大迷宮のラスボスに転生した限界社畜、魔界の幼女と一緒にのんびりスローライフを謳歌する。

空戯K

プロローグ  限界社畜は死んだ


 ――限界社畜。


 それはまさしく俺のような現代の奴隷を示す格好の表現だ。


 そう言えば、もう何連勤目だっけ……?

 ニ十日を越えたあたりからもう数えていない。

 今日も今日とて終電帰り。

 会社に泊まらないで帰宅できただけ御の字か。


「もう日付変わってるよなぁ~……こんな調子で今日も昨日も、一週間前も三週間前もずぅーっと仕事!! 俺はいったい、何のために働いてんだぁ~?」


 深夜の帰路、不満を漏らしながら歩いていると、薄汚れたブロック塀に囲まれた地に足を踏み入れる。


 目の前には、一棟のオンボロ安アパート。

 その二階の角部屋が我が居城だ。

 錆びまみれの古びた鉄臭い階段は一段上がる度にギィギィと甲高い不協和音を奏でる。

 が、俺の心はもはやそんな雑音には反応しない。


 脳死で二階へ上がり、脳死で鍵を取り出し、脳死で角部屋の扉を開ける。


「ただいま~……」


 ギィィィイイイイ……とやかましい扉を開けた先に待ち受けるのは、夜空よりも暗い闇のだった。

 足元の玄関だけ、街灯のおかげで何とかうっすらと把握できる。


「はは……相変わらず真っ暗だなぁ。まるで俺の人生みた~い、なんつって」


 そんなブラックジョークを言ってみて、一層どんよりと心が濁る。


 重苦しい気分を振り払うように扉を閉め、鍵をかけ、靴も投げ出して手探りで壁を探り部屋の電気のスイッチを押した。

 パッ、と急に明るくなった天井は、老朽化した廊下から散らかりまくったワンルームの一室までまざまざと照らし出す。


 気分が少し軽くなった。

 が、この気分の高揚は文明の利器たるLEDライトに感謝しているのではない。


「アホほど連勤まみれだったが、何とか乗りきったぞ! そして明日は休みだ! ビールでも飲みながら、今夜は思いっきり癒されるぞっ!!」


 久しぶりの一日しかない超貴重な休み!

 こんなもん、やるこたぁ決まってる!


 帰ってきたばかりだが手洗いうがいの全てをスキップし、デスクの上に丁寧に置かれたヘッドギアを装着する。


「今日も俺を癒しの空間へ連れてっておくれ~、【MWO】ちゃ~ん!」


 モンスター・ウォー・オンライン――通称【MWO】と略されるVRMMORPG。


 最近発売されたソフトだが爆発的な売上を記録した、剣と魔法の王道RPGゲーム。

 ストーリーや設定こそ平凡だが、このゲームの魅力は何といっても極限までリアルを追求した超高解像グラフィックを中核に据える圧倒的な没入感だ。


 このゲームをやることだけが、今の俺の生き甲斐である。

 と言っても、そこらのプレイヤーのようにメインストーリーを順番に進めていく、なんてことは一ミリもしていない。


「ぐふふ、今日はどのエリアに行こっかな~! 来る者の身も心も等しく癒してくれる『光の大樹』? それとも元気いっぱいの妖精たちと戯れられる『女神の泉』? ……いや、今日はあえて瞑想に耽るために『そよ風の草原』にするか!?」


 スーツから着替えもせずに酒をがぶ飲みし、心地よいそよ風に吹かれながら草原の真ん中で昼寝をしよう。

 まあ今そんなことをすれば時間的にガチ寝になってしまうのだが、草原に横たわっているから昼寝なのだ。

 なぜなら草原は大の字に寝そべって昼寝をするためにある環境なんだからなっ!


「っと、その前に忘れてた! ビール、ビールっと!」


 のんびりスローライフに心踊らせていたが、大事なものを忘れていた。

 人生の嫌な出来事はビールが全て洗い流してくれるのだ。

 この飲酒は外せない。


 とはいえ、もうすでにヘッドギアを装着してしまい、目の前には今にもゲームが立ち上がろうとローディングが進んでいる。

 しかし、まだゲーム前なのでうっすらと背景が透過していた。

 これならちょちょっと冷蔵庫に行って戻ってくるくらいならいけるか。


「ふっ、ここは住み慣れたオンボロワンルームなのだ。その狭さゆえ、あらゆる地形は俺の頭に入っ――」


 その瞬間。

 ――ズルッ、と俺の足が滑った。

 目を見開く。

 ヤ、ヤバイ!!

 足裏から伝わる感触的に、恐らく何日か前に放り投げて床に広がったままになっていたカッターシャツ!

 犯人が判明したところで、盛大に軸足をずらされバランスを崩した俺はどうすることもできず――


 ガゴォンッ!!!!


「ぐっ、アッ……!!」


 側頭部に凄まじい衝撃が走る。

 位置的にデスクの角にヘッドギアごと頭を強打したのか。


(あれ……これ、ヤバいやつじゃね……?)


 ぐるん、と視界が回転する。

 強制的に、脳の回線が絶ち切られるような感覚。


 やば……これ……、気、絶――――

 

 体全体で感じる浮遊感。

 まるで雲のベッドに乗っているような気持ちよさだが、一秒後には全身を床に叩きつけられることだろう。


 朦朧とする意識の中、最後にMWOの起動エフェクトがきらめいていく。

 視界が強制的にシャットダウンされる寸前、見慣れないウインドウが大きく表示される。



宇堂皆人ウドウミナト

 新たなる異世界へご招待いたします】



 こうして俺は、二十九年の短い生涯に幕を閉じた。



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