新学期
その後、実に穏やかに城での生活や授業は進み、いよいよ明日から新学期がスタートする。
「ずっとここで暮らしてくれて構わないんだよ?」
王子にそんなことを言われながら城を後にしたのが昨日のことだ。
妃教育は王妃様がいうには想像していた以上に進んでいて、教師陣からも素晴らしいと太鼓判を押されているそうである。
───みんな褒め上手すぎてどう反応していいか分からなくなるんだよね。
何をしても貶されてきた前世での経験があるから、褒められてばかりという環境がどうにも落ち着かない。
少しばかり怒ってくれてもいい(むしろガンガン怒って欲しい)のに誰もそんなことをする人はいない。
「お姉様ぁ」
家に戻るとベネットが抱きついてきて熱烈に歓迎してくれた。
少し見ない間に身長が伸びていて、私と大差ないくらいになっていたのは驚いた。
「お城でいじめられていたのでしょう? もうお体は大丈夫なのですか?! お姉様をいじめるなんて、その場にいたら私が懲らしめてやりましたのに!」
ベネットなら本当にやりかねない。
「大丈夫よ、ありがとう、ベネット」
「当然です! お姉様をいじめるなんて誰であろうと私が絶対許しません! 本来なら極刑ものです! 命拾いしたのはお姉様の優しさだと感謝して生きていくべきです!」
───ベネットよ、相変わらず過激だな。
父はちょうど領地で問題が発生してしまって留守にしており、夕食は私とローリア、ベネットの三人で食べたのだが、ベネットの身長に驚いた以上にローリアの変貌に驚くこことなった。
昼間はどこぞの家の茶会に呼ばれていたらしくその姿を夕食の時に初めて見たのだが、城に行く前はまだぽっちゃりさが残っていたのに、すっかり細くなり、最初に会った時とは別人級の美しさだったのだ。
「お、義母様?」
「まぁ、アリアさん、どうしたの?」
聖母を思わせるような慈愛のこもった微笑みを浮かべるローリア。
「お義母様が女神になった……」
「まぁ、お上手ね」
フフフと笑うその声すら気品が漂う。
「ビフォーアフターすぎる……」
今のローリアならば父もコロッと落ちてしまうのではないだろうか?
「私、弟が欲しいです」
「な、何を言っているの、アリアさん?!」
ローリアは恥ずかしそうにしていたが、まだ産もうと思えば子が産める年齢であるため、この家の後継ぎを産んでいただきたい。
あの様子を見るからにローリア的には満更でもなさそうなので、父さえローリアに落ちてくれたら万事上手くいくだろう。
爵位は余程のことがない限り男児の直系が継ぐもので、女性が爵位を持つことを良しとしない風習がある。
我が家には子供は女しかおらず、ベネットは後妻の連れ子という形になっているためそもそもこの家を継ぐことは出来ない。
私が王家に嫁いだとしたらきっと父は親戚の中から養子を迎えて将来的にこの家を継ぐ者として教育することになるだろう。
この家は私の実家であり、何かあった時に帰れる場所であるため、出来れば養子の誰かではなく、半分でも血の繋がった弟にでも継いでもらって、いつでも帰れる環境を作っておきたいところなのだ。
「お義母様なら大丈夫です」
「な、何が大丈夫なの?!」
恥ずかしそうにしてるローリアは男性から見たら確実に魅力的に見えるだろう。
───父を落とすのだ!
未来に期待である。
「お姉様? 本当に行くのですか?」
本日から新学期である。
身支度をしている私の元へやってきたベネットはずっとそればかり口にしている。
「勉強があるもの、行くわよ?」
「お城で沢山勉強してきたのですよね? 少しくらいしなくてもいいんじゃないですか?」
ずっといなかった私が戻ってきたのに、すぐに学校が始まってしまうので寂しいのだろうか?
「もしもいじめられたり、嫌なことをされたら」
「そんなことは起きないから大丈夫よ」
「何かあったらビクトリアお姉様に助けてもらってくださいね! 本当は私が守ってあげたいんですが、まだ学校に行けないから」
「フフフ、分かったわ」
学校ではほぼずっと一緒にいるビクトリア。
ちょっとした意地悪にもすぐに気付いてしまうため、私としては少しだけ距離を取って欲しいくらいなのだが、そんなこと言えるはずもない。
学校に到着し、教室に入るとほんの少しだけ人数が足りないことに気がついた。
サーシャは修道院に送られたため当然いないのだが、サーシャの取り巻きも何人かいないのだ。
「おはようございます、アリアさん」
「おはようございます、ビクトリアさん」
私に気付いたビクトリアが声をかけてきた。
「少し寂しくなりましたか?」
そう訊ねると、ビクトリアが困ったように笑った。
「ここだけの話ですが、アリアさんへの嫌がらせに加担していた三人が自主退学されたようですわ」
「そうなのですか?」
「やはり、気付いていらっしゃらなかったのね」
何がやはりなのかは分からないが、自分が嫌がらせをされていたことなら誰よりも早く気付いていたし、心底喜んでいた。
───もうそれがなくなるかと思うと悲しくて悲しくて……。
こうして始まった新学期は平和すぎて退屈だった。
優しい友人に囲まれ、これまで遠巻きに私を見ていただけの人達にも普通に挨拶などをされることが増え、私に声を掛けてくれる人も増えた。
とことん私に優しい世界。
穏やかに過ぎていく日常はとても優しく温かいのだが、そのぬるま湯のような日常に不慣れな自分。
アリアとして生きてきた人生はそんな感じの優しい世界であったが、前世の記憶が強くなっている今の私には到底満足出来るものではない。
───いじめて欲しい!!
その欲望は日に日に強くなっていくのに、いじめてくれる人などどこにもいない。
もうこうなったらビジネスいじめでも何でもいいとまで思うようになってきたが、この世界にはあるのかどうなのか分からないそういう商売。
もしあったとしてもそんなところに足を運べるはずもない。
───需要はここにこんなにもあるのに、供給が一切ない地獄……。
「不幸だわ……」
「どうかなさいましたの?」
今日も今日とてビクトリアが一緒である。
トイレまで一緒に行くのもようやく慣れてきた。
友達ってこんなものなんだなーというのも徐々に分かってもきた。
前世でぼっちだった私だったが今世ではそこそこ友達も出来たのは幸いだが、前世でいたソウルメイトとも呼べる(絶対違う)ようないじめっ子だけが足りない。
これを不幸と言わずして何と言おう!
家族は優しいし、友達もいるし、誰もが羨む婚約者までいるのに、一番大切ないじめっ子だけが足りない……。
「本当に不幸だわ……」
贅沢な悩みだと言われようが、私は今、絶賛不幸中なのだ。
「この性癖が恨めしい……」
嘆くくらい許して欲しい。
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