第19話 自然体の自分
闇魔法には腐らせる魔法があるとか。
要は……物の時間を加速させるってことだよな?
だったら、料理にも使えるんじゃないか?
「うーん……しかし」
「何を考え込んでいる?」
「いや、とある方法が浮かんだのですが……成功するかわからないので」
折角作った料理を無駄にするかもしれない。
そうなると、実現するのは勇気がいる。
すると、オルガンさんが鼻で笑う。
「はっ、何をいうかと思ったら……職人とは成功と失敗を繰り返してなるものじゃろが」
「——それは」
「それにもし失敗しても次につなげれば、それは失敗とは言わん」
そうだ、オルガンさんのいう通りだ。
悔しいが、俺だって若い頃は失敗して食材の無駄使いはしてきた。
それでも、それを糧にして上達してきたじゃないか。
まずは現時点での味見をし、やはり煮込みが足りないことを確認する。
「よし……やってみます」
「うむ、失敗したら儂も一緒に謝罪しよう」
「はは……ありがとうございます」
魔法はイメージ、この場合は料理の完成形をイメージ……それなら難しいことじゃない。
こちとら、何年作ってきてると思ってるんだ。
正確にはこんな魔法があるのかわからないが、俺が一番伝えやすいイメージの言葉を。
腐敗や毒はダメ、時間の加速も何か違う……これだ。
「旨味を引き出せ——
「むっ……どうじゃ?」
「……味見してみます」
魔力が抜けた感覚と、暗闇が一瞬フライパンを包み込んだ。
スプーンでよそい、すぐに変化を実感する。
「重たい、そもそも香りが……ごくん……うめぇ」
「……成功か?」
「はい! まるで数時間煮込んだような味わいです!」
「ははっ! まさか闇魔法にそんな使い方があるとは!」
「今更ですが、こんな使い方をする人はいないのです?」
「当たり前じゃ。そもそも闇魔法自体が珍しく、その使い方は対人戦や対魔物用とされている。それを料理に使うという発想がないわい」
「そうなのですね……」
確かに魔法書にもえげつないことが書いてあった。
基本的には薄暗い仕事が向いている魔法だとも。
でも、これだったら……というか、これめちゃくちゃ便利じゃないか?
料理において熟成期間というのは大事なことであり、一番時間がかかる。
それを短縮できれば助かるし、何より……これも、あとで試そう。
「それより……良い香りじゃ」
「ええ、すぐに仕上げに入りますね」
湯が沸いていたのでジャガイモのニョッキを入れる。
茹で上がる間にフライパンに仕上げの塩とトマト、それに砂糖と醤油を加える。
今回は酸味を残したいので、敢えてこの方法にする。
ニョッキが二分ほどで浮いてくるので、崩さないように拾い上げてフライパンの中に。
後はささっと煮込んだら完成だ。
「では、皆さんにできたとお伝えできますか?」
「うむ、任せろ」
「ありがとうございます」
俺はその間にバゲットを切り、次にメインを皿に盛る。
すぐにカエデさんとエルルが手伝いに来てくれので、皆で皿や水などをテラス席に持っていく。
外に出ると、アイラさんがレオの首の下のもふもふに顔を埋めていた。
「これは素晴らしい……」
「ワフッ」
「……何をやってるんです?」
「はっ!? い、いや、これは違うのだ!」
アイラさんは手足をばたつかせ大慌てする。
なんだか、ちょっと可愛らしい。
どうやら、誰も見てないと思ってレオと戯れていたのだろう。
「別にいいじゃないですか。レオも、あんまり敬われると疲れちゃいますよ?」
「むっ……それはそうかもしれない」
「ウォン!」
「ひゃぁ!? わ、わかりましたから!」
レオはまるで『そうだそうだ!』とでも言うように、アイラさんの顔を舐め回す。
それを見てるだけで、自然と笑顔が溢れてきた。
その間にテーブルに料理を並べて、皆を座らせる。
今回はレオの分もあるので同じものを食べさせることに。
「おおっ、良い香りだ」
「ウォン!」
「ふふ、美味しそうだわ〜」
「早く食べたい!」
「ふんっ、悪くないわい」
それぞれが料理に目を奪われそわそわしてる。
それを見るのも、料理人として楽しみなことだった。
「こちらはディアーロラグーのニョッキです。そのまま食べてもいいし、バケットにつけても良いですよ。では、召し上がれ」
「「「「頂きます」」」」
そして、皆が一斉に食べ始める。
そういえば、頂きますって異世界にもあるんだなとどうでもいいことを思う。
「これは美味い……肉の旨味と野菜の旨味……なんだ、このもちもちしたものは?」
「ニョッキっていって、ジャガイモを加工したものですよ」
「ジャガイモにこんな使い方があるのね〜。うーん、この濃厚なソースと良く合うわ」
「美味しい〜! お肉がほろほろ! ジャガイモもちもち!」
「……いい仕事じゃ」
それぞれ感想は違うが、嬉しそうに食べている。
胸の奥が暖かくなるのを感じながら、俺もスプーンですくって食べると……まずは野性味のある肉の旨味、そして野菜の旨味、トマトの酸味がソースに負けることなく調和していた。
ニョッキも、性質上ソースによく絡んで美味しい。
「……うん、よしよし」
「ウォン!」
「そうか、レオも美味いか。よかったらバケットもつけてくださいね」
俺の言葉通りに皆がバケットにつけて食べる。
そして顔を見合わせ……次々とバケットをつけていく。
言葉はなくとも、その顔を見ただけでわかるというものだ。
「うむ、美味い。しかし、ワインを飲みたくなるわい」
「ええ、合うと思いますよ」
「……お主の闇魔法、ここでも使えるのではないのか?」
「——そうか! 確かに!」
俺は急いで厨房に戻り、自分で買ってあったワインを手に取る。
そのままコップとワインを持って席に戻り魔法を唱えようとすると……アイラさんに止められる。
「待て待て、一体なんの話だ?」
「あっ、説明してませんでしたね……実は、闇魔法を使えば熟成することがわかりまして。実は、煮込みにも使ってみたんです……そうだ、言わなくてすみませんでした」
「……なるほど、料理となると見境がなくなるのか」
「面目無い」
「ふっ、別に異常があれば匂いでわかるから良いさ……それに生真面目すぎると思ってだが、人間臭いところあるとわかって安心だ。無論、真面目な部分も好ましいが」
「お兄ちゃん良い人! 好き!」
ふと周りを見ると、こくこくと頷いてる。
そんな風に思われていたのか……前世では真面目すぎて、つまらないとか言われたな。
なんというか、こっちの方が自然体でいられる気がする。
俺はにやけるのを堪え、ワインを熟成させる。
「さあ、 飲みましょうか。 エルルとレオはジュースにしよう。オルガンさんが提案したので、お願いしますね」
「むっ、仕方がない……では乾杯じゃ!」
「「「「乾杯!」」」」
まずは赤ワインを鼻で楽しみ、その芳醇な香りを楽しむ。
次に口に含み、その味わいを楽しむ。
この深みは何年も寝かせたワインに等しい。
「……ふぅ、美味い」
「かかっ! これは良い!」
「ふむ、これは良いものだ」
「あらら〜美味しい」
そして再びラグーを楽しみ、またワインを飲む。
更に皆の美味しそうな顔を見て、それを肴に酒を飲む。
それはとても贅沢な時間で、心身共に安らぎを感じる。
俺はこの時、この世界に来て良かったと思うのだった。
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