幼女王女は返り咲く!
紫羅欄花(アラセイトウ)
001 始まりは突然死
「見つけた! あれだよ!」
「やったやった!」
「すっごーい!」
「ここまで来たのは私たちが初めてだよきっと!」
四人の少女が光り輝く台座を前に快哉を叫ぶ。
ここはVRMMORPG【デイヴァイン・ゴッデス・オンライン】、通称【DGO】内に設けられた超高難度ダンジョン『女神の祝福』の最深部だ。
高難度と謳われるだけあって、道中は本当に辛かった。
異様に複雑な迷宮、強力なモンスター群、数々のいやらしいトラップ、数度にわたるボス戦。
いくつもの艱難辛苦を乗り越えて、ついに秘宝が眠ると言うこの場に辿り着いたのだ。
ダンジョンとは言ったものの、洞窟ではない。
巨大な白亜の城が丸ごと迷宮化したものである。
最深部は何故か玉座の間などではなく、荘厳さを感じさせる神殿であった。
そして、大きな女神像の下に据えられた台座の上に、目的の超超超レアアイテム【女神の加護】が強烈な光を発しながら鎮座している。
このアイテムは絶大な恩恵を齎もたらしてくれるとプレイヤー間では専もっぱらの噂だ。
効果が判明していないのは、実装されてよりの3年間、未だ誰も手にしたことがないからである。
しかし今日、遂にクエスト達成者が現れたのだ。
「くぅ~っ! ここまでこれたのは、あんたのお陰よミーユ!」
「だよねー! トッププレイヤーのミーユがいなかったら、あたしたちには厳しかったかも」
「うんうん! ミーユちゃんに何度助けられたかわかんないもん!」
「何言ってんの。みんながいてくれたから、わたしも頑張れたんだよ」
面映ゆい心地でわたしは照れ笑いを浮かべた。
ゲームしか取り柄のない不登校児で、そのゲーム内ですらボッチだったわたしに声をかけ、快く受け入れてくれたアミリン、サヤッチ、シェリーの三人。
むしろ感謝しているのはわたしのほうなのだ。
ゲームが大好きなのは、間違いなく両親の影響。
でも、その両親は数年前に事故でこの世を去った。
だけどわたしは一人で生きていけてる。
家が裕福だったから。
両親はゲーム好きが高じて会社を立ち上げ、大成功を収めていた。
この数千万人がプレイする【ディヴァイン・ゴッデス・オンライン】もそのひとつだ。
だが、お金のあるところには蠅が湧く。
両親が遺した莫大な遺産を巡って、会ったこともない親戚連中が群がり、醜い争いを始めた。
そして未成年であるわたしの親権も問題になった。
誰が引き取るかで揉めたのだ。
当時12歳と言う中途半端な年齢がネックとなったのだろう。
高校、大学受験も控えているとなれば、それだけ金がかかる。
我ながら性格もあんまり良いとは言えないのもそれに拍車をかけた。
結局、わたしは父の姉、つまり伯母に引き取られることとなった。
あの温厚でおっとりとした伯母が、わたしのためにあれほどの大声で親戚に啖呵を切ってくれたのがすごく嬉しかった。
しかも財産はわたしが管理できるよう取り計らってくれたのである。
ただ、わたしは伯母の家に馴染むことが出来なかった。
父の実家でもあるその家には、わたしも幼い頃住んでいた時期がある。
故に父や母の思い出がありすぎてとても辛かったのだ。
当時は毎日、泣いてばかりいた。
そんなわたしを見かねた伯母は、自ら保証人となってマンションの購入を勧めてくれた。
今思えば自立させるつもりだったのだろうが、『自由にやれる』ことのほうがわたしの決断を後押しした。
両親の遺産を自分のために使ってしまうことに迷いや躊躇がなかったわけではない。
だが生前、父は言っていた。
『俺が求めていたのは【DGO】のような誰もが自由に生きられるゲームなんだ。だからお前も自分の思った通りに生きてみなさい』────と。
わたしは父の遺してくれた言葉に従おう。
そうして自分の城を手に入れたわたしは一人暮らしを始め、その後、高校受験にも合格した。
結構なお嬢さま学校なのだが、やはりわたしはそこでも馴染めなかった。
かろうじて身体的なイジメなどはなかったものの、わたしの境遇が悪意に満ちた噂となって学校中を駆け巡ったのだ。
そのせいか、話しかけてくれる酔狂な生徒は全くいない。
実質的な学校ぐるみの無視である。
面と向かって言われるよりも、ヒソヒソ話のほうが陰湿な分、余計精神的に来る。
今思えば、あの頃は心が病んでいたのかもしれない。
そうして何もかもが面倒臭くなったわたしは、一日の大半を両親の作った【DGO】内で過ごすようになった。
ビックリするくらいのダメ人間誕生である。
だけど後悔は全くしていない。
進学したいなら方法はいくらでもあるし、海外へ渡る手もある。
自分で言うのもおこがましいが、わたしは母に似て秀才なのだ。
今のところ、その優秀な脳みそはゲームの中でしか発揮されていないが。
両親の遺産を食い潰しながら生きるわたしは、クズだと自覚しながらもますますゲームにのめり込んだ。
廃人ゲーマーの一歩手前まで陥ったのである。
いや、そう思ってるのは自分だけで、周りから見れば完全な廃だったろう。
トイレやお風呂、掃除、自炊、そして日課の鍛錬を疎かにするほど人間をやめていないのがせめてもの救い(?)か。
お陰でトッププレイヤーまで上り詰め、かけがえのない仲間とも出会えたのだから良しとしよう。
……ダメ人間なことに何ら変わりはないが。
ともかく、これがわたしなのだ。
「ねぇ、ミーユ。あんたが女神の加護を受け取りなさいよ」
「え、わたしでいいの?」
「当り前じゃない。今回のMVPは間違いなくあんたよ。ほら早く」
「う、うん……」
魔法使いでパーティーリーダーでもあるアミリンに促され、おずおずと光り輝く【女神の加護】に手を伸ばした時────
「うっぐ、うぅっ!」
────急激な胸の痛みに襲われた。
それは立っていられないほどの激痛だった。
アバターが受けたダメージではなく、明らかに現実リアルの身体から来る痛みだ。
頭の中で
ログアウトを実行しようにも、既に身体は動いてくれなかった。
「ど、どうしたのミーユ!?」
「やだ、すごく苦しそう!」
「ミーユ!? ミーユ! しっかりしてよ!」
友人たちの悲痛な声が段々遠ざかって行く。
きっと、わたしはそのまま気を失ったのだろう。
「患者は?」
「
「サチュレーションが下がってきている。すぐにCTと手術室の手配を」
「はい」
朦朧とする意識の中、次に聞こえてきたのは男女の声だった。
内容からしてお医者さんだろうか。
それより、なんだか、すごく、息苦しい……
「魅冬ちゃん! いま病院に着いたからね! 頑張って!」
薄っすら目を開けると、泣きそうな女性の顔。
伯母さん、ごめんなさい。たぶん、わたし死んじゃうと思う……毎日のように顔を出してくれてありがとう。パパとママの財産は伯母さんにお任せします……迷惑をかけてしまった、せめてものお詫びとお礼です……あぁ、パパとママが笑ってる……
「意識レベル低下!」
「いかん、VFだ。除細動器の準備!」
「はい!」
「魅冬ちゃん! 魅冬ちゃん!」
………………
…………
……
「はーい。いつまで寝てるつもりかしら? さっさと起きなさい。起きなさいっての」
ハッとして瞼を開く。
そこは………………ここ、どこ?
全く何も無い空間、とでも言うしかないこの場所。
どう見ても病院ではなさそうだ。
せ、精神と時の部屋……?
「はいはい、キョロキョロしないの」
間近で聞こえた声に驚く。
見れば、ぼんやりとした女性のシルエットのようなものがいる!
「ひぃ!? お化け!?」
わたしは母に似て幽霊の類が大の苦手なのだ。
「ノンノン。むしろ、どちらかと言えばあなたのほうがお化けに近いわよね。自分がどうなったか、覚えてるかしら?」
「え、えーと……」
最後に見た光景がフラッシュバックする。
夏乃伯母さんの泣き顔。
厳しい表情で首を振るお医者さん。
……そっか、やっぱりダメだったんだ。わたしはもう……
「あのぅ……どうやらわたしは死んじゃったみたいですけど……ここはあの世ですか?」
「あら、察しが良いじゃない。賢い子、お姉さんは好きよ。ま、厳密に言えば境目って感じね」
「……じゃあ、お姉さんは閻魔さま……?」
「誰がよっ! 初めに言っておくけれど、私はあなたたちの言葉で言えば神と呼ばれるべき存在なの。わかったのなら敬うがいいわ。おーっほっほっほー!」
「へぇ。そうなんですか」
「信じてないわね!? これだから不信心者は……まったくもう……」
ブツブツ呟く自称女神のお姉さん……のシルエット。
表情はわからないが、きっと頬を膨らませているのだろう。
そもそも今の説明で納得するほうがおかしいと思うのだが。
女神云々の真偽はともかく、いじけさせておくのも面倒臭そうなので、ここはノリのいいところを見せておこう。
「麗しいお声の女神さま。わたしはこれからどうなるんですか? やっぱり地獄行きですか? 自分でも天国に行けるような人生じゃなかったなーと思いますけど」
「! あらあら、わかってるじゃないのあなた。よく鈴を転がすような美声って言われるのよねー、おっほほほー」
……この人、本当に女神さまなの? 軽すぎません?
「あの、わたしの処遇は?」
「おほほほ! ん? んー……こっちの天国とか地獄とか、よくわからないのよね」
じゃあ、なんで現れたんですか……
ほっといてくれたらパパとママのところに行けそうだったのに……
んん? 『こっちの』ってどういう意味?
「確認するけれど、あなた、お名前は?」
「え、
これ何の確認?
ますますわけわかんないよ。
「ふんふん。ミフユ、これはあなたにとってラッキーなのかアンラッキーなのか知らないけれどね……あなたは見事に巻き込まれ……えーと、カンペこれじゃなかったわ。あ、これこれ。コホン、あなたは見事に選ばれし者っ! ものっ! ものっ……」
セルフでエコーをかけながら高らかに宣言する愉快な女神さま。
いま、『巻き込まれ』って聞こえましたけど。しかもカンペって。
「何に選ばれたんです? あ、まさか転生させてもらえるとか?」
「そう! 転生よ! ……って、あなた、勘が良すぎではないかしらっ!?」
「え、当たったの? いやぁ、世の中何が起こってもおかしくないって、よくパパが言ってたので……」
「親子揃ってつまんないわねっ、もっと驚きなさいよ!」
キィッと歯噛みしている。
面白い人だ。
「ま、死ねば誰でも転生はするのだけれどね」
「えっ! そうなんですか?」
「あなたの世界でも良く聞くでしょ? 誰々の生まれ変わりーとか、何とかの再来ーとか」
「そ、そうですね……」
うーん、どうだろう?
なんかちょっと違う気もする……
それにしても転生かー。
輪廻転生って本当にあったんだね。
あ、でも虫とか変な動物になるのは嫌だなー。
魂の浄化に何万年かかるとか何かで見たけど、できればもう一度人間に生まれたい。
今の記憶が残っていなくとも人生をやり直せるならいいよね。
伯母さんやアミリンたちには悪いけど、パパもママも亡くなったし、今の人生にあんまり未練はないもん。
「でね、ミフユ。あなたの生まれ変わり先はもう決まっているの」
「えっ? まさか虫ですか!?」
「安心なさい。人間よ」
わーい!
よかったー!
「ただし、今までとは別の世界のね」
「……はい?」
「そこであなたは小国の王女として誕生するわ。でもね、その国は亡国の憂き目に遭う真っ最中なの。いわゆるクーデターね。それはもう止められない。あなたの両親である王と王妃は既に亡き者とされたから。そしてあなたは追い詰められている、死の瀬戸際まで。だけれど、その国からなんとしても脱出してほしいのよ。もし上手く逃げ切れたら、あとは好きに生きていいわ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
矢継ぎ早に繰り出される謎設定。
妙に具体的すぎるのは何故なのか。
そもそも別の世界ってことは……異世界!?
あはは、そんなわけないよね。
「見てなさい。今度こそ、あの子たちに一泡吹かせるわよ……! 私が何度トライアンドエラーしたか……フフフ、思い知らせてあげるわ……」
またなにかブツブツ言っているようだが、聞いてはいけないことを聞いてしまったような……?
「コホン。で、どうするの? 行く? それともお望み通りに虫として転生する?」
ひどっ!
選択肢ないのと同じじゃん!
……だけど、両親を亡くしたひとりぼっちの王女……その子はわたしと少し似てる。
だったら助けてあげたい。
助けてあげて、辛くとも新しい人生を歩ませてあげたい。
……あれっ? でも、わたしが転生するってことは、その王女さまって……
「あっそ。じゃあ蛆虫に決定よー」
「わー! 行きます行きます! 行きますってば!」
「わかればいいの。じゃあチェックするわね」
そういうと女神さまは、なにやら書類のようなものをペラリペラリとめくり始めた。
一体なんのチェックなのだろう。
というか、どこから仕入れた情報なのか。
「あらあなた、胸が大きいわね(しかも私より大きいなんて……キィッ!)」
「え? ……きゃあ!」
自分の姿など確認していなかったが、わたしは素っ裸であった。
これは酷い。
せめて服くらい着せておいて欲しかった。
わたしの唯一自慢のナイスバディが白日の下に……
「んん? あなた、【ディヴァイン・ゴッデス・オンライン】のプレイヤーなのね? しかもトッププレイヤー? すごいじゃない!(適合者がこんな胸だけ無駄にデカいちんちくりんしかいなくてどうなるかと思ったけれど、遂にツキが回ってきたのかも! それに、この子なら世界を大いに搔き乱してくれそうだわ。ふふ……楽しみね)」
えぇ?
なんで女神さまが【DGO】を知っているの?
ほんと、何者なんだろこの人。
「チェック終了、オールクリアね」
「あの、女神さま」
「うん? なにかしら?」
「呼びにくいので名前を教えてもらいたいんですけど」
「あら、名乗っていなかったかしら? 私はネメシアーナよ」
「ネメシアーナさま。よろしくお願いします」
「あん、『さま』なんていらないわ。私たちは運命共同体なんだから」
「は、はぁ……」
運命共同体ってなんだろう……?
ま、いいか。どうせ考えてもわからないし、聞いても教えてくれなさそう。
「我、女神ネメシアーナが命ず。召喚に応じ、現れ出でて疾とく開け異界の門」
おおー! なんか四角だらけだけど、これって魔法陣!?
まるでネメシアーナが女神みたいに見える! いや、一応女神と名乗ってはいるけど。
でもかっこいい! いいなぁ本物の魔法!
「さ、出発するわよ。覚悟は良くって?」
「はい!」
こうしてわたしは異世界へと旅立つことになったのだ。
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