どうした!

 父が領地へと行く日がやってきた。


「行ってらっしゃいませ、お父様」


「行ってらっしゃいませ、お父様」


 私が挨拶したのと同じくベネットも父に挨拶をした。


「ベネットはアリアに所作が似てきたな」


 それを見た父が嬉しそうに目を細めている。


 ベネットは私のようになりたいそうで、私の所作を真似しては難しい部分を聞きながら一生懸命練習している。


「カーテシーはこうですか?」


「上手よ、ベネット。だけどもう少しだけ足を引いて腰を落とすともっと綺麗に見えるようになるわよ」


 こんな感じで教えているのだが、教師をつけようかと言うと頑なに拒まれている。


「お姉様に教わりたいの!」


 キュルンとした可愛い顔で見つめられながらそんなことを言われると無理に教師をつけることも出来ない。


「じゃあ十四歳になったら教師をつけてもらいましょうね」


「はい!」


 なぜそうまでして私に教わりたいのかは分からないが、こういう積み重ねが将来的な私の性癖ライフにつながるのかもしれないし、何よりベネットが可愛いため存分に甘やかしている。


「行ってらっしゃいませ、旦那様」


 ローリアは我が家に来てからほんの少しだけ痩せたかもしれない。


 心なしか顎のラインの肉が少なくなっているように思えるが、急激な変化はないためむくみが取れているだけかも。


 本日のローリアの服装は珍しく大人しめなドレスである。


 相変わらずデコルテはある程度見えているが、いつもより控えめだし、モスグリーンのドレスなため全体的に引き締まって見える。


 ゴテゴテしたイミテーションの石もついていないので今日こそは新婚夫婦のハグが見られるかもしれない。


「留守は頼んだよ」


 父はローリアにそう言うとハグすることなく馬車に乗ってしまった。


───父よ……。


 父を乗せた馬車が見えなくなるまで見送って屋敷に戻ろうとしたら、ローリアがチラチラとこちらを見てるのに気付いた。


「お義母様? どうかなさいました?」


「あ、あの……今日のわたくしはどうかしら?」


 最近、顔を合わせるとコーデの感想を聞かれている。


「今日のお義母様は三代目の皇后様のようにお淑やかで優しい雰囲気ですわ」


 この国の三代目皇后陛下は緑をこよなく愛している方だったそうで、いつも緑系統のドレスを着ていらした。


 他国から嫁いできた大変美しく聡明なお方だったと言われており、皇后陛下になぞらえて褒められることを好むご夫人は多い。


 若い頃の皇后陛下は細身の美女だったのだが、往年の陛下は大変ふくよかになられ、まさに今のローリアのようだったためそう褒めてみたのだが、これで正解だったのだろうか?


 そしてなぜ毎日私に感想を求めるのだろう?


「そ、そう、皇后陛下……」


 顔を背けているため表情が分からないのだが、この人は本当に私に何を求めているのか常に謎である。


 昨日は青いドレスを着ていたため、この国独自の空の女神であるスカイリル様に見立てて「(ドレスが)スカイリル様のように大変美しいと思います」と伝えた。


 さて、今日からいよいよ本格的ないじめが始まるわけで、今の私は期待で胸が高鳴っている状態である。


 小説では屋敷に入った瞬間から無視が始まり、必死に仲良くなろうと声をかけてみても徹底的に無視をされていたアリア。


 まだ使用人達はそのままなため無視からスタートするわけなのだが、完全無視もまた一興なのだ。


 無視され続けると常人ならばゴリゴリと精神力を奪われていく。


 アリアのように誰からも愛されて育ってきた子なら特に心を折る初手としては最適な手段といえる。


 まぁ、中身が私なのだからご褒美でしかないのだが。


「お姉様! 一緒にお茶を飲みましょう!」


 屋敷に入るなりベネットに腕を組まれてお茶に誘われた。


───あれ? 無視は?!


「そうね、お茶にしましょうか?」


「う、うんっ!」


 盛大な咳払いが聞こえたのでローリアを見ると、気のせいか物欲しそうな目でこちらを見ている気がする。


「そうだ! お母様も一緒にお茶にしましょう!」


 ベネットがそう言うと、ローリアは「ま、まぁ、あなたがそう言うのなら、わたくしはよろしくてよ」と言ってきたため、三人で庭でお茶をすることになってしまった。


 意図せず三人でお茶をすることになり、きっとその席で私への無視攻撃が始まるのだろうとワクワクしていたのだが、現在私達は実に和やかにお茶を楽しんでいる。


 話題を提供してくれるのはベネットで、私とローリアはそれをにこやかに聞いているのだが、「無視はどうした!」と聞きたいくらい和やかな時間が過ぎている。


「ところでアリアさん? このお茶はとても飲みやすいですわね?」


 ベネットの会話が途切れるとわざわざ私に声をかけてくるローリア。


───本当にどうした! ドアマットヒロイン生活が始まるのじゃなかったのかい!


「わたくし、実は苦い紅茶が得意じゃありませんでしたのよ。でもこの家に嫁いできてからというもの、口当たりがよく風味も素晴らしい紅茶が出てくるため、お茶の時間が楽しみになりましたの」


 前世で飲んでいた紅茶とは違い、この国の紅茶は製法がいけないのか非常に黒い茶葉で渋みと苦味が強い。


 とてもではないが子供の口には合わなかったため、「苦くない紅茶が飲みたい」と言ってみた結果、父が独自に製法を変えてくれたようで我が家ではこれが普通になっているが一般流通はされていない。


「お父様が独自に作ってくださっている紅茶なのです。お義母様の口からお父様にそのことを伝えればきっと喜びますわ」


「そ、そうかしら?」


「えぇ、絶対喜びます」


 本当になぜこんなに穏やかに和やかに会話をしながらお茶を飲んでいるのだろう?


───私のドM性癖素敵ライフはどこに?!


 まぁ、本来家族になったのだから仲良くなるに越したことはないのだし、この状況を喜ぶべきなのだろうが、ドMな私としてはどうにも手放しで喜べない。


「あ、あのね、アリアさん……」


 急に俯いたローリアが意を決したように顔を上げると「コーネリーのお墓参りに行きたいの」と言い出した。


 小説の中のコーネリーとローリアは女学生時代までは本当に仲良くしていたがローリアの結婚を機に疎遠になり、ローリアがコーネリーの名を出してあれこれないことを風潮したことにより完全に決別したとされていた。


「アリアさんを見ていたら優しいコーネリーばかり思い出して……もう遅すぎるけれどきちんと謝罪をしたいの……駄目かしら?」


 何の意図があるのかは知らないが止める理由もないし、仲が悪かったことは知らないと思われているだろう。


 なにぶん父が二人は仲がいいと思い込んで再婚したのだから。


「お母様もきっと喜びますわ」


 そう言うと安堵したように微笑んだローリア。


 その顔だけ見るとこれから私をいじめる継母には全く見えない。


───これ、本当に始まるのよね?!


 一抹の不安が全身を駆け巡った。

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