第5話 家の愚痴

「どうだ。大学生活は?」

「まあ、それとなくかな……」

 僕ら三人はカウンターに座った。バーでは少数の客しか来店していない。僕らはカウンターの方に案内された。

 一番端に直美、その横に真白、そして僕という流れになっている。マスターは別のカウンター席に座っている男性とたわいのない話をしている。

 僕は注文したカルアミルクを飲んでいた。僕は酒があまり強くはない。父親や祖父はそれなりに飲むのだが、どうしてもビールの苦みが良く分からないし、アルコールを摂取するとすぐに気分が悪くなる。それでも、後継ぎだとそれなりのたしなみは必要だと言われ、父親から毎日のように晩酌をしているのだが、僕はビールを口に付けるだけという卑怯な行為をしている。

 真白はハイボールを飲んでいた。まだ二十歳なのに、結構飲み進んでいる。一方、直美は酒が飲めないのかコーヒーを啜るように飲んでいた。

「まあ、お前んところは、親が社長で資産家だからな。これから後を継ぐために色々と勉強もさせられるんだろ」

「まあね」

 僕の口数が少ないのを感じた彼は言った。

「……親父さんの会社に入社するのは満足なのか?」

 僕は手に持っていたカルアミルクが入ってあるジョッキーを置いた。

「いや、あんまり乗り気じゃない。オレはイラストを描くのが趣味だから」

「へえ、イラスト……。マンガみたいなものを描くのが趣味なのか?」

「ああ。本当はそういう趣味を通した仕事がしたいんだけどな」

 僕は真白を一瞥した。彼はニヤニヤと見下すように笑うかと思っていたのだが、意外にも彼は真剣な顔つきだった。

「オレは絵心がないから、ああいうものは繊細なタッチが必要だよな。そういえば、お前は通知表、美術良かったもんな」

「ああ、まあな」

 僕は照れて頭を掻いた。そういえば一回中学二年の三学期の時だった。一回真白と貰った通知表を見せあったことがある。

「お前凄いじゃん。ほとんど“5”じゃん」

「まあ、勉強してたらこんなもんだよ」

 僕は真白の通知表を見た。彼は僕とは対照的にほとんどが“1”か“2”だった。唯一“3”なのは体育だけだった。

「先公、オレだけ辛口だもんな。まあ、仕方ねえよな。あんまり登校してないんだから」

 何故に登校していないのか。そういえば僕はその事を真白には聞いたことがなかった。いや、聞けなかったんだ。聞けばこの関係が無くなってしまい、高森と同じようなことをされそうで、敢えてそこには触れなかった。

「まあ、仕方ないよ。色々あるんだから」

 僕はそう言った後に、気に障ってしまったらどうしようと思ったのだが、真白はそこに触れずに言った。

「まあな。でも、お前、5教科以外にでも成績いいじゃねえか。美術も“5”だし」

「絵を描くのが好きなんだ」

「へえ、初耳だな」

 そんなやり取りをしていた事を僕は思い出した。

「それだったらあたしをモデルにして、イラストの絵を描いてくれない?」

 真白の後ろで恥ずかしそうに笑っていた直美がはにかんだ。

「いいですよ。ただ、現実にいる人をアニメチックに描くっていうのは初めてですけど……」

「そういった物を、出版社に公募したりしなかったのか?」

 と、真白。

「一回、高校の時に試しにやってみたんだけど、一次審査は通ったみたいだけど、結果落選したよ」

「一次審査突破するって、結構な才能じゃないか。もったいない」

「いいんだよ。オレは、イラストレーターはなれるつもりはないから」

「親父さんには説得したのか?」

「説得以前に、一度オレの部屋に来て、オレのスケッチブックを見て破いたんだぜ」

 僕は高校時代に唯一の楽しみであった、スケッチブックに鉛筆を使ってアニメキャラを模写していた。

 それを、風呂を上がった時に描くのが習慣だった。本当はあんまりこの時間に描きたくはなかった。何故なら父親は昔気質の性格で、どこか二次元のアニメを蔑視してるところがある。

 だから、学校帰って夕方までは部屋の鍵を閉めてアニメを観る。本当はそこで絵を描いてもいいのだが、アニメに熱中してしまい、その後に焦って勉強をするものだから、結局、絵を描く時間が持てなかった。

 その為、風呂を上がって、尚且つ父親がまだ自宅に帰っていない、またはその後に風呂に入っている時に、コッソリと描くようにしている。

 しかし、そんな一つ屋根の下で隠れるようにする作業もすぐに分かってしまう。その光景を見たのは母親、道子だった。

 彼女はてっきり僕が風呂を上がって勉強に取り組んでいると勘違いして、サプライズとして平たい皿の上に、買ってきたイチゴケーキ一切れを持って来て、二階の階段へ上がっていた。

 軽くノックをした時には、もう遅かった。鍵もかけていなかった。

「どう、勉強はかどってる?」

 ドアを開けた彼女は僕が机の上に座っておらず、ソファに座って何かスケッチブックを持って作業していることに気づいた。

「……ん、うん」

 僕は慌ててスケッチブックを閉じて隠そうとしたのだが、母親は一気に鬼のような眉をしかめて、

「何を隠したの? 見せなさい!」

 あまりの気迫に僕は正直に渡した。

 その後に、風呂から上がった父親から勉強の話で、僕の部屋で説教した。

 最近、テストの点数も下がっていて、調子も良くなかった。彼は夜十時回っての怒号の声を浴びせた。

「お前は、こんなことをするからテストの点数もロクに取れないんだ!」

 そう言って、スケッチブックごと破り捨てた。あの時は、いろんなキャラを毎日描いていた。そろそろこのスケッチブックも全てのページが埋まると、ささやかな喜びがあったので、僕も涙をこらえるのが精一杯なほどショックだった。

 そして、更に僕が隠していたデスクトップパソコンに入れていたアニメの動画も見破られ、それを後日に削除されていた時は、本当に涙を流した。

 どうやら僕は、生まれてくる親を間違えたらしい。勉強をせかされる上に、好きなことも出来ない。そして、将来は興味のない会社の社長にならなければならないのだから。

 そんなことばかり考えていて、ロボットのように勉強に精を励んだ高校時代だった。

「そんなことをする親父さんなのか?」

 真白は我が目を疑っている。

「ああ、まあな。小野家二代目の社長で、その後に息子にバトンを渡す重い責任が、束縛というものに変わったんじゃないか」

「でもさ、ちゃんと勉強をして、親に敬意を払ったらそれでいいんじゃないの?」

 と、直美は足を組みながら、こっちを見てコーヒーを飲んでいた。黒の革のミニスカートからパンツが見えそうだったが、今はそんなことどうでもいい。

「普通の家庭はそうなのかもしれない。でもオレの家族は、親父が絶対なんだ」

「ふーん。変なの」

 そう言って、彼女はまた九十度回転させて、自分のテーブルを見た。

「こいつんとこの会社、親族も全員従業員なんだ。だから簡単にいえば生まれた時から将来が決まってるもんだ」

 真白は直美に言った。彼女は「何か面倒くさそう」と、真剣に聞いていないのか、誰にも見向きもせずに呟いた。

 僕はこれ以上、自分の家族のことを話したところで、折角のムードがしょげてしまうと思い話を変えた。

「二人って、付き合ってるんだよね?」

「ああ、そうだぜ。高校の時に出会ったんだ。直美はオレよりも一つ年上だけど、学校で話すと意気投合しちゃってさ。そん時はまだ、友達だったよな?」

「まあね。あんたのごり押しにあたしは負けたよ」

 すると、真白は笑った。

「オレたち、これから同棲しようって話になってるんだ。お前も今はきつい時期かもしれないけど、早く彼女を見つけろよ。毎日が楽しいぜ」

「そうはいっても、出会いが……」

「出会いだったら、あたしが紹介してあげようか?」

 そう言って、目を輝かせる直美。

「ダメダメ。お前のダチは訳あり多いだろう」

「まあ、そうだけど……」

「いいよ。お二人とも、そう言ってくれるだけで。オレはすぐに見つけようとは思ってないから」

 僕はそう答えた。本当にすぐに探すつもりはなかった。今は地下アイドルの推しカツで十分だった。また、あんまり手を広げると父親に何て言われるか……。

 その後も、僕は暫くこの場所にいた。しかし、酒豪の真白は何度もハイボールをお替りするので、僕もそのペースに流されてカルアミルクを何度もお替りをした。

 その為、そこにいた時間は約一時間だが、僕はいつも以上に飲んでしまい、会計を済ませるときには酔っぱらっていた。

「おい、大丈夫か?」

 階段を上り、外の空気が全体に感じた時に、真白はオレの背中部分を叩いた。

「ああ、大丈夫だ。ちょっと飲みすぎた」

「お前の家、ここからだったら電車に乗らないといけないよな。駅まで送ろうか?」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

「一人で帰れそうか?」

「ああ、帰れる」

 そう言って、僕は「今日はありがとう」と、二人に背を向けて手を上げた。

「気を付けろよ」

 真白はそう言って、「バイバーイ」と、直美の声が聞こえてきた。

 その後に、僕は駅まで歩いて向かったのだが、それからは覚えていない。とにかく自分は酔っぱらっていて、そこからの記憶がなかった。

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