第9話 インプットからアウトプットへ(前編)

 棚町愛華から上がってきた情報。


 つまり、インプットという、言わば知識や情報の「収集」を、アウトプットという、「実践」に移す必要があり、これはビジネスの社会でも常識的な戦略になる。


 そこで、私は、彼女に洗い出してもらった問題を解決すべく動くことになる。


 時間がないので、一番手っ取り早い方法を取ることにした。


 それぞれの専門家である、コーチ立ち会いの元、彼らに面接したのだ。


 2月に入り、丁度沖縄でキャンプが始まった。

 私はそれに帯同し、コーチ立ち会いの元、練習の合間に、彼らに実際に会った。


 まずはベテランの主砲、桜庭宗俊。34歳。

 実際に会ってみると、大柄な男だった。


 身長185センチ程度、体重95キロ程度。それでもプロ野球選手では平均的か少し上くらいか。

 顎髭をたくわえた、筋肉質な男で、どこか「影」を感じるような暗い印象を感じた。


「桜庭選手は、ご自分のセールスポイントは何だと思いますか?」

 自分より20歳近くも年下の、私のような小娘に言われても、彼は別段、眉をひそめることなく、正直に答えてくれた。


「そうですね。自分は長打が売りなので、そこがセールスポイントです」


「しかし、昨年は12本塁打でしたね。打率も低いです」

「面目ありません。けれど、今年こそ活躍してみせます」

 それは、恐らくどの選手でも思っていて、発言する一言だろう。


 私は、立ち会った打撃コーチの相良に話を振る。彼はいつも仏頂面ぶっちょうづらをしていて、私としては苦手なタイプの愛想のない中年男性だったが。


「コーチはどう思いますか?」

「桜庭は、いい物を持っていますが、年齢から来る衰えに対応できてません。力ではなく、技術でホームランを狙うように指導します」


「お願いします」


 一人目が終わるが、結局、私としてはやはりと言うべきか、有効なアドバイスができるわけではなかったことを痛感する。


 続いて、大道寺明。正捕手だが、すでに38歳のベテランだ。プロ野球界で38歳は、引退を考えてもおかしくないし、実際、彼の昨年の打率.225、1本塁打、15打点という成績を考えれば、引退勧告をしてもおかしくない。

 だが、我がチームには有望な若手捕手がいないのと、彼にはデータ的にメリットがあった。

 そう、出塁率の高さだ。昨年の彼の出塁率は、.342だった。


 彼は、年齢的なことから来る衰えというより、正直、腹が出てきていた。筋肉より脂肪の方に目が行ってしまう。

 恰幅のいい体格で、身長180センチ程度、体重100キロ弱。

 眼鏡をかけた、人の良さそうなおじさんにも見える。


「これはGM」

 ニコニコと愛想のいい笑顔を見せてきた。


「大道寺選手は、出塁率が高いですよね。何か秘訣はありますか?」

「私は、慎重にボールを見るのです。まあ、キャッチャーの癖ですね」


「その通りです。大道寺は、四球で塁に出ることが多いです」

 打撃コーチが補足するが、私は愛華からのデータを見て、見逃さなかった。


「しかし、同時に三振も多く、そもそも肩が弱いですね」

「申し訳ありません。しかし、まだまだ若い者には負けません」


 私は、打撃コーチに、その「選球眼」を伸ばすように伝える。


 続いて、エースピッチャーの高坂太一、32歳。

 野球において、よく言われるのは「エースはわがまま」と言うことだ。つまり、「俺は絶対にマウンドを譲らない」くらいが強い方が、成功することが多い。性格的に「いい人」ではエースになりにくい。


 そして、私が初めて会った、彼はある意味、そのままの性格だった。

 ギラギラとした、刃物のような鋭い眼光、鍛え抜かれた肉体。近づけば切られそうなほど、どこか他人を寄せ付けない迫力があった。

 実際、投手コーチと共に彼に会った時、私は思いきり、不審者を見るような目で睨まれていた。

 身長178センチ程度、体重82キロ。最近、結婚して、1歳の娘がいるらしい。


「ああ、マジで女子高生GMなんすね。ビックリしました」

 と、口では言っていたが、別段驚いているようには見えない表情だった。


「高坂投手は、かつては剛速球でならした投手らしいですね」

 そう何気なく告げると、その刃物のような瞳で思いきり睨まれていた。


「かつてって、何すか。今も普通に150キロ以上出ますけど」

 それに対し、今度は投手コーチが横から口を挟んできた。


 この投手コーチの山県は、かつて20年くらい前だが、父のチームメートだった男で、私のことを知っている人だったから、幸い、私に対して割と好意的な態度だった。

「高坂は、そろそろ体の衰えを自覚して、ストレートに頼るピッチングより、軟投派に転じた方が僕はいいと思います」


「ちっ。またその話すか? 言っておきますが、俺はこの自慢のストレートがダメになったら引退しますよ」

「高坂投手」


「あん?」

「引退なんてもったいないです。あなたの持ち球は、スライダー、フォーク、チェンジアップなどでしたね。特にフォークは素晴らしいキレがあります。それを生かしましょう」


「まあ、そう言われると悪い気はしないっすけど」

 私がそう言って、おだてたのに、気を良くしたのか、結局、彼は投手コーチの言うことを聞くようになるのだが、結果が出るのはまだ先の話になる。

 だが、実際にデータとして、昨年こそWHIPが1.35を越えていたが、それ以前の彼のWHIPは、エース級と言える1.20未満の年が多かったのだ。


 続いて、再び打撃コーチに帯同してもらい、足利優太選手と会う。

 26歳。プロ野球選手としては、これから伸びるか、もしくは最盛期に近いはずの年齢だが、いかんせん、彼は打率、出塁率共に低く、せっかくの俊足を生かしきれていなかった。

 身長175センチ程度、体重76キロ。プロ野球選手としては、細身で、二重瞼に容姿端麗な男で、独身ゆえに女性ファンが多いことでも知られていた。


「ああ、あなたが噂のGMですか?」


「足利選手は、せっかくの俊足を生かせてませんね」

 私が、データからはっきりと告げるも、彼は別段気を悪くはしなかった。


「すみませんね。そもそも塁に出てないのが問題ってのはわかるんですが」

「足利は、大道寺を見習って、出塁率を上げる必要があります。それとバントを使って小技を生かせばいいと思います」

 打撃コーチの発言に、私も応じた。


「では、あなたは自慢の足を使えるように、小技を磨いて、出塁率を上げることが目標です。何ならセーフティバントで出塁を狙っても構いません」

「了解です」


 一応は素直に応じてくれるのだった。

 面接は続く。

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