『食欲の秋』
『正成さん! いいですか。私の直感で言いますと、このサツマイモは本来まともに戦って勝てる相手ではないです。根拠とかはまったくありませんが私の独断と偏見によるとあのイノシシはおそらくこの樹海でもかなりの実力をもつ存在。おそらくこの近辺のボスでしょう。そのイノシシを仕留めることができるほどの力をこのサツマイモを持っている……まさに絶望的です』
「ちょっ、アマネさん、今言うことそれ! はやく対処法教えてくれるとありがたいんだけど!!」
サツマイモはイノシシに突かれて体に大きな穴があいている。
そのせいか、先ほどよりだいぶ蔓が伸びる数も少ないし速度も遅くなっているとはいえ、あの蔓に拘束されれば二度と逃れることができないのはわかる。
あのイノシシでさえ、全力を出さなければ千切れなかったんだからな。
『しかし、正成さんには『リサイクル』と唯一無二天上天下唯我独尊にスーパー可愛い私の存在があります!!』
「なるほどね。で、どうリサイクルを使えばいいんだよ、っておいおいどぅわー」
サツマイモの空いた穴から赤い光が点滅している。
いっそう赤く輝いた光に蔓が連動するように根を張り、地中から引き抜いてぽいと無造作に芋爆弾を投げてくる。
泡を食って全速力で駆ける。
轟く音にちびる。
振り返ると、樹の幹や根っこを削り取り、地面がえぐれていた。
こんなの一斉に放られたらどうしようもないではないか。
『あの……今のちょっと言い過ぎてみたのですが……。違うんですもっとこう突っ込みがほしかったんです』
「今言うこと! それ! 今おれ全力で逃げたい気分だわ。今からでも逃げようかな、そんな、気分だから!」
しかし引くにも引けない。
こちとらお腹が空きすぎて飢餓でどうにかなりそうだからな。
異世界に来て間もないのに、腹が減って死にそうだとか何の冗談だと思うが、こればっかりは直感としか言いようがない。
この状態を放っておくとマジで死ぬ。
実際体力は何度もゼロになっている。
だからこそこんな命知らずなことをやっているのだ。
またもや爆弾が放られた。
全速力で逃げた先に伸びてきた蔓をベリーロールして避ける。
そのままヘッドスライディングして意識を失いかけ——「ヒールブレス」。
なんとか持ち直すと、背後で芋爆弾が爆発するところだった。
「アマネ! だから、たのまあ。あいつをぶちのめす手段があるなら、教えてくれ」
『こほん。いいですか。要はあのサツマイモを変異させているものを『リサイクル』すれば倒せます。それこそ、奴を奴たらしめる力の源。いわば心臓なのです』
「その変異させているものはどこにあるんだ!」
『幸い、イノシシのおかげで、剥き出しになっています』
「あの穴か!」
もう余裕はなかった。
ふらりと立ち上がって、イノシシによって空いた穴から覗く光を睨みつける。
サツマイモはその視線に気づいたのか、一瞬たじろぐように後退した。
矢を放つように、体に鞭を打っておれは駆け出した。
迫り来る蔓を最小限の動きで避けつつ、前に進む。
あともう少し。
蔓が芋爆弾を持ちながら迫る。なんとか避けるが背後で爆風が起こった。
ふっとんだところを待ち受けるように蔓が伸びる。
四肢に巻き付こうとして——
「ショックウエイブ!!」
背後に放って加速することで蔓を回避した。
がまたもや目の前が暗くなり「ヒールブレス」
——ヒールブレスのレベルが上がりました。
ヒールブレスLV2
回復量と、回復速度が上昇しました。
瞼を開くと、目の前には剥き出しの『心臓』が。
叫ぶ。
「リサイクル!」
すると、世界が停止した。
というのも、空中で、おれは静止していたからだ。
サツマイモもぴくりとも動いていない。
風もない。
音もない。
ただ、サツマイモの穴の中にあった赤い光を放つなにかだけがアマネの錫杖に吸い込まれていく。
吸い込む直前、光を放つなにかは抵抗するようにバチバチと反発した。
その瞬間。
——奇妙なことに、おれは真冬の公園に立っていた。
鳴き声が聞こえる。
段ボールの中に一匹だけ小さな子猫がいた。
その子猫を、一人の少年が抱き上げる。
——これは猫の記憶を追体験しているのだろうか。
家に持ち帰って、少年は母親に猫を見せた。
首を振る母親に、もういいと少年は部屋に持ち帰り、猫と一緒のベッドで眠りにつく。
そのときに少しだけサツマイモを食べた。サツマイモは甘かった。
しかし、少年が寝ている間に、母親は子猫を取り上げて元いた段ボールの箱に戻した。
「ごめんね」
子猫はその言葉を理解できない。
ただ、少年のベッドのあのぬくもりを思い出して子猫は鳴いていた。
鳴いて……そして意識を失った。
——今も子猫は鳴いていたのだ。
あのベッドのぬくもりを求めて。
サツマイモになった今も。
——だからおれは、その子猫を抱き上げる。
この世界がどうなっているのか、わからない。
ただ子猫が望んでいるであろうことを。
してみただけ。
子猫はきょとんとしていた。
そして一度鳴くと、体を寄せ目を細めた。
——リサイクルのレベルが上がりました。
リサイクルレベル50
『ファイア』レベル1
『ウインド』レベル1
『アース』レベル1
『ウオーター』レベル1
『ダーク』レベル1
『ライト』レベル1
『鑑定』レベル1
『蔓操作』レベル1
『芋爆弾』
『サツマイモ召喚』
を取得しました。
世界が動き出した。
静止していた体が動きだし、サツマイモの体にぶつかって地面に落ちる。
「いててて。今のは一体」
『はい。あれは、正成さんと同じ世界から来た存在なんです。正成さんの世界で生まれ、そして捨てられたと認識した存在の思いが、この世界では『ゴミ』となって生まれてしまう』
「……なんだそりゃ……」
『リサイクルしないと、彼らはずっとゴミとなってさまよう。この世界のいびつな力となって汚染し、世界を破滅へと誘う。彼らを救うたった一つの方法が、正成さんの「リサイクル」なんです」
「なにがリサイクルだよ。要は除霊だろ、なにがゴミだよ。ゴミってなんだよ。ちきしょう」
『正成さん……?』
「はあ。だめだ。今は頭が回らねえ。とりあえず!」
目の前の全長10メートルはあろう巨大サツマイモの実にかぶりつく。
少し甘いか? 固いな。
焼いたらめちゃくちゃ美味くなるんだろう。
が、今は、待っている余裕はなかった。
一度食べだしたら、もう止まらなかった。
むしゃむしゃ、ごっくん。ばくばく。
結局、焼く事も無く、巨大サツマイモはおれの胃に収まった。
「ふう」
だが……。
「あーだめだ。全然、食欲おさまらねえ」
『正成さんもしや、サツマイモだけに、食欲が、食欲の秋化してしまったんですか??』
「食欲の秋化ってなんだよ……うまいことを言ったつもりか」
突っ込みをいれつつ、どんどんお腹が減っていく感じがする。
とはいっても先ほどまでの命の危機は脱したようだ。
ただお腹が減っているだけ。
なんでも良いから満たしたいという。という状態だ。
これは一体。
「どうなってるんだおれの体」
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