第16話 待球作戦

 6月末。


 相変わらず最下位に沈んだまま交流戦を終えた、千葉ユニコーンズは、最終的に12チーム中、10位の成績だった。


 チームとして機能していない現状、発破をかけて多少変わった選手がいても、まだまだ上向き調子にならないことを知り、私は次の作戦を考える。


 GMというのは、立場上、試合で直接、選手たちに指示を下すことは出来ない。それは監督の仕事だからだ。

 だが、その監督が不甲斐ない場合、口を出して、監督に指示をする、あるいは提案をすることは出来る。


 私は、交流戦後、リーグ戦に戻る段階で、島津監督を呼びつけた。


 立ち合いには、愛華、神戸も同席する。


 1対3になると、色々と監督が不利になるだろうから、向こうには投手コーチ、打撃コーチの同席を許した。


 3対3の中、私が提案したのは、次の試合のことだった。


 対札幌カムイウィングスとの試合。

 向こうは、エースの佐山さやま健太けんたを予告先発として発表してきた。こちらもエース級の高坂太一を出す。


 それはいいが、ここで考えたのが、「対佐山」戦術だった。


 佐山健太は、最速160キロを誇る、札幌どころかもはや球界ナンバー1と言われるエースで、スライダー、カーブ、フォークからスプリット、カットボールまで操る本格派の右腕だ。

 昨年の成績は、防御率2.15。14勝8敗で、恐るべきはシーズン200奪三振以上を上げていたことだ。

 奪三振率が非常に高い優秀なピッチャーで、現在28歳。来季にはメジャーリーグに挑戦すると言われていた。


 この佐山を攻略できるか否かで、その後の我がチームの行方は決まると、私は考えた。

 つまり、相手チームのエースを打ち崩せば、それだけチームの士気は上がる。逆に負ければ、敗北ムードが漂うことになる。


「待球作戦をやって下さい」

 ホワイトボードに愛華が、「待球作戦」と書いて、私が説明する。


「エースの佐山選手を攻略するには、球数を投げさせることが大事です。つまり、ファールで粘るか、四球で出塁するか、どの道、早打ちは厳禁です」

 しかし、私の説明に、眉をひそめて反論してきたのは、島津監督だった。


「要は、好球必打こうきゅうひつだってことだろ? しかしな、GM。そんなことはプロの選手なら誰でもやってる」


「違います。私が言ってるのは、あくまでも『待球』作戦だと言いました。とにかくボールをよく見て、確実に打てる球だけ打って下さい。後は見逃して四球で出るか、ひたすらファールで粘って下さい」


「簡単に言いますが、佐山相手にそれは難しいと思いますよ」

 投手コーチが、渋い表情で私を睨んできた。


 そこで、私は愛華に振る。

 彼女は、データを表示した。

 それは、昨シーズン、そして今シーズンの佐山選手の配球データだった。


 具体的に、どこを中心に投げているか、ストライクゾーンを9分割したデータから割り出してくる。


 その結果、

「佐山選手は、強打者に対しては圧倒的にインコース攻めをやってきます。逆にそれ以外の選手はアウトコース中心です。島津監督にデータを渡しますので、それを元に作戦を立てて下さい」

 具体的に、去年のデータと、今年の対戦データを中心に持ち出した愛華のデータにより、極力、佐山を「丸裸」にする、というのが私と愛華の考えた作戦でもあった。


「わかった」

 一応、彼ら首脳陣は頷いてくれるのだった。


 後は、選手たちに「託す」だけだ。


 私は基本的に、GMという立場にあることもあり、試合自体を直接見ることが滅多にない。

 そのことを愛華に聞かれたことがある。

「どうして試合を見ないんですか?」

 と。別にGMが試合を見なくていいという決まりはないのだ。


 これには一応、GMという立場以外に理由があった。

「亡くなった父が、生前よく言ってました。『俺が試合を見ると、よく負ける』と」


「つまり、ジンクスですか?」

「まあ、そんなものですね」


 父の跡を継いだというのもあるが、私もまた父と同じジンクスにすがっていたという部分があった。ということで、私は毎試合、スコアブックをつけるため、試合を見る愛華に全てを任せ、試合結果だけをLIMEで直接送ってもらうことにした。


 そして、試合の間、一切の情報をシャットアウトして、自宅で学校の勉強と宿題をやっていた。


 試合自体は、地元、千葉幕張スタジアムで行われる。つまり、ホームゲームだった。


 午後9時30分。

 試合が終わったというLIMEが愛華から入った。


―5-3で勝ちました―

 素っ気ない内容だったが、その後に彼女は詳細を書いてくれるのだった。


―勝利投手は高坂選手。セーブは真田選手。それよりすごいのが、桜庭選手です―


―桜庭選手がどうしましたか?―


―5回裏に逆転3ランホームランを打って、佐山選手をノックアウトしました―


 愛華の説明によると、試合は最初から激戦となったという。

 初回、佐山に対し、待球作戦の四球で塁を埋めた我がチームが2点を先制。しかし、3回表に相手チームの絶対的なアベレージヒッター、奈良橋ならはし一樹かずき選手のソロホームランで1点差にされ、さらに4回表に連打とタイムリーヒットで2-3と試合をひっくり返される。


 しかし、前述したように、5回裏、2アウト1、2塁から4番、桜庭選手が逆転3ランホームランで5-3と再度、試合をひっくり返したのだ。


 後は、中継ぎ陣を投入し、逃げ切りを図り、最後は抑えの真田が0点に抑えて見事に勝利。


 そして、愛華の説明によると。


―それ以外にも一条選手や仙石選手が活躍しました―

 とのことだった。


(とにかく勝ってくれた)

 ようやくほっと一息、安堵することが出来た私だが、その内容が気になったので、愛華をLIMEで呼び出すことにした。


 すでに午後10時になろうとしているのに、彼女は応じてくれるのだった。


 これはもちろん、業務外のことであり、給料は発生しない。

 そこで、私は驚くべき事実に直面する。

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