第8話 巷の事件
葬儀が終わって、十日後が経った。僕は相変わらず会社には向かわずに、家で過ごすか学校に講習を受けに行くかどちらかだ。ただ、父親が亡くなったことで、家でぼんやり過ごしてもそれほど注意されることはなかった。
いや、誰も注意をする者がいなかった。何故なら、道子はあれから真剣に考え、自分が社長の座に就くことになったのだ。
事の発端は会長の智彦からだった。自分のせいで和巳を陥れたことを悔やんでいて、その為に一番近い近親者に社長の座を譲ることにした。
女性で、しかも元々小田家ではなかった道子が社長の座に就くのは異例だった。しかし、誰もこの事については反対をする者はいなかった。
と考えると、本来は息子の僕が、その座に就かなければいけなかったのではないのかと思案してしまう。自分が名乗り出ていれば、もっと早くこの話は解決していたのではないかと。
でも、まだ会社のイロハも知らない弱冠二十歳の若者が、すぐに付けるバカな親族なんていない。だから、道子と裕子はあの言葉を投げかけたのではないのか。
とすると、十年後……。いや、数年後には僕は社長として三百人ほどいる従業員をまとめなくてはいけないのではないのか。
残念なことに、小田家の家系は、若い男性は僕でしかいない。和樹の子供は裕子だけだし、遠縁には十代の男の子はいるが、まだ小学生であり、一番血筋が濃いのは断然僕でしかない。
そんなこと考えると、夜も眠れなくなってしまっていた。僕は何とか酒の力を借りて眠れるのではないかと試したのだが、気分が悪くなっただけで、余計に眠れなくなっていた。
通夜の裕子との約束もまだ実行していなかった。“ヒマがあったら”ということなので、僕も体調を整えるまでは動こうとも思わなかった。
幸い、裕子からの電話もなかった。向こうも亡き父親のことを考慮して、まだ行動に動こうとも思っていないのだろう。
昼食は自宅で道子と一緒にそうめんを食べた。暑い夏だし、胃に優しい食べ物ということで用意してくれた。
二人で食を取っていると、道子が話を切り出した。
「私、前にも言ったけど、これから社長として会社を守っていくわ」
「うん、いつから仕事に戻るの?」
「三日後よ。最初は色々と分からないことばかりだから、和樹伯父様と一緒に行動はするけど、お父さんがやって来た業務をやるということは相当責任重大だわ」
「まあ、従業員もたくさん抱えてるしね」
「そうなのよ……」
と、ここで話は一旦終わった。僕は何となく道子は仕事の話をしたかったに違いない。愚痴も言いたかったとは思うが、僕がどれほどY会社に意欲的なのか探りを入れたかったのかもしれない。
そんな中で、僕はイラストレーターになりたい、何てとても言えるものではない。そんな言葉を発したら、和樹に電話させられる可能性はある。
和樹がこの家に入ることは今まで滅多になかったことだが、伯父ならそんなことしてもあり得る話だ。
僕は付けていた六十五インチのテレビを観ると、昼間のニュースが流れていた。連日近所で起っている野良猫を惨殺する、動物虐待の事件だ。
「昨夜も野良猫が一匹何者かによって、惨殺されました。犯人は鋭利な刃物を使って、殺害した模様です」
そう淡々と物言う若い女性のリポーター。そこから近所の人たちが写し出されていた。
「本当に物騒です。先日も野良猫が何匹も殺されて……。これが小さい子にに向けられたら……」
買い物帰りなのか、自転車を押していた六十代の女性がそんな発言をしていた。
「一体、何者かが犯人なのか。警察は調査に当たっています」
と言って、テレビのコメンテーターたちはその話で様々な発言が飛び交う。
「本当に物騒よね。隣の区よね。この場所」
と、道子はそうめんを口に入れる前にぽつんと呟いた。
「そうだね」
僕は勢いよくそうめんを啜った。
「あんた、よく食べれるわね。近所で野良猫を殺した人がいるっていうのに」
「時期に犯人は見つかるよ。それに人間に被害を及んでるわけじゃないじゃない」
「そりゃあ、そうだけどさ。犯人は二十代くらいの若者で男性って言われてるし……」
「ふーん」
僕はそう考えると、怖くなってきた。大学も家から一時間近くで着く。その大学生たちの中に誰かが血を染めて殺害したのかもしれない。
「でも、気持ち悪い事件だけど、正直こういう事件を見るとどこかホッとするのよね」
「どういう意味?」
「だって、自分たちよりも頭の可笑しい人がこの街にたくさんいるんだなと思ってね」
そう言って、道子を見ると、彼女は明らかに二週間前よりも疲れ切った顔を見せていた。
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