第8話 こっくりさんの天敵

 いつの時代も、こっくり(狐狗狸)さんは、学生を夢中にさせる。

 今回は亜美あみさんが聞かせてくれたこっくりさんの恐怖体験が興味深かったので、お話ししたい。


 ──あなたもこっくりさんをやったことがありますか? いろんな呼び名がありますよね。エンジェルさまっていうのもあったなぁ。

 うちの地元でこっくりさんが大流行したのは、わたしが小学生のときでした。 趣向を凝らした文字盤を作って、持ち寄ったものです。 先生たちの目を盗んで、楽しみました。


 けっこう本格的でしたよ。ひとが通らない、薄暗い場所を選んでやるんです。体育館の地下準備室や、給食センターの裏側が人気でした。妖しい雰囲気が出て、盛り上がるんですよね。


 あれは……四年生のときでした。わたしは参加しなかったのですが、クラスメイト数人が集まって、こっくりさんをやりました。

 正直に打ち明けますけど、わたし、はぶられたんです。 わたしをきらっている女の子がひとりいて。Sさんっていう子でした。

 どうも、Sさんが好きな男の子──Wくんとわたしが仲がよかったのが気に入らなかったみたい。席が隣だったから、話していただけなのにね。


 体育館の地下準備室の電気を消して、ろうそくを持ち込んで。

 本気で降霊術をやろうとしていたわけではないでしょう。

 暗がりで、男女で集まってないしょ話をするのって、なんだかドキドキしますよね。

 Sさんと、Wくんをくっつけようとしていたんじゃないかしら。ほら、女の子って、おしゃまですから。


 十円玉が動いて──こっくりさんがお見えになりました。途中までは順調だったようです。


「○○さんの好きなひとは誰ですか?」

「将来はどんな仕事をしていますか?」


 他愛のない、質問をして楽しんでいました。もっとも、みんな、誰かが故意に十円玉を動かしていると考えていたようですが。


 二十分くらい経ったので、そろそろお開きにしようという流れになりました。ところが、こっくりさんがお帰りにならない。

 もうすぐ昼休みが終わってしまう。五時間目までには教室に戻らないといけないのに、「こっくりさん、どうぞ、お帰りください」と言っても、「いいえ」のところに十円玉が動いてしまう。


「おい、誰だよ。いいかげん、ふざけるのはよせよ」


 Iくんという男子が声を荒らげました。つい、十円玉から指を離してしまったのです。

 すると突然、Aちゃんという女子が金切り声を上げました。ばたーん! と後ろに倒れて、ひきつけを起こしたそうです。白い泡を吹いて、手足が痙攣けいれんしていました。「大変なことになった」と、みんなパニックになりました。

 Aちゃんを介抱しているうちに、ろうそくの炎が体操マットに燃え移りました。一瞬の出来事でした。

 Sさんは火を消そうとして……着ていたパーカーが燃えてしまい、転げ回りました。


「ぎゃあああ! 熱いっ!」


 みんな、どうにか消火しようとしましたが、火の勢いは増すばかり。

 準備室は地下にありますから、窓がありません。水道だってないのです。全員、このまま焼け死ぬのではないかと絶望したそうです。

 火だるまになったSさんが、階段を這ってのぼっていきました。男子がAちゃんに肩を貸して、追いかけました。


 ──ここからは、わたしも見ていました。はぶられたわたしは、体育館の入り口で見張り役をさせられていたのです。

 Sさんの上半身が燃えていました。Sさんがもがくほど、青い炎が燃え上がります。わたしには炎が、巨大なきつねの姿に見えました。

 Sさんが助けを求めて、わたしに手を伸ばします……わたしは思わず、後ずさりしました。


 炎がひときわ大きくなって、わたしに飛びかかりました。恐怖をおぼえて、目をつぶりました。ところが、いきなり火が消えたんです。

 Sさんは仰向けになって、意識を失っていました。生徒たちは大騒ぎです。

 先生たちが駆けつけて、それはもう、目から火花が飛び出るぐらいのげんこつをされました。平成の時代ですからね。悪さをすれば、容赦なく、罰せられました。

 幸い、地下の炎は自然と消えていました。火事にならなくてよかった。


 Aちゃんは救急車で運ばれて、入院。翌日には元気になりました。

 問題はSさんです。すぐに手当てしたのですが、顔に火傷やけどが残ってしまいました……かわいそうに。

 きれいな子だったんですよ。でも、あの事件があってから、誰とも話さなくなりました。すっかり心を閉ざしてしまって。なぜか、わたしのことをすごく怖がっていました。

 うんと遠い、私立の中学校を受験して、地元からいなくなりました。それ以来、Sさんには会っていません。


「なんで、亜美はこっくりさんに襲われなかったんだろう?」って、みんな、不思議がっていました。

 ええ。彼らも、炎が狐の姿に見えていたようです。つまり──こっくりさんの祟りだと。

 ──実はわたし、思い当たるふしがあるのです。どうして、わたしに炎が燃え移らなかったのか。


 わたしの姓は、大神おおかみ。こっくりさんは狐、狐の天敵っておおかみでしょう。だからかなって。

 日本では狼が絶滅してしまいましたけど、こっくりさんはかつての天敵の記憶を覚えているのでしょうか?



 なお、亜美さんは近々ご結婚されるそうで、新しい苗字は鷲尾わしおになるという。

 猛禽類も狐の天敵だから、きっと、安心だろう。

 それよりも作者は、亜美さんの婚約者のイニシャルがWくんと同じなのは、偶然の一致なのか──ひょっとすると、同一人物なのではないかと気になって仕方がなかった。


 ──Sさんは、亜美さんをきらっていたそうだが、亜美さんはどうだったのだろう。

 火傷を負ったSさんのことを“かわいそう”だと言っていたが、本音は違ったのではないか……そう疑問に思ったが、尋ねるのはやめておいた。

 不用意に他人の心を暴くものではない。幽霊や超常現象よりもよっぽど、生きている人間の怨念のほうが恐ろしいのだ。


 



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