらかと言うと、ドカドカバキンらしいという感じがしなくもないけど、それを認めてしまうと、つまりドカドカバキンという名前は私らしい、ということに繋がってしまうので、気付かなかったことにした。
「うっおおおぉぉ!!」
両腕を真横に振って、鉄球を全力で台へとぶつけた。ステンレスか何かで作られた頑丈な手術台はそのまま壁を破壊しながら、外へと吹っ飛ばされていく。
両腕の結合を解除して次に備える。真っ赤な照明の真下、手術台があったところに、青白い光に包まれた女が現れた。
「なに、こいつ……」
全身が白い。明らかに人間じゃない。
私は直感した、こいつがボスだと。
儚げに佇んでいたくせに、私の顔を見ると、長い髪の隙間からそいつは笑った。口を三日月のように歪ませて。異形の笑みにゾクッとしたものを感じつつ、前に跳んだ。こいつを倒せば終わりだ……!
「遅い」
「なっ……!」
動き出すのは私の方が早かったはず。なのに……女は既に、片腕に引き摺るほど長い鋭利な爪を生やして、こちらに向けている。このまま近付けば、あの爪の餌食になってしまう。
私は体を捻って、すんでのところで爪を回避した。だけど、その後のことは考えていなかった。体勢を崩してゴロゴロと転がり、すぐに立ち上がって女が居たところを睨みつけた頃には、彼女はどこかに姿を消していた。
「ふふふ……お前を、殺す……」
「姿も見せない奴に殺されるほど」
「こ・こ・だ」
「っ!」
後ろから声がして、振り返ろうとした。だけど、遅かった。
背中に衝撃のような痛みが走る。だけど、このままじゃ本当に危ない。咄嗟に前に跳び、今度こそ上手く受け身を取る。自分が立っていたところを見ても、やっぱり女は姿を消していた。
「くそっ……いったい……!」
背中が燃えるように熱い。おそらく、私の背中には縦に切り裂かれたような傷が数本入っていることだろう。無闇に動くべきではない。分かっているけど、私は武器を構えた。
考えろ。奴は姿を消し、どこかに現れる。姑息なヒットアンドアウェイ作戦だ。対峙しようにも絶対に逃げられてしまう。なら私はどうする。
「……!」
私は、元の目的に立ち返ることにした。つまり、この建物を攻撃することを優先してみようと思ったのだ。よく考えれば、あの女が現れたのは、私がこの部屋を破壊した時。きっと奴は、これ以上破壊されたくなくて、決着をつけようとしたんだ。だったらやることは決まってる。
「はああぁっ!」
足を高く上げ、全力で振り下ろす。私の踵落としをまともに食らった床は、大きな音を立てて陥没した。建物が崩壊しないのが不思議なくらいに。
そして、女に構わず、私は部屋を出た。壊すなら、きっと上からの方がいい。下から壊して瓦礫の下敷きになってしまったら、結構洒落にならないから。
「やああぁ!」
「らあああああ!!」
上を目指しながらも、道中で壁を破壊していく。階段を駆け上って、最上階に着くと、建物の雰囲気ががらりと変わった。床も、壁も、全てが黒い。割れた窓から差し込む月明かりだけがここを照らしている。
背中は、当然痛い。こんなに動けているのが不思議なくらいに。もし生還できたとして、この傷は治るのだろうか。治らなかったら、なんて言い訳しよう。家の階段で転んだとか? 縦に鋭利な切り傷ができるとかどんな階段だよ、引っ越せ。
「まっ……無事に帰れれば、の話か……」
今の私は生きて帰られるかすらも分からない状態だ。目の前で起こっていることだけを見つめていこう。
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