魔法少女ドカドカバキン
nns
1章
第1話
気まぐれを起こした放課後。普段なら校舎を出て左に進み、真っ直ぐに帰宅するのに、今日は右に向かった。いつもよりも視界の横を流れる景色が早い。長い黒髪を靡かせて颯爽と向かう姿を見た人達は、きっと何か目的があると思うだろう。だけど、そんなものはなかった。
自らの進路に驚いているのは何を隠そう自分自身。動揺とは裏腹に私の足は澱みなく動き、スタスタと駅前を目指していく。気が向いて寄り道をしている状況なのは明白だけど、迷いなく動く脚と何にも期待していない心中はちぐはぐ過ぎた。道中はおろか、駅前に辿り着いたって、目ぼしいものは何もない。あるのは見知った店とビル群だけだ。
年に一度も発現しない気まぐれを抱えたまま、そのまま帰るのはもったいない気がして足を止めた。ゲームセンターの前だった。腕を組んで浮かれた様子で店内に入っていくカップルを見送ると、夕方の自動ドアに映る自分と対面する。セーラー服に冷たい印象の目元。女子にしては長身で、少し無気力に見える立ち姿。革のバッグを持ってそこに佇む女は、この場所と酷く不釣り合いだと思った。似つかわしくないのではなく、不釣り合い。たった一人で放課後を過ごしているという、傍目に見た寂しさが、私にそう思わせたのだ。楽しいことなんて何も知らない、ガラスに映った自分はそう言っていた。だから足を向けた。私が数歩ドアに近付くと、そこに張り付いていたもう一人の私は、ウィンという音と共に退散するように姿を消した。
「入っちゃった……」
私は高校二年生になったばかりだ。三時間目に帰ってきたテストの結果が良かったからか、今更になって後輩ができたことに何か期待しているのか、その理由は分からないけど、とにかく友達を連れても滅多に入らない場所に、私は一人で足を踏み入れた。自動ドアが開いて、出したのは右足、そしてほんの少しの勇気だった。
入ってすぐのところ、UFOキャッチャーのゾーンを抜けようとしたけど、そこを抜けて何をするというのだ。自問してみると、足はいとも容易く止まった。互いに上から被せるようにギャンギャンと鳴るゲーム機の音に、私は圧倒されていた。慣れない喧騒に酔いそうになる。助けを求めるように、店内の壁に足を進めると、端の方に子供用向けの背の低いUFOキャッチャーが鎮座していた。ここにはたくさんの筐体が楽しそうに起動しているのに、これだけ明らかにうらぶれている。
好奇心から、財布に手を伸ばしながら近寄る。筐体の中には、小さなマスコットが真ん中に一つだけ置かれていた。まるまると太った天使のような、お世辞にも可愛いとは言えないものが。いや、びっくりするほど可愛くないな。逆に何かしらのセンスを備えてないと作れない造形に見える。何を感じてどう思えばこんなものを生み出せるのだろう。たらこ唇の、天使っぽいなにか。一応、キーホルダーだろうか。私だったらこんなよく分からないものを鍵や鞄に付けたくない。だというのに、財布のジッパーを開けて、私の指は百円玉を捜索していた。やめて、要らない。あげるって言われても断るレベルで要らない。そう思っているにも関わらず、小銭を掴んでいた。多分、今すぐこの手を離して小銭を財布の中に落とした方がいいんだけど、どうにもこうにも手が動かない。好奇心って怖いなって、そう思った。
「……まぁ、一回くらい。いいかな」
筐体に手を置くと、たったそれだけの振動でアームがぷらぷらと揺れる。この機械、ホントに大丈夫なのかという疑問を浮かべてコインを入れる。
結論から言うと、このワケの分からない機械とマスコットの為に千円スった。なんならわざわざ近くの両替機で百円玉を作った。一度目は好奇心から、二度目以降は取れなかったという悔しさをバネに頑張ってしまったのだ。多分、人生でこれほど無駄な努力はしたことが無いだろう。
やっとの思いで取り出し口まで導いたマスコット。手に取れば可愛いと思えるかもしれないと思ったけど、やっぱりあんまり可愛くない。あんまりっていうか全然可愛くない。可愛くないだけならまだしも、使われている素材もなんとなく粗悪品っぽい。クレーンゲームでこんながっかりするものを景品にしたら駄目だと思う。何かしらの条例に引っ掛かってもおかしくないでしょ、こんなの。
私は妙な喪失感を胸に、近くにあったベンチに腰掛けた。中学の頃、友達と遊びに来た時に、二階のプリクラコーナーではしゃいだことを思い出す。みんな、私とは違う高校へと進学して、一年とちょっと。そういえば、最近全然友達と遊んでいない。多分、一年とちょっと。友達が居ないワケじゃない。だけど、誰かに誘われることはなかった。いや、数回はあったかもしれない。イジワルや面倒だったというわけではなく、家の用事なんかで断ることが続いて、それから誘われなくなった気がする。
今になってそんなことに気付く自分に、小さく驚く。私、多分、他人に興味が無いんだ。それと同じくらい自分にも。だから今の今まで、こんなことにも気付かなかった。きっと気付いていたら、埋め合わせに自分から誘ったりしたんだろうな。
「……帰ろう」
傍らに置いた鞄を手に取る。意地でも鞄にあの妙なマスコットを付ける気がしなかった私は、ベンチにそれを忘れたフリをして立ち上がった。捨てるのも忍びないし、これなら近くを通りがかった子供なんかが見つけて可愛がってくれるかもしれない、なんて淡い期待を抱く。淡いどころか、あのマスコットの可愛くなさを考えると透明と言ってもいいくらい消えかかった期待なんだけど。
本当に何の為に千円を費やしたのか分からなくなってくるけど、どうしてもアレを可愛がる気になれなかったから、これでいい。後ろで「いやざんしーん! 手に入れた直後にベンチに放置とかざんしーん!」という声が聞こえた気がしたけど、振り返って声の主を確認すると、ご親切にも「ほら、忘れてるよ」とアレを手のひらに置かれる気がしたから、聞こえなかったフリをして、逃げるように立ち去った。
店を出て、今度こそ家路に着く。お母さんは夕飯はカレーだと言っていたけど、前はそう言って焼き魚だったことがあるから、全然信用していない。間違えちゃったって言ってたけど、ちょっと意味が分からなかったな。
駅に背を向けて歩き出した、その時だった。背後から爆発音が聞こえて振り返った。見ると、駅の屋根から黒い煙が出ている。どう見てもただ事じゃない。近くの人が通報しているといいんだけど……どうなってるんだろう。
「何……?」
悲鳴が遠くに聞こえる。何が起こったというのだ。私はその場に縫い付けられたように動けなくなっていた。逃げ惑っているであろう人の声を聞き、立ち止まる私を押し除けて駆けて行く人々に邪魔そうにされても、まだ離れられなかった。それほどまでに、目の前の光景は異様だった。
駅の背後に暗い紫色のヴェールのようなものが見える。初めは夕日が沈むときに見せる空の色かと思ったけど、違う。禍々しいオーラを纏ったそれは、駅を包むように邪悪に揺らめいていた。あれが今の爆発に関係していると思ったのは、きっと私だけではないはずだ。確かめることはできないけど、それくらい、明らかに怪しいオーラだった。
「リカ! 早く行こう!」
私の名前を呼ぶ声に周囲を見渡す。と言っても、周りには逃げ惑う人々しかいない。人が少し捌けてから呻き声を頼りに視線を落とすと、そこにはさっき忘れたフリをして放置してきたマスコットがぐちゃぐちゃに踏まれて見るも無惨な姿になっていた。
すごいな、ここまでなっても可哀想に思えないマスコットって。っていうか、これがどうしてここに……? 私は、確実にあの店のベンチに置いてきた。間違えて持ってくるほど、情に流されやすいタイプではないのだ。
「私も、逃げなきゃ」
「どこに行くって言うのさ!」
いま、喋った。明らかに、この一ミリも可愛くない天使のマスコットが。恐る恐るストラップ部分をつまんで、まるで汚物のように拾いあげると……遂に、はっきりとその口が動くのを見た。私がつまんでいる紐の部分を中心にゆっくりくるくると回っている。人に不快感を与える専用の装置みたいな趣があるな。
「汚物扱いやめてくんない!?」
「喋った……!?」
「今更!? さっきから話し掛けてたじゃん!」
声の主の姿は見なかったが、この妙な生き物がどの場面を指しているのかは分かる。私は、ぼんやりと駅を見つめながら、少し前のことを回想していた。
「……ざんしーんって言ってたの、お前?」
「そうだよ! 普通、千円掛けて手に入れたものをその場に捨ててく!?」
「聞いて、薄汚い天使さん。人間は時として命さえ代償にくだらないものを手に入れてから嘆くものなの」
「それっぽい言葉で取り繕っても、あちしを薄汚いって言ったことは忘れないから」
忘れなかったらなんだって言うんだ。私は右から左に聞き流して、周囲をつぶさに観察する。駅から逃れる者は大勢いるが、駅へと向かう人間はほとんど居ない。全く居ないと言いたいところだけど、スマートフォンのカメラを向けながら、火に集まる羽虫みたいにふらふらと歩いていく連中が少しだけ存在した。
彼らはその映像を後でテレビ局に売るつもりなのかもしれない。もしくはSNSにアップするのかも。しかし、逆に言うと、そんな酔狂な目的を持っているであろう者しか、人の流れに逆らって動いていないということ。アレに混ざるなんて、絶対に嫌だ。家族が巻き込まれているとか、そんな事情があるならまだしも。さっき、「行こう!」なんて言われた気がするけど、全力で気のせいだと願いたい。
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