第13話


 さなとのことを頭の片隅で考えつつも、ハートの反応を感知することなく、日々は過ぎていった。そして、私は浮かれポンチな耳と尻尾を付けて、遊園地内のとあるアトラクションを目指して歩いている。

 今日は日曜日、翌日の月曜は祝日ということもあって、テーマパークはいつも以上の賑わいを見せている。いつも以上のっていうか、ここに来たのは二度目だから、言うほどを知らないんだけど。

 先週の木曜日、よく一緒に御飯を食べているグループの一人、ミクちゃんが言ったのだ。今度みんなで一緒に遊園地に行こうよ、と。仲間はずれにされているわけではないけど、普段こんな話が挙がる時は、なんとなく私は除外されているものだから、ある言葉が口を突いて出た。本当に、ごく自然に。楽しんできてね、と。

 気を遣ったつもりだったけど、私のこの言葉を聞いて、みんなが何かを言いにくそうにもじもじし始めた。嫌味に聞こえてしまったのかもしれないと、後から気付いて固まっていると、一人が言ったのだ。「リカちゃんも一緒に来てくれたら嬉しいな」、と。

 だから私はここにいる。五人グループの一人として。何のことはない、彼女達は前から、もっと私と仲良くしたいと思ってくれていたらしい。みんなが学校で上手に私を構ってくれるおかげで、寂しさをほとんど感じずに過ごしていたけど、それにはそんな裏があったからなのかもしれないと、今更気付いた。


「にしても、びっくりしたよー。まさかさなが、「リカちゃんが行くならあたしも行く!」なんて言い出すなんて」

「あたし、もっとリカちゃんと仲良くなりたかったから」

「へー?」


 ミクちゃんはさなを見てそう茶化した。さなが私と仲良くしたがっているのを、彼女は喜んでいるようだ。まぁ友達二人の仲を取り持つことを嫌うようなタイプの子は、私達のグループにはいない気がする。


「リカちゃん、さなは悪い奴じゃないからさ。仲良くしてやってね。っていうか、うちら邪魔? さな、リカちゃんとデートしてくる?」

「え?」

「するする!」

「いや、ちょっと」


 あれよあれよという間に、ミクちゃん達は本当に別行動を取ってしまい、その場には私とさなだけが残された。三人の言葉を真に受けるとしたら、私と仲良くしたいと思ってくれていたのにさなにいいところを譲るなんて、本当にいい子達だと思う。

 そう、さな。私は普段、あの三人と過ごすことが多いのだけど、私達が遊園地に行くと人づてに聞いたさながそのメンバーに立候補したらしい。それもかなり激しく。

 あんまり接点の無い子もいるだろうに、すごい勇気だと思う。そのお目当てが、何を隠そうこの私だ。ちょっと照れくさい。

 体育祭の一件から今日まで、ほとんど言葉を交わすことは無かった。廊下で会った時に、さながどうなっているのは知ることはできたけど、それだけだ。それから、私なりに色々考えた。普段から仲良くしていないからこの状況が奇妙に感じるなのでは、なんて。さなが今日一緒に遊びたいと言っているとミクちゃんから聞かされた時は、チャンスだと思った。仲良くなれれば、このモヤモヤも晴れるかもしれない。

 ちなみに体育館のことは、清掃業者とバッティングしてしまい、少しの間だけ外に出されていた、ということになっているようだ。誰が清掃業者だ。魔法少女だから。別に、知らないままでいいけど。


「あはは、マジで二人きりになっちゃったね」

「あ、うん」


 さなはからからと笑って私を見た。もう昼食も摂ったし、園内は一周している。このあとどうしようなんて話になっていたところだったから、私は別に構わない。ただ、そのスピード感に気圧されたってだけで。

 私の顔色を窺うように、さなはぽつりと零した。


「あー……ごめん」

「え、なんで?」

「だって、あたし、オマケだし。ごめん、でしゃばって。あの三人と回りたかったよね」

「別に。その、さなと二人でもいいよ、私は」

「ホントに!?」


 彼女は目を輝かせて私を見る。こんなに喜ばれるような何かを持っている人間じゃないんだけどな、私。なんだか居たたまれなくなって、遠くにあるジェットコースターの頂きに視線を固定して頷く。


「それに、もう大体回ったでしょ。気にしないで」

「よかったー……え、じゃあ付き合う?」

「うん? どこに?」

「そうじゃなくてあたしと」

「なんで?」


 本当になんでだろう。付き合う? というのは、どこかに一緒に行く、という意味じゃなくて、交際を申し込んできているらしい。こんなすれ違い、ラブコメの鈍感主人公にしか有り得ないと思っていたけど、認識を改めることにする。思いがけない相手に言われたら普通になるね。深く掘り下げると、魔法少女に関する記憶が蘇ってしまうかもしれないから、それとなくスルーしよう。

 冗談で誰にでもそういうことを言うタイプ……には見えない。廊下で会ったときもいきなり腕を抱かれたし、多分だけど、前にさなが言っていた記憶の欠片とやらが、二回目の記憶操作で変に残ってる影響だと思う。


「ちぇー。付き合うのはだめかー……まぁいいや、とりあえず、歩こ」

「そうだね」


 さなに手を取られ、私達はようやく歩き出す。

 成り行きで手を繋いだまま歩くことになってしまったんだけど、振りほどいたらまた刺激しそうだから好きにさせておく。手を繋ぎたいと駄々をこねてくれるならまだいい。今のさながそんなことをされたら、静かに傷付きそうでとてつもなく気まずい。

 ポップコーンやグッズの移動販売、様々なアトラクションを横目に当て所もなく歩く。既に装着済みだと言うのに、さなはカチューシャの店の前で立ち止まった。大きいネズミの耳が付いてるよって、教えてあげようかな。


「あれ、可愛い」

「あぁ、犬のたれ耳ね。可愛いよね」

「ほしいなぁ……」

「さな、もう耳付いてるよ」

「うん……でもあれも付けたい……」

「あれ、重複装備オッケー系のアイテムじゃないから諦めようね」


 この空間にいる人達は、多少なりとも浮かれていると思う。かくいう私だってそうだ。だけど、流石にたくさん耳を付けて歩いている人は見かけない。私は、さなの腕を軽く引いて、再び歩き始めた。もう少しほっといたら「とりあえず買ってから考える!」くらい言い出しそうだったから。ちょっと抵抗されたけど、私の意向には沿ってくれるらしい。耳なんて付けなくても既に犬っぽいって、ちょっと思った。

 結構歩いたけど、想像以上に混んでいたから、全部の乗り物には乗っていない。さなもそのつもりは無いだろう。人気の乗り物はどれも並ばないと乗れないし、一番人気のジェットコースターなんかさっきは並ぶことすら許されてなかった。行列がすごすぎて。今も少し離れたところで、ゴーという音と、キャーという絶叫を生み出している。それを耳にして恨めしい気持ちにならない程度には、私は今日を満喫しているらしい。


「リカちゃんはどんなアトラクションが好き?」


 様々なアトラクションを横目に移動していると、声を掛けられた。どんな些細なことでもいいから、私のことが知りたいって感じの顔をしている。私の考えすぎかな。自意識過剰だったらちょっと恥ずかしい。


「私は……あぁ、ゴーカートが好き」

「へぇ、意外かも」

「そういえば、ここにはゴーカート、ないね」


 賑やかな園内マップを片手にそう呟くと、さなは立ち止まって真剣な顔をして言った。


「じゃあさ。今度あたしと、ゴーカート乗りに行かない?」

「え、いい。めんどくさい」

「えぇー!? 好きって言ったじゃん!」


 断られたことがよほどショックだったのか、さなは大きな声で抗議してきた。だけど、私にだって言い分がある。


「好きだけど、わざわざ乗りに行くほど好きじゃないし」

「好きって言ったのに! 騙したんだ!」

「周りの視線が痛いから今すぐその小芝居やめて」


 さなの言い方だと、私がすごい悪女みたいだ。まるでさなを弄んだかのような……記憶操作も十分その範疇だとは思うんだけど、それについては本人にも自覚がないし、私とウガツ以外は知らないからセーフ。大丈夫、ギリギリセーフ。


「ねぇ! あそこ見てっていい!?」

「え? うん。行こ」


 さなは顔を上げると、目を輝かせた。行っちゃ駄目なとこなんてないから、どこに行きたがってるか確認する前に返事をしちゃったけど、まぁ変なところではなかったみたい。私はさなに手を引かれて、お土産屋さんの中に入った。

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