第15話 黒い影
「まあ、その刑事は変わってるな」
僕は三日後に真白と落ち合った。場所は前に飲んだバーだ。今回は彼に飲まれないように、カルアミルクとソフトドリンクを交互に飲んでいる。
今日は、直美は来ていなかった。僕が真白と飲みたいという話を持ち掛けたのだ。彼は驚きはしたものの合意を得た。
「そうなんだよ。色々と探索をするのが好きらしくて、よく虫眼鏡を持って部屋を物色するように捜査してたんだぜ」
すると、真白は笑った。「そいつは、傑作だな」
「でも、あの刑事は観察眼が鋭いところがあるから注意したいところだけど……」
真白はハイボールを飲んだ。
「しかし、お前のお袋さんも亡くなるなんて、ショックだよな」
「そうなんだよ。確かに財産は手に余るほど貰ったし、一生暮らせるほどの大金は手にしたけど、心の中は空っぽなんだ。意外にもお金が全てじゃないんだなと思い知らされたよ」
「そりゃあ、やっぱり両親が無くなるとしばらくは立ち直れないんじゃないのか?」
「まあな。でも、刑事は犯人を捕まえようとはしてるんだけど、どうも動物虐待の事件があるじゃん。あの事件と関係性があると睨んでるらしいんだ」
「あの事件と?」
真白の発言に、僕は強く頷いた。
「それは勝手すぎるだろう。動物虐待の事件が車に轢かれて死んだのならまだしも、殺害方法が違うじゃねえか」
「そうだろう。あの刑事可笑しいんだ」
「まあ、この事件が解決の方向に向かうか、未解決のままで終わるのかは分からないけど、その刑事からは何度も事情聴取を受けられるだろうな」
「いっても、オレは被害者なんだ」
そう苛立っていると、僕はカルアミルクを飲む速度が速くなっていく。
「おいおい、あんまり早く飲むと、この前のようになってしまうぜ」
「それよりも、お前の彼女はどうなったんだ?」
「ああ、直美か? あいつは最近ケンカしてしまってな。多分、今頃おねんねしてるぜ」
「おねんね? 寝てるってことか?」
「ああ、そうだぜ。今は別々の家で暮らしてる。あいつは自由人だし、拗ねるんだ」
「ふーん」
僕は少し酔ってきた。この酔いに浸りたかった。最近ショックな出来事が多すぎる。
真白もそれを悟ったように、深くは話をしなかった。彼も彼なりに悩みを抱えていて考え事をしている。
「じゃあな。オレだったらいつでも誘いに乗るぜ」
「うん、ありがとう」
そう二人は手を上げて別れた。
僕は、あまり家には帰りたくはなかったが、ここにいても何もすることもない為、考えも固まっていないまま、家の方に向かっていった。
頭が痛い。どうやらストレスが蓄積しているのだろう。
最寄りの駅まで着くと、もう夜の十時半を過ぎていた。秋風は少しずつ寒波を引き連れていく。もうそろそろ厚着しないと風邪ひくよなと考えながら、暗い夜道を歩いていた。
駅前は街灯以外にも飲食店などが立ち並んでいたし、人通りも多かったのだが、住宅街に入っていくと、たちまち人通りは少なくなり、辺りは暗くなっていく。
その時、後ろの方で足音がした。革靴の音だ。かなり遠いが辺りが静かなので、耳をすませば聞こえる。
僕は自分の帰る道を歩いて、角を曲がったのだが、それに付いていく。
——まさか、付けられてるのか?
僕は一旦足を止めて、後ろを振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。
……気のせいか。
と、また前を見て歩いていくのだが、その革靴も確かに聞こえてくる。まるで、僕を遠くから見ているようだ。
また止まって、後ろを振り返った。今度は走ってそいつがいるか確認した。しかし、元の場所に誰もいない。
その分からない“黒い影”のようなものに、僕は一気に鳥肌が立った。確実に怖気づいている。
僕は走って、家に向かった。奴も小走りで付いてくる。
僕は家に着くと、すぐにポケットから鍵を取り出して、鍵の穴に差してノブを回した。
後ろを振り向く、誰もいない。
早くしなくては……。
そう焦らしながら、何とか玄関に入って、すぐさまドアを閉めて鍵を掛けた。
「はあ、はあ、はあ……」
それほど走ってもいないのに、まるで全力疾走したくらいに息を切らしていた。
——何なんだ、一体。
そう思った時僕は、誰か心当たりはなかったが、付けられることに思い当たる節があった。
それは、道子の死だ。犯人は完全に道子を殺したのだ。
動機は分からない。しかし、小田家に恨みがある人間だとしたら、次に狙われるのは……。
——まさか、自分?
僕はとにかく、リビングに入り、陶器のコップに水道の蛇口をひねり水を入れると、一気に飲み干した。
「はあ、はあ」
——一体、何をもって犯人は道子を狙ったのだろう。岡副もそこが気になっていた。
何か過去に深いものがあるに違いない。
僕は暫く食卓の椅子に座って、動けないでいた。
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