ライフ⑰
何でもひとつだけ聞いてくれるという我儘に、「このままでいたい」と言ったら敢え無く却下された。
元親君にとっては「最後」というのが重要らしく、その部分だけは変える意思はないらしい。
「なら、最後にセックスして」と言ってみたら、それも敢え無く却下された。
そういう我儘は聞けないらしい。
そういうものは、「終わり」が前提にあるからこそ聞けないのだと言っていた。
何でも聞いてくれると言ったのに案外縛りがある。
でもそれは当然といえば当然の縛りで、最初から承諾されるとはあたしも思ってはいなかった。
元親君は敢えて口にはしなかったけど、何でも聞いてやるというのは「聞ける範囲で」という事。
敢えてそれを言わなかったのは、言うまでもなくあたしが理解してるだろうと分かってるから。
だからあたしはちゃんと持っていた。
元親君が聞ける範囲ギリギリの、最後の我儘を。
元親君が住むボロアパートの取り壊しは本当の事らしく、その事をお母さんが嬉しそうに話していた。
取り壊したあと、そこに何が建つのかは知らないけど、とにかくボロアパートがなくなるだけでも嬉しいと言っていた。
そんな話を嬉しそうにお父さんにするお母さんを見ながら、あたしが複雑な気持ちだったのは言うまでもない。
もし取り壊される事がなかったら、あたしたちはもう暫くこのままいられたのかもしれないと思ってしまう。
アパートの取り壊しと滝本さんが現われた事。
このふたつが重なったからこそ、元親君は出さなくてもいい答えを出してしまったんだろうと思う。
特別気にしてる訳ではなかったけど、滝本さんに何度も何度も「おかしい」と言われたから、あたしはおかしいのかと我が友に意見を聞いた。
我が友は、「何をもっておかしいとするかが問題だよね」とよく分からない返答をしたけど、それでも「あたしはモカちゃんをおかしいと思った事はない」と正しい意見を述べてくれた。
人間というものはそれぞれに違う。
見た目も性格も考え方もそれぞれに違う。
だからおかしいと言えば自分以外の全てがおかしく、「おかしい」という言葉では何も計れはしない。
我が友は、そんな事を言っていた。
意外と哲学的な思考の持ち主だったらしい。
流石は我が友だと、また改めて思った。
元親君と滝本さんの間に何があったのかは分からないけど、あたしが知ってる限り、あれから滝本さんは元親君の周りをウロチョロとはしていない。
もしかしたら連絡を取ってるのかもしれないけど、会ってる様子はどこにもない。
だからあのあと何があったにせよ、ふたりの距離は一時期に比べて広がったんだろうと思う。
お陰で少し分かった気がする。
滝本さんが妙に強気な行動に出ていた理由が分かった気がする。
我が友が言っていたように、少なくとも滝本さんは過去の元親君の気持ちを知っていたんだろう。
それを踏まえてのあの行動だったんだろう。
未だに自分を好きでいてくれてると思ってたかどうかは分からないけど、青春時代とも言える学生時期の淡い想いというものが、人にとっては案外忘れ辛いものだという事を滝本さんは分かっていたのかもしれない。
だからこそ妙な自信に溢れてたんだろう。
その自信が崩されたから、距離を置いてるんだろう。
兵だと思っていた相手は案外脆く、こうなってみればライバルにも値しない人だったように思う。
ただやっぱり最初から最後まで「邪魔」ではあった。
終わりを予告されてからもあたしは元親君の部屋を眺め続けてる。
正真正銘の「終わり」が来る時までは、元親君もそれを許すつもりではあるらしい。
眺めていると分かっていても何も言わない。
「お裾分け」を毎日持って行っても何も言わない。
まるであんな話し合いなんてなかったかのように、今まで通りの毎日がそこにあった。
ただ、元親君の部屋のカーテンが閉まってる時間は増えた。
今まで寝る前にしか閉められなかったカーテンは、今では夜になると閉められる。
起きてはいる。
カーテンの向こうで人影が動いてる。
だけどそのカーテンは、朝が来るまで開く事はない。
そんな毎日を送っていた。
今までに比べて寂しい毎日だった。
その毎日も終わり、いよいよ全てに終止符が打たれる事になったのは、話し合いから一ヶ月ほどが経った頃の事だった。
あたしが眺めていると分かっていてもあたしの部屋を見る事がない元親君の、
「さて、お前の我儘に付き合おうか」
その一言が、「終わり」という言葉の代わりになった。
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