教科書隠し
学校生活が始まって一週間、私は今のところまだ友達すら出来ていない。
表立っていじめてくる人はいないが皆よそよそしく、挨拶をしてもペコッと会釈をされるだけで会話らしい会話といえば先生とのやり取りのみ。
前世でもいじめられっ子の私には友達なんていなかったため別に欲しいとも思わないのだが、いじめてくるのだとしたらもっと積極的にぶつかってきて欲しいところだ。
最初の方こそ無視されたり陰でヒソヒソと何かを言われている光景に胸を震わせていたが、人間とは慣れる生き物である。
慣れてしまえばそれだけでは物足りなく、もっと欲しくなる、それが人間。
小説の中の話でしか知らないが、貴族令嬢は遠回しな嫌味を連発して罵ったり、皆で嘲笑ったり色々するものじゃないのだろうか?
この一週間、クラスメイトを観察していて気付いたクラスの縮図。
クラスの頂点にいるのは公爵令嬢のビクトリアなのは間違いない。
その下に同じく公爵令嬢のサーシャ・ラベティーがいるようだ。
その下に侯爵令嬢達が数名、ビクトリア派とサーシャ派に分かれてついており、他はどうなるのかを傍観している者達。
恐らく号令があれば派閥の女子達は皆こぞって私のことをいじめるようになるのだろうが、まだその号令がないようだ。
悪役令嬢顔のビクトリアはというと、私のことを気にしている様子はあるのだが何もしてこない。時々目が合うのだが目を逸らされるだけ。
まぁ、まだ一週間しか経っていないのだから最初なんてこんなものだろうと思うしかない。
「お姉様? 学校は楽しいですか? お友達は出来ましたか?」
帰ってくると嬉しそうに私に抱きついてきてそんなことを聞いてくるベネット。
「そんなにすぐお友達なんて出来ないわよ」
今のところ友達の「と」の字も見当たらないが、この子をガッカリさせたくもないためその辺は口にしない。
「私以上にお姉様のことが分かる人間なんてこの世にいませんからね!」
元気よくちょっと怖いことを言うベネット。
「お姉様だーい好き!」
可愛い顔でそんなことを言われたらちょっと怖いなんて気持ちも霧散してしまう。
そんなある日、ついに事件が起こった。
学校では教科書が二部ずつ配布され、一部は学校に、一部は家に持ち帰り予習や復習に活用することになっているのだが、私が置いている教科書が何冊か消えてしまったのだ。
───教科書隠し、来たぁぁぁ!!
前世では何度も体験してきた教科書隠し。
隠されると困るのだが、心は喜びに打ち震えるという厄介な行事。
前世では大抵ゴミ箱の中に入れられており、それを拾っていると後ろでクスクスと笑い声がしたり、「汚っ!」「普通拾うか?!」なんて声がして美味しいイベントではあった。
でも困ったことにこの学校にはゴミ箱という概念すら存在していない。
貴族令嬢はゴミすら出さないと思われているのか分からないが、ないのだ、ゴミ箱が。
教室の掃除などもすることがないため必要がないと思われているのかもしれないが、貴族だろうが鼻が出る時もあれば何かでゴミが生まれることもあるため、ないと不便さを感じてしまう。
こういう時はどこを探してみるのが正解なのか分からず途方に暮れていると、意外なことにビクトリアが声をかけてきた。
「ど、どうかなさいましたの?!」
前世の展開ではこういう時に声をかけてくる人物が犯人であり、私が困り果てている様子を見て内心でほくそ笑んでいるのが高確率でお決まりだった。
「教科書が見当たらなくて」
そう言いつつビクトリアを観察していたのだが、なぜかビクトリアは私以上に慌て始めた。
「教科書がない?! どうして!」
どうしてと聞きたいのはこちらであるが、ないものはない。
「持ち帰ることはございませんわよね?」
「家にもありますから」
「ではどこに?!」
それも私が一番知りたい。
隠されるのはいいとしても、今後授業の度に使う物だから見つけないと大変だ。
「退屈でどこかへお出かけでもしたのでしょうか?」
「歩いてどっか行っちゃった」なんてのはなくし物をした時に前世でよく言っていた言葉だが、それを聞いたビクトリアは目を丸くして私を見た。
「あ、あなた、どこまで純粋なの?!」
───あれ? 滑っちゃった? やっぱり貴族にこの冗談は通じないかー。
貴族には貴族なりの貴族ジョークが存在するのだろうが、これは当てはまらなかったようである。
ちょっと恥ずかしい。
「どなたか! アリアさんの教科書を見ませんでした?!」
教室中に響き渡る大声でビクトリアが叫ぶと、それまで騒がしかった室内が静まり返った。
「アリアさんの教科書がなくなっているそうなのですわ! どなたかご存知ありませんの?!」
こういう注目の浴び方は少々苦手だ。
「私がどこかに置き忘れたのかもしれませんから」
「ですが、昨日は移動教室もございませんでしたわ! 勝手に教科書がなくなることはありませんわよね?」
てっきりこの人が隠したのかと思ったがこの対応から見て違うだろう。
───ひょっとしていい人?
「まぁまぁ、大変ですわねぇ」
急に立ち上がってのんびりとした口調でそう声を出したのはサーシャだった。
「どなたかご存知ありません? 教科書がないなんてアリアさんもきっとお困りでしょうし」
サーシャの声を聞いた一人の女子がチラッとサーシャを見て小さく頷いた。
───あれ? ひょっとして?
あの女子はサーシャの取り巻きの一人、伯爵令嬢のミシェリ・パドゥーラという女子だったと記憶している。
大体こういうのは上の者が下の者に命令してやらせるのがセオリー。
「誰も知らないようですわねぇ、困りましたわぁ」
よくよく話し方を聞いていると間伸びしてのんびりした雰囲気を出しているがどこか白々しい。
「本当に持ち帰られたのではないのですか? うっかり勘違いしてしまうことは誰にでもございますでしょう?」
そもそも学校指定の鞄はあるが、その中に教科書を入れて歩く習慣がないのがこの学校の生徒である。
生徒が全員貴族令嬢なため重い物は基本的に持たない、持たせないのが当たり前になっており、鞄には筆記用具と軽いノートが数冊入っていればいい方だ。
「それともうっかりして別の席にでも教科書を置いてしまったのではないのですか?」
基本的に教科書は授業の時にしか使わないため、わざわざ持ち歩いて他の席に置くなんてことはしない。
先にも言ったが昨日はずっとこの教室で授業があったためその可能性はありえない。
「どなたかアリアさんの教科書をご存知ありませんの? 机の中を確認してみてくださる?」
サーシャの声にみなが反応し、やはりあの女生徒が声を上げた。
「まぁ、なぜ私の机に?」
白々しいにも程がある棒読みのセリフだが、それを見たクラスメイト達がザワつくのが分かった。
サーシャやその取り巻き達はこのクラスでは平和主義だと思われているため、まさかその本人が教科書を隠すなんて思われていないのだろう。
「まぁまぁ、アリアさん。やっぱり別の席に置いてしまわれたのですわね」
私に恥をかかせるだけのつもりだったのか、あっさり私の元に戻ってきた教科書。
───ヤバい! この状況、めっちゃめちゃゾクゾクする!
皆の呆れ顔が、残念なものを見る視線が刺激的な快感を全身に与えてくれている。
でもなぜだろうか、本来のアリアとしての性格からなのか少しだけ腹立たしい。
「まぁ、そんなところに遊びに行っていたのですね。ありがとうございます」
そう言ってミシェリから教科書を受け取りつつ、彼女にしか聞こえない声でそっと囁いた。
「次はもっと上手くやることですわ。バレバレでしてよ?」
そう言うとミシェリの顔色は一気に青くなった。
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