第4話

 九死に一生を得るような体験をしてすぐに動くなんて気が向かなかったけど、この場所に留まると危険な気がして、私はおもむろに歩き始めた。さなはすぐ隣で、様子の変わってしまった通路を警戒しているようだ。好奇心が勝るのか、歩みは速い。いつの間にか私よりも前に出ると、突然立ち止まって振り返った。


「どっちに行く?」

「上かな!」

「わー!? ちょっと、リカちゃん!?」


 他の通路への廊下と、上に向かう階段がある。だけど、私は彼女を腰から抱えて、迷うことなく階段へと駆け出した。さなは細くて小さいけど、いつもの私なら女子一人を小脇に抱えて走るなんて芸当は無理だ。本当に魔法が効力を発揮していると実感している。

 この駅は地上三階建てだ。遠目に見て上の方が爆発していた、ということは、何か脅威があるとすればそこにいるのだろう。だから私は上を目指した。さなは私の決断の意味を理解しているのかいないのか、どちらとも取れる様子だったけど、「帰りたい」と言われないことだけは幸いだった。

 なんてったって、帰らせないために強引に抱えてきたのだから。ここまできたら、さなも巻き込ませてもらう。徹底的に。具体的に言うと、お前も魔法少女になれ、の気持ちで私の心は溢れている。


「酔いそう」

「あとちょっとだから!」


 一階は後回しとする。外から駅を撮影している人に見られた気がするけど、だとしても仕方がない、と思えていた。ピンクのふわふわのきゅるんきゅるんの衣装に、デカい宝石が付いた魔法のステッキ☆ みたいな装いよりは大分目に優しいから。

 迷彩柄ではないものの、色合い的にはかなり近い。カーキに黒にシルバーに、私の衣装にはとりあえずくすんだ色ばかりが使われている。この格好で「魔法少女だ」と名乗ったとしても、「せめてもっとそれっぽい格好をしてから言え」と叱られてしまうだろうというくらいには、マジカルな感じがしない。それは私にとって好ましいことだった。


「ちょっと、もう、無理」

「二階着いたよ! あと少し!」


 二階に到着すると、急に火の気配を近く感じた。あの爆発だ、どこかが火災に見舞われていたとしてもおかしくない。消防による消火活動が頭を過ったけど、先を急ぐことにした。んだけど……三階を目指そうとして、段差の途中で見えない壁に阻まれてしまった。踏ん張れたから良かったものの、下手を打てば頭から階段を転げ落ちるところだった。


「いった!」

「きゃあ!」

「ご、ごめん!」


 自分を脇に抱えている人が階段で転ぶなんて洒落にならないだろう。私は思わず大きな声で謝罪した。本当に悪いことをしたと思ってる。転びそうになったことだけではなく、連れ回してるところまで遡って謝った気がした。


「とりあえず、上が無理なら、二階を見るしかない、かな?」

「そうだね」


 帰ろうとする様子はないし、吐かれても嫌なので、踊り場でさなを解放することにした。階段を少し戻って二階を見渡す。このフロアに人の姿は見えなかった。というよりも中には誰も、人っ子一人いない。

 あんな急な爆発にも関わらず、みんなが避難できたんだと思うと、ちょっとだけほっとした。本当に良かった。あと、この姿を目撃されずに済んだ安堵も少なくない。


「ねぇ、ホントに誰もいないの?」

「分からない。だけど、誰がいたとしても関係ない」

「え?」

「さなは、私が守る」


 私はキリッとした顔でそう伝えると、何も言わないさなの手を握る。小さくて、少し冷たい手。緊張しているのだろうか。

 お願い、絶対に帰りたいだなんて言わないで。この一連の流れを知っている人物を野放しにするだなんて、絶対したくないから。


「あちしがいない間にいい感じになってる!」

「わぁ?! なに!? 急に!」

「ウガツ……生きてたんだ……」


 急に私達の目の前、視線の高さくらいの位置に、あの不気味なマスコットが出現した。ふよふよと浮いてるけど、もうツッコむ気はない。すっかりウガツの存在を忘れていた私と、生きていたことに驚くさなと。だけど、本人はどちらの反応もどうでもいいらしい。

 ウガツはこれまで不在で話せなかった分を取り戻すように、べらべらと話した。正直軽くウザかった。さなはふんふんと頷いている。どちらが魔法少女か、分かったものではない。


「あちしは魔法少女の魔力がある限り移動や復活ができるのよん」

「ふぅん。しつこくて陰湿な能力なんだね」

「目的を話すわね! リカは、この建物を望む形にしてやるの!」

「望む形って……?」


 意味が分からない。そして、ウガツは柱を指差すと、高らかに吠えた。これ、ぶっとばしちゃって! と。

 建物の構造とか、そういうことはよく分からない。というか全く分からない。私、普通科の生徒だし。だけど、素人目に見ても、すごくダメそうだ。ダメな予感しかしない。こんな太い柱、本当に破壊してしまっていいのか。

 そこまで考えてはたと気付いた。普通の女子高生なら、壊した時にどうなるかよりも先に、どうやって壊すかを考えるだろう、って。何が言いたいって、私、壊すことをハードルに感じてない。


「よし……!」


 さなの手を離し、つま先で軽やかに木の床板を蹴る。たったそれだけなのに人一人分を簡単に跳んでしまう。魔法様々だ。

 両手に意識を集中させた。何も持っていない手を振りかぶる。私は信じていたから、いや、分かっていたからそうした。魔法なんてものはまだ信用しきれていない。だけど、自分の直感を信じるのは得意だ。


「うらぁっ!」


 振り下ろす瞬間、手中に超巨大ハンマーが現れて、柱と呼ばれたパーツをいとも容易くなぎ倒す。絶対やっちゃダメだって、ホントに三歳くらいの子供でも分かるような光景だ。


「この武器、すごい威力……」

「いいわよ! あちしの見込んだ通り! リカは、暴力性を内に秘めている!」

「それ魔法少女に言っていい言葉じゃないだろ!!」


 私はウガツにクレームを入れながらも、滞空中にもう一発、なんとなく立派そうな木材を叩いて折る。視界の隅で捉えたさなは、ウガツを抱いて私を応援してくれていた。

 ハンマーが振られるタイミングに合わせて、炎は踊る。爆発のせいか、二階はかなり火の手が回っていた。普通だったら絶対に呼吸なんてしにくいはずなんだけど、私の体は全然平気だ。さなも大丈夫そう。もしかするとウガツが魔力とやらで、彼女を守ってくれているのかもしれない。気にはなるけど、私はそれをウガツに確認しなかった。術が無いのではない、暇が無いんだ。ウガツは次々に指示を出した。


「聞こえた! 次! そっち!」

「いくら疲れない体だからって……!」

「二階は終わったし、三階に行こう! えっと階段は……」

「あーもう!」


 ウガツはとにかく私を引っ張り回して、壁やら柱やらドアやらを破壊させた。やけに柄の長いハンマーは強力だけど、一振り毎に自分の命を削っているような気がしてちょっと怖い。それくらいの破壊力を秘めていた。あと、さっきも言ったようにハンマーを振るう度に風が吹いて、私のせいで火の回りが早くなっている気がして、それもちょっと怖い。


「階段は登れないんだよ、リカちゃんが壁? みたいな何かにぶつかっちゃって」

「そろそろ階段が登れるようになってるはずよ!」

「どういうこと!?」

「まずは二階を片付けて欲しいと、この建物が願ったのよ!」

「はぁ……?」


 全く意味が分からないけど、考えている猶予はない。私はウガツの言う通り、先ほどの階段に向かった。

 光のバリアのようなものに阻まれたことを思い出し、足が竦みそうになる。結構痛かったし。ばちーんって。だけど、この騒動に立ち迎える人間は私しかいないらしいので、気合いを入れた。やっと、「ここまで来たら乗りかかった船だ」という気持ちが湧いてきたかもしれない。とっとと終わらせて、お母さんのカレーライスが食べたい。


「っ……!」


 階段の段差に足を乗せた瞬間、体が強張る。だけど、何も起こらない。どうやらウガツの言うことは本当だったようだ。無事に階段を突破する私を見て、さなが後ろで歓声を上げる。それをかき消すようにウガツが声を上げた。


「さなは待って! 進まないで!」

「え!?」

「ここから先は、リカ一人で行かなくちゃ!」

「はぁ!? 何言ってんの! 私はどこを攻撃すればいいかなんか分からないし、こんなところにさなを置き去りにするなんて、できるワケない!」

「この上はきっと、建物の崩壊が進んでいるに違いないわ! あちしがさなのまわりを浄化してるけど! 足場が崩れてしまったら助けられない!」

「……!」


 言われるがままに体を動かす作業だと思っていたのに。まさか、そんな危険だったなんて……。だけど、ウガツの言うことは間違っていない。落ちても魔力でなんとかしろよ、と思わなくもないけど、そこまで出来るなら今度は「最初からお前が戦えよ」ってなるし。

 さなは不安そうな目でこちらを見ている。そうだ、ここにさなを置いていくって……それって、勝手に帰っちゃうのでは……? だってその方がどう考えても安全だし。帰ったら、絶対みんなにこのことを話すだろう。むしろ話さないはずがない。そんな恐ろしい可能性に気付く。強い眼差しでさなを見つめて、私は宣言した。


「さなは、ここで待ってて! 絶対に、すぐ終わらせて戻ってくるから! 一番に、さなに会いたい!」


 明らかに言いすぎてる。なんで一番に会いたいのか、全く分からない。でも、私の社会的な死について熱弁したとしてもきっと伝わらないから、もういい。ここまで言えば、勝手に帰ったりしないだろう、多分。いや、私なら「なんでこれまで絡み無かった人がそんなこと言うの? 何か裏がありそう。怖い」となって帰る。縋るような気持ちでさなを見つめていると、彼女はニコッと笑った。


「……分かった! 気を付けてね!」


 駄目かと思ったのに、分かってくれるんだ……大きく手を振って、なんだか力強い表情をしている。

 私は小さく手を振って応えて、階段を進んだ。たった一人で。背後にさなの気配を感じる。ウガツが前進を後押しするように、声を放った。


「リカ! それは武器じゃない! 道具よ!」


 全く意味が分からないけど、私は振り返ることなく、ウガツの声に軽く手を上げて反応してみせた。三階に到着すると、そこには全く別の光景が広がっていた。

 ここ、駅じゃない、地獄だ。

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