『食べ物を探せ』


『——きて』


 夢を見ていた。

 天音が亡くなる前の、あの忘れがたい夜の出来事を。

 あの夜、おれは朝まで天音のそばにいた。

 いることができた。

 それはきっと、おれにとって一番幸せなときの思い出。

 あの苦しい夜の出来事が、世界で一番幸せな思い出となっているのだから、おかしなもんである。


『正成様! 起きてください!!』


 天音に呼ばれた気がして目を覚ますと、目の前にはイノシシがいて、ふんふんとおれの体を嗅いでいた。

 イノシシと似ているからそう言ったが、イノシシにしてはでかすぎる。

 なんでイノシシの顔が二階建ての高さにあるんだ?

 イノシシは凶悪な牙を剥いて、つんざく鳴き声をあげた。

 そのまま大口が目の前で開いて——


『正成様!』

「ぎゃああああ!」


 思いっきり横っ飛びして、ゴロゴロと転がり苔の生えた岩の隙間に飛び込む。

 奥までいけるとこまでいったれと転がると、一瞬前におれの姿を隠していた岩がふっとぶ。

 イノシシの仕業だろう。

 幸い、奥まで転がると洞窟になっていて奥行きはあった。

 あのイノシシの大きさではここには入れないだろう。

 だが、諦められないのか、地面を蹴る重低音の蹄の音とわめく声が聞こえてくる。

 おれは腰を抜かして動けなくなっていた。

 今突っ込んでこられたら、逃げる事はかなわないだろう。

 ぱらぱらと小石が天井から降ってくる。

 崩れないよな。


『正成様! ああ良かった!!』

「うおっ」


 ぬっと、突然アマネの整った顔が目の前に現れた。なんだ女神か。


『ごめんなさい。ずっと反応がなかったので。そしたらあんなイノシシが現れるから、もうダメかと。ああ、本当に良かった』


 ぐずぐずと涙目で鼻を鳴らす女神様。

 どれくらい意識を失っていたのかはわからないが、その間ずっと心配をかけてしまったようだ。


「悪いな。けどその様づけ、背筋がぞくぞくするからやめてくれる? おれってば、そんな様付けされるような人生おくってこなかったからさ」


『もう。こんなに心配してるのに。えっと。なんと呼べばいいのですか?』


「まず敬語やめてみてはどうだろうか。これから長い付き合いになりそうだしな」


『そうですかうむむ』

 

 ふわふわと宙に浮いて、アマネは人差し指を形の良いあごに当てて考えるような仕草をした。

 そういえば、さっきおれがアマネに触れようとしたら手がすり抜けたなような。


『ん? どうしたんです、ってちょっ』


 ためしに頬に触れようと手を伸ばすと、そのまま通過してしまう。

 やはり実体がないようだ。


『もう、びっくりするじゃないですか!』

「悪いな。でも、なんだ幽霊みたいだな」

『はい。自分でもこうなるなんてびっくりです。白い空間にいたときは触れられていたのに』

「どうなってんだろうな。と。なんか静かになったな。……アマネ『様』や、ちょっと見てきてくれんかね」

『わかりました……って! 様つけましたね! 意地悪ですねもー!』

 なんのためらいもなくアマネは『あードキドキした』だの『呼び方どうしよう……』だの言いながらふわふわと宙に浮きながら外の様子を見にいってくれた。


 しまった。実体がないから、イノシシにも見えないかもと思って頼んでしまったが、こっちでは幽霊とかが普通に見えて倒せる世界なのかもしれないじゃないか。


 大丈夫だろうか。


 慌てて上体を起こす。


「ぐ、いてえ」


 骨折は治っているみたいだが、肋骨は痛むし、足首は捻挫している。

 それでも重たい体を無理矢理動かし、足を引きずりながらなんとか追いかける。


『あ』

「おっと」


 すぐに引き返してきたアマネとぶつかってしまう。

 思いっきり目の前に唇があってすり抜けるとなんとも言えない気持ちになるな。


「ど、どうだった」

『は、はい! え、えっと。そう! まだ諦めてないみたいです。ちょっと離れた場所でこちらを伺ってました』

「アマネの姿はあっちには見えないのか?」

「はい! さっきも、私が正面に立ちふさがっても相手にされませんでしたから。認識できてないと思います」

「そうか」


 ひとまずほっとする。


「どうしたもんかね」


 とりあえずここは安全だろう。

 ひとまず今の自分の武器とできることを確認すべきかもしれない。


「そういえば、一部の能力値を画面に表示できる、とか言っていたな。アマネ、できるか」


『は、はい! そうですか。ついに。すーはーすーはー。じゃ、じゃあ正成さん「ステータスオープン」って言ってください』


 正成さんか。ふむなかなか悪くない響きだ。まだ距離があるけど、ひとまずそれでよしとするか。ところで、なんで深呼吸をしたんだろうか。


「ステータスオープン!」


 すると羞恥に頬を染めたアマネが胸の布を取っ払った。なんですと!

 アマネさん大胆。

 が、不可解にもアマネの胸の中から現れたディスプレイのせいで半透明になって大事なところはぼやけている。うーうーと唸りながら『丸見えじゃなくて良かったです』と胸をなでおろしている。


 やれやれ。チラリズムをしらないらしいな。


 裸より、隠れてるほうがエロいんだぜ。

 ……とは言わず、ラッキーと思いながら、ディスプレイの内容に集中する。


 



ステータス

  名前:楠木正成(35)

  種族:ヒューマン

 ギフト:『リサイクル』LV1

  加護:『アマネの加護』(フェアリー)

  称号:『英雄』『リサイクル見習い』『フェアリーハート』

 ???:『ヒールブレス』LV1『ショックウエイブ』LV1

  技能:『資源精製』『エネルギー変換』

  耐性:『マナ攻撃耐性』LV1『状態異常耐性』LV1

能力値

  体力:10/100(+***)

生成マナ:0(+***)

 俊敏性:60

   力:60(+3)

マナ耐性:0(+***)

 器用さ:5

 装備:ゴミ回収の作業着 防+1

    ゴミ回収の作業パンツ 防+1

    アディオスのスニーカー防+1



 うん。さっぱりわからん。


「こほん。アマネさん……いや、アマネ様。もっと言えばアマネ先生質問があります」

『……なんですかそのノリ』

「知識を教えてもらうときには敬意を示さなきゃと思って。そんなことより、まずは基本的なことを教えてくれ。マナってなんぞ」

『マナとはこの世界のあらゆるものの力の源となるものですね。マナによってあらゆるステータス……ギフトや耐性などは存在し、魔術や法術、技能を自由に使ったりすることができるのです』

「マナ耐性というのは?」

『マナを使ったあらゆる攻撃に対する防御力を現す数字ですね。主に魔法などの攻撃力をどれくらい防げるかがわかります』

「なるほどね」

『ちなみに魔法は大気中にあるマナを自身の体内のマナを媒介にして操るものなんです。この世界には他にも体術というものがあるのですが、それは魔法の逆で大気中のマナを取り込み、自身の体内で生成されるマナと融合、循環させて肉体などを強化するんですよ』

「うん。わかった。要するにゲームで言うマジックポイントみたいなもんなんだな?」

『はい!』

「そんで、アマネさんよ。おれ。ゼロなんだが」

『……はっ!』


 生成マナ0。マナ耐性0。

 さあて、おれは本当にこの世界を生き残る事ができるんだろうか。

 やれやれだぜ。


「でも、さっき魔法使えたよな」


 ポイントはこの(+***)なんだろう。文字化けしていて、どれくらいあるのかはわからない。が、おそらくこのおかげでおれには本当はマナを使える力は無いのに、使えるようになっている可能性が高い。

 これもリサイクルの能力のおかげなんだろうか。


「このエネルギー変換というのも怪しいな」


 試しに目の前にできたディスプレイのエネルギー変換という文字列をタップすると、一瞬接続するのだが、権限がないと表示されてしまう。すぐにブラックアウトして元のステータス画面に戻った。

 他の能力も同様の反応だ。

 と、ここで、さらに気になっている数値を質問する。


「この体力さ、さっきから増えたり減ったりしてて、でもだんだん減ってきて今7なんだけど、これ無くなると死ぬの?」

『た、大変です! はやくヒールブレスを唱えないと』

「死ぬの!?」

『すぐに死にはしませんけど、意識を失いやすくなりやがて動けなくなります。衰弱死しちゃうんです。だから早めに体力は回復した方がいいです。きっとどっかの傷口が原因かもしれません! 早く回復しましょう!』

「そ、そうか……ヒールブレス……ふぐおおおお」


 唱えた瞬間。目の前がお花畑となって——。


『わわわ! ちょっ、体力がゼロに! あああ正成さん!』


 アマネの良いにおいがして、意識は戻った。はあはあ、今のはいったいなんだったんだ!

 体力は15ぐらいになっていた。ふう、ひとまず安心。と思っているとすぐに14に減った。さっきより減るスピードが早いような。

 と、ここでおれははたっと気づいた。


「う、うおおおお……なんだ。さっきから腹減っているなあと思ってたけど、こんな急に……なんで」


 今すぐなにかを食べないと、取り返しのつかないことになる。

 それは理屈じゃない。

 本能がそう訴えていた。


「アマネえええええ!」

『は、はい? どうしたんです正成さん』

「飯だ! 飯を探すぞ!」



 ということで、アマネを斥候に遣わしながら、食べれるものを探す。


『うーん』


 途中でキノコのようなものを採取した。

 が、キノコは最終手段にとっておく。

 見るからに毒キノコ。マリオの世界とかにあるあれだったからである。

 なにか、なんでもいい。

 もう昆虫とかでも良いか。

 高低差のある樹海の根っこを伝ってすこし小高い丘をなんとか上ったとき、うなり声が聞こえてきた。

 シュー、カッカッ、クチャクチャという鳴き声。


『さっきのイノシシです! でもなんか様子が変ですね……。それに、なんでしょう。この感覚は……まるで。はっこれは……まさか!』


 見ると、警戒した様子のイノシシは木に絡まった蔓をぶちぶち噛み切って、地面をひたすら掘っているところだった。

「どうしたんだアマネ?』


『これは——』


 突然、数多の蔓が伸びてきてイノシシの体に絡まった。

 突進してイノシシは絡まった蔓を根こそぎ引きちぎる。

 イノシシが掘ったところから、のそり、とそいつは現れた。

 おれはそれを見たとき、稲妻に打たれたかのような衝撃を受けた。


「アマネもしかしてあれは」

『そうです。あれこそ』


 紫色の長細いフォルム。

 剥がれた皮から覗く白い肌。

 あれこそまさに今のおれが必要としているもの。


『あれこそ、私たちが倒すべきこの世界の「ゴミ」です!』

「さつまいも狩りじゃああああああああ!」

『ああ正成さん! 早まっちゃだめ! 危険ですから!』


 そうサツマイモだった。

 巨大なサツマイモの体に、ツルのような腕と根を張り巡らせた足。

 目は赤く光り、皮が硬い装甲のようになっている。

 が、空腹に頭がおかしくなった今のおれには美味しい食べ物にしか見えなかった。

 ほっくほっくの甘い焼き芋にして食ってやる!! 血眼になって、ただ樹海の森を駆けたのだ。


 が。


 ガクンと膝の力が抜け、根っこにつんのめって前のめりに転がる。体力が尽きたらしい。おれはなんとか「ヒールブレス」を口にした。

 どてんどてんと転げ落ちながら意識を失い、天音の匂いと共に上体を起こし周囲の様子を確認すると。


『あわわわわ。まずいですよ。正成さん!』


 前門にはイノシシ。

 後門にはサツマイモお化けが。

 ふ、とおれは思わず鼻で笑い。


「ぎゃあああああああああ!」


 と迫る二匹からとりあえず逃げることにした。

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