婚約

 あの告白から二日後、我が家に婚約の打診が届いたが父は不在だったため、ローリアが「主人が戻り次第返事を出す」といった感じの返事を出していた。


「お姉様? あの王子様と婚約なさるのですか?」


 婚約の打診が来たと知ったベネットにそう聞かれたが、こればかりは父の判断になるため何とも言えない。


「ベネットがジャクソン様と婚約したい?」


 もしかしたら王子に一目惚れした可能性もあると思ってそう聞いてみたのだが拒絶反応を示したベネット。


「無理無理無理! 絶対無理です! あんな胡散臭い王子なんて絶対嫌!」


───一目惚れ……やっぱりしなかったか……。


 非常に残念な反応だった。


 でも王子のどこを見て胡散臭いと思ったのだろう?


 あれほどキラキラしく、王子の中の王子といえるような人は他にいないだろうに。


「ベネットはどんな殿方が好きなの?」


「私? うーん……私とお姉様を引き離そうとしない人が好きです!」


───ベネットよ、それはどうなんだ?


「私達を引き離そうとする人はいないわよ」


 義理とはいえ姉妹である私達を無理に引き離そうとする男性なんていない。


「そうではなくて、顔とかね、色々あるでしょ?」


「うーん……よく分かりません。でもあの王子だけは絶対ありえません!」


 たった一度お茶をしただけなのにこんなに嫌がられるなんて、私の知らない水面下で何かあったのだろうか?


 ずっと一緒にいたから何もなかったはずなのだが?


 そんなこんなのうちに父が戻ってきて、私への婚約の打診を見て卒倒した。


 落ち着きを取り戻してからは「アリアは嫁になんて行かなくてもいい」とボヤいていたのだが、一介の伯爵家の我が家が王家からの打診を何の理由もなく断ることは難しい。


 私が嫌悪感を抱くほど嫌っていれば話は別なのかもしれないが、これまでご学友として仲良く過ごしていたし、健康上の問題もないため本当に断る理由が見つからない。


 その結果、打診を受ける方向で話が進み、気付いたら今日、婚約式を執り行うこととなっていた。


 婚約を受けると話をしてからまだ十日も経っていないのに、ジャクソン様から続々と贈り物が届き、「婚約式の日に身につけて欲しい」とドレスに装飾品、靴までいただいた。


 私にだけではなく、ローリアやベネットにまで贈り物をしてきたのだから実によく出来た王子であるのだが、受け取ったベネットは「趣味じゃない!」と嫌そうにしており、それを見たローリアに怒られていた。


「お姉様にはもっと淡い色のドレスが似合うのに、あの王子は分かってない!」


 婚約式用のドレスにも文句を言う有様。


 ジャクソン様が送ってきたのは前にローリアが着ていたような色鮮やかなブルーのドレスで、恐らく王子の瞳の色だと思うのだが、私としてもここまで濃いブルーはあまり身につけることがなかったため似合うのか分からないところだ。


「とても綺麗だよ」


 迎えに来たジャクソン様にそう言われ、二人で馬車に乗り込み、中央教会の大神殿の間で婚約式は粛々と執り行われた。


 この国の中央神である太陽の神「アンドリウス」の前で誓いの言葉を述べ、婚約の書類にサインをするだけなのだが、参列しているのが錚々たるメンバーで非常に緊張していたため、何を言われているのかすら頭に入っていなかった。


───確かに婚約者は王子だけども! 何でこの国の王族だけじゃなく、周辺国の王族の方々まで来てるの?!


 第一王子であるジャクソン様の兄上「ヴォワール」様は生まれつき病弱な方で表舞台に立つことはなく、次期国王はジャクソン様だと言われているのは知っていたが、まさかここまでとは……。


 そのヴォワール様も参列されていて、式が始まる前にお会いしたのだが大変喜んでくださっていた。


 ヴォワール様はジャクソン様が王位を継いだ暁には婚約者であるカリーナ・ミュルドラ様の生家であるミュルドラ公爵家を継ぐことが既に決定されているそうで、そのことに不満はないのだろうかと思っていたのだが、ご本人が「早くジャクソンには王位を継いでもらって、私は隠居生活を送りたいんだ」なんて言うものだから遺恨はなさそうである。


 なぜジャクソン様が王位を継ぐまで公爵家を継げないのかは……俗にいうスペアとしての役割なのだと思う。


 こうして私はジャクソン様の婚約者となったのだが、やはりこれも小説の設定とは異なっている。


 ジャクソンがアリアの虐待に気付くのは二人が十七歳の時で今から二年後だった。


 十七歳を迎える貴族の令嬢は二年間女学校に通うことが決まっているという設定で、当然アリアも通う予定だったのだが、その時には家の中の家事などを押し付けられている上に体罰も当たり前だったため、ローリアが外に出ることを許さず、病弱だと理由を付けて学校に通わせなかった。


 そのことに不信感を抱いたジャクソンが調べさせた結果虐待の事実を掴み、アリアを救い出したのだ。


 まぁ、その後の展開は読んでいなかったし、そのうち小説が削除されてしまったのでよく知らないのだが、きっとハピエンにするつもりだったのだろうとは思う。


 さすがにドアマットヒロインとして生涯を終えるはずはないと思うが、私としてはそっちの方が幸せな気もしている。


 色々と小説とは違いすぎるし、こういう世界にはシナリオの強制力なる未知なる力が存在するってのが物語には定番だったはずなのにそんな力も一切感じない。


───神の力よ、なぜ働かない!


 ローリアとベネットが性格がねじ曲がってしまうのは同じ家族としてよろしくないとは思う……思うのだが、思うのだがね……物足りないの!


 今日は何をされるのかな? っていうワクワク感もなければ、予想を裏切っていつもとは違う方向性でいじめてくれる人もいない平和な日常……。


 普通の人ならばそれでいいだろうが、私は普通とは違う、ドMなのだ。


 純粋な私への悪意が好物だし、蔑みの目や言葉にゾクゾクするし、ある程度の痛みにも耐性がある上ご褒美としか感じない、そんな体質。


 ご褒美転生だと喜んでいたあの日の自分に教えてあげたい……。


───この世界、私にとっても優しい、性癖が全く満たされることのない世界だよ。


 でもここでふと思った。


 まだまだ希望は残されているのではないか、と。


 王子の婚約者となったことで新たな火種が生まれるのではないか? と。


 だって私は伯爵令嬢。


 王子の、しかも後に王位を継ぐ可能性が濃厚すぎる人の婚約者としては爵位的にも家柄的にもギリギリライン。


 同じ年頃の公爵・侯爵令嬢は何人もいて、恐らく皆王子の婚約者の座を密かに狙っていたと思うし、読んできた小説的にも足の引っ張り合いが当たり前の貴族社会だ。


「これは……もしかしたら令嬢達からの嫌がらせが今後やってくる?」


 来年から女学校にも通うわけだし、そこで私を面白く思わないご令嬢達に囲まれて……。


「うふふ……うふふふ……これよ、これなのだわ」


「お嬢様? 笑い方が下品ですけれど?」


 ナボリーには咎められてしまったが、学校生活を想像すると顔がにやけて止まらなかった。

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