第2話・メイズダンジョンに入る者すべての希望を捨てよ……そして、落ちているゴミのような希望を拾え

 辰砂の【チーム闇姫】は、ダンジョン迷宮の中にある食堂で食事をしていた。

 魔物や変な生物に賑わう食堂の厨房では、体中に目がある百目の料理人たちが、鍋やフライパンで調理をしているのが見えた。

 時々、スープの中に眼球が落下したり。

 炒飯を炒めているフライパンの中に、眼球が紛れ込んだりしているのを見ていたセシウムの喉が鳴る。


「あの目玉が料理の隠し味か……美味そうだ」

 眼球が隠し味で入った炒飯やスープが、テーブルに運ばれてきて辰砂たちが食していると。

 少し皮肉混じりの女性の声が聞こえてきた。

「おやまぁ、ずいぶんと羽振りがいいっチャ……やっぱり、今月の配信トップチームは、違うっチャ」


 デニムのショートパンツを穿き、黒いヒモパンが腰骨から見えているナイスボディな女性だった。

 ヘソ出しで、袖がない下乳のラインが覗く上着を着ている女の背後には肩に三本足のカラスをとまらせた黒子の男が立っていた。


 語尾が「……チャ」の【チーム毒ササコ】のリーダーでインタビュー担当の『ササコ』と、撮影担当の黒子の『クロハツ』だった。

「三ヶ月連続配信、視聴再生回数トップの人たちは、良いもの食べているチャ……あたしたちなんて、一番安い定食や丼で精一杯だチャ……ケチャップ定食とか、マヨネーズ定食とか、ソースかけ丼とか」


 箸でつまんだ眼球を口に運びながら、辰砂がササコに言った。

「だから、なに? 楽しい食事の邪魔をしないでくれる。くやしかったら一回くらい配信トップを取ってみろ」

 イラだった口調で、ササコが言い返す。

「キーッ、本当にムカつく女だっチャ……次の配信の提案チャ、受けて立つ気持ちがあるなら、アンナトコ・イキテ・デラレネェ・ラビリンス略して『デラレネェ・ラビリンス』で勝負チャ!」


 デラレネェ・ラビリンスの地名を聞いた、食堂にいた者たちのざわつく声が響く。

「デラレネェ・ラビリンスだと……深部に辿り着いて戻ってきた者は、誰もいないという魔境」

「アンナトコ・イキテ・デラレネェだと」

「深い部分が配信されたら、オレ録画して繰り返して観るぞ」


 辰砂が両胸を押さえ寄せて、メンバーの意向を訊ねる。

「みんなは、どうする? この挑戦ウチら受ける? 序福専務は配信挑戦者が現れたら、自己の判断で決めていいとは言っているけれど」

「辰砂の挑戦受けに、わたしは異議なしです」

「やってやるデス」

「新作のプロレス技の披露に腕が鳴る……誰からの挑戦でも、レスラーは受ける」

「決まりね、チーム毒ササコからの挑戦をチーム闇姫は受ける!」


 食堂内にどよめきが起こり、スマホを持っていた者たちは一斉に知り合いに、次の配信場所の決定を知り合いにそれぞれの方法で伝えた。


  ◆◆◆◆◆◆


『デラレネェ・ラビリンス』──半分ほど入った場所で、ササコが辰砂に言った。

「ここから先は、命の保証はできない危険ゾーンだチャ……怖気づいてやめるなら、今のうちチャ」

「ここまで侵入して、誰がやめますか……そろそろ、アクシデントに備えておきますか」

 辰砂はインカムを通じて、序福専務に連絡を取った。

「専務、そろそろ召喚してラビリンスの中に送り込む。捨駒の犠牲者現世界人を選択肢しておいてください……合図をしたら、送り込んでください」


  ◇◇◇◇◇◇


 生きて出られないと呼ばれている『デラレネェ・ラビリンス』の、危険ゾーンに突入した二組の配信チームの前に現れたのは、人間サイズの巨大ナメクジの巣窟だった。

 床や天井を埋め尽くす、無数の粘液にまみれたナメクジが蠢いている配信映像に観ている者たちのが悲鳴のコメントが流れる。


《うげぇ! エグい! ナメクジの巣窟そうくつ

《気持ち悪りぃ!》

《ナメクジだめぇ》

《ぎゃあぁぁぁ!》


 さすがの配信者たちも、この状況に躊躇ちゅうちょする。

「これは、捨駒の現世界人を召喚してもらって犠牲になってもらうしかないわね……専務お願いします」


 別の現世界から、ブラックな会社に勤める社畜な、くたびれ顔の男性が召喚された。

 いきなり、作業服姿で召喚された男性は戸惑う。

「ここはどこだ? オレはサボって、人生やめたいと考えていたはずなのに?」

 撮影している辰砂がインタビュー担当のテ・ルルに言った。

「テ・ルル、その人生半分詰んだような顔をしている、おっさんに年齢聞いてみて」


 テ・ルルが手にしたマイクを男性に向けて年齢を訊ねる。

 男性は二十代半ばの未婚者だと答え、聞かれてもいない愚痴も添えた。

「もう、この年齢で恋人なし、嫁なし。未来の希望もなし……いっそうのコト消えてしまいたい」


 驚く辰砂。

「ウソぅ、その顔で二十代? 夢と希望に満ち溢れた若々しい年配者もいるっていうのに……もう、名前とかその他のコトはいいから、さっさとナメクジのエサになって……犠牲者として映像配信されなさい……消えたいというその望みが、すぐに叶うわよ」

「ナメクジ?」

 振り返った男性は背後から、蠢いて好奇心で近づいてくる巨大ナメクジを見て悲鳴をいあげる。

「ひぃぃぃぃぃぃッ!」


 逃げ出そうとする男の首に、アンチモンのラリアットが炸裂する。

「ぐぇぇぇッ!」

 のけぞった男の体を、すかさずボディスラムの投げ体勢に持ち上げたアンチモンは、新作異次元プロレス技、二転三転と地面に回転しながら叩きつける〝アンチモン式三回転ローリングボディスラム〟で最後に男の体をナメクジの群れの中に放り投げた。


 男の体をナメクジの歯舌しぜつが襲う、さらには男の体は消化液で溶かされていく。

「ぐはぁぁぁ! 溶ける、溶ける……あっ、でもなんだか気持ちいぃ……快感」


 視聴者からの部外者コメントは。

《おっさん、気持ちよさそうな顔してんな》

《うわぁ、人間が溶けていくの初めてみた……結構グロいな、モザイク処理されていても》

《オレも溶かされてみた~い》


 社畜なおっさんが、ナメクジの山の中でグヂャグヂャの赤肉色に溶けていく場面は、辰砂たちが所属する配信会社『毒々商会』の技術でモザイク処理された映像が配信されていた。


  ◇◇◇◇◇◇


 社畜なおっさんの消滅ショーが、終わったラビリンスでまだ群がっているナメクジたちを見て、ササコが言った。

「今度は、あたしたちチーム毒ササコが配信する番だチャ……あたしたちは、生贄の犠牲者召喚なんてしないっチャ……召喚カラス、頼むっチャ」


 カメラを構えた黒子衣装のクロハツの肩に止まっていた、三本足のカラスが鳴いた。

 デラレネェ・ラビリンスに、眼鏡をかけた制服姿の女子高校生が召喚されて現れる。

 公共の乗り物に乗っていたらしいポーズで現れた、眼鏡女子高校生は吊り革につかまっていた立ちポーズで、スマホを見ている感覚で自分の掌を眺めていた。

 両目をパチッパチッさせた女子高校生は、キョロキョロと周囲を見回す。

「えっ? ナニコレ、あたしのスマホはどこ? ここドコ?」


 眼鏡女子高校生は、振り返ってナメクジが蠢くラビリンスを見て、悲鳴をあげて腰が抜ける。

「ひぃぃぃぃぃぃ! なに? なに? これ」


 間髪を入れずにササコが、床に座り込んだ女子高校生に言った。

「腰が抜けたのは好都合チャ……おまえに現世界の名前は必要ないチャ、おまえは今日から狂戦士バーサーカーになるチャ」

「狂戦士?」


 眼鏡女子高校生が聞き返す前に、クロハツの口から吹き出した細い鍼が、女子高校生の体に突き刺さり。

 ゆっくりと、女子高校生の体の中にハリが吸い込まれていく。

 口をパクパクさせながら、痙攣けいれんする眼鏡女子高校生。

「あぁぁぁッ」

 下げていた頭を上げた女子高校生の目は、白目と黒目が逆転した狂戦士の黒白目に変わっていた。


 狂気の笑い声を発する女子高校生。

「ケケケケケケッ」

 ササコが布で包まれた【狂戦士専用剣ベオウルフ】を女子高校生の足元に放り投げて言った。

「狂戦士完成っチャ、今日からおまえは狂戦士『腐狂ふきょう ワオン』っチャ……行け! 狂戦士ワオン、巨大ナメクジをぶった斬るっチャ!」

 汚れた布をほどいて、禍々しい狂戦士の剣を手にした女子高校生は、甘い樹液が出ている刀身を一回舐めてから、ナメクジたちを斬り裂きはじめた。

「ウッケケケケケケッ」


 全体にモザイク処理された寸断されたナメクジから、得体が知れない臓器が噴出する、おぞましい惨殺シーン。

 視聴者からの。

《うげぇぇぇぇぇぇ》

《こんな、配信流すな!》

 と言う。吐き気コメントが盛大に横に流れた。

 ワオンは半数ほどのナメクジを斬り裂くと、笑いながら入り口に向って走り去ってしまった。

「ケケケケケケッ」

「どこへ、行くっチャ!」

 狂戦士を追って行くチーム毒ササコ。

 ラビリンスに残ったチーム闇姫の辰砂が、セシウムに言った。

「溶けちゃった、おっさんの残骸に金色の粉をかけてあげて、おっさんに生きる気力が残っていれば、再生復活するから」


 ナメクジたちと和平協定を結んだチーム闇姫は、ラビリンスのさらに奥へと進んだ。

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