第2話 学校のマドンナ:神崎葵


「……どうぞ、麦茶だけど」


 混乱していた俺は一先ず、神崎を家に上げ、冷たい麦茶を差し出した。


「ん、ありがとう」

「…………」


 お礼を言い、喉を潤す神崎を俺は無言で見つめながら、思考を必死に回転させる。


(何で学校のマドンナが俺の家に来てるんだ⁉ いや、そもそもこの場所を誰から聞いたんだ⁉ 知っているのは家族を除けば、あの馬鹿一樹ぐらいのはず……)


 ならば、一樹がこの場所を教えたのか、と一瞬考えるも、すぐにそれはないなと結論付ける。


(アイツの性格が多少歪んでいるのは否定しないが、他人に住所を教えるようなことはしない。それに教えたところでアイツにメリットがあるとは思えないしな)


 黙々と考え続けていると、机を挟み対面に座っていた神崎が話しかけてきた。


「さてと、話はどこまで聞かされた?」

「は、話?」

「……ん、その反応を見るに何も聞かされていないようだね」

「あ、あぁ、神崎がウチに来るような話は聞かされてはいないが……」


 俺がそう答えると、神崎は鞄からスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「あ、もしもし。今、お時間よろしいでしょうか? はい、予定通り、陽太君の家に到着しました」

(予定通り……?)


 電話の向こうにいる相手とのやり取りに首を傾げながら黙っていると、神崎がスマホを机に置き、スピーカーモードへと切り替えた。


『おうっ、陽太‼ 無事に会えたみたいだな‼』

「なっ、父さん⁉」


 そして、電話から聞こえてきた声に俺は思わず驚きの声を上げる。


「なんで父さんが神崎と連絡を取っているんだよ⁉ というか、神崎が俺の所に尋ねてきた理由も知っているのか⁉」

『分かった分かった、一先ず落ち着け。順番に説明するからな』


 そう父に告げられ、俺は混乱しながらも話を聞くために口を閉ざす。


『急な報告で悪いんだが―――そこにいる葵さんはお前の許嫁だ』

「へぇ~許嫁ねぇ、うんうん…………は?」


 え、今、この父親は何て言った? え、許嫁?


 あまりに突拍子もない言葉に俺は間抜けな声を漏らす。


「え、マジで?」

『マジマジ』

「……うん、いきなりの事すぎて頭がいつも以上にこんがらがっているんだが、これだけは言わせて―――」


 大きく息を吸い、腹の底から電話に向かって大声を出す。


「―――そういうことは事前に報告しとけ!!!!!!!!」



―――――――――


 それから諸々の情報を伝えられた俺はゆっくりと整理していく。


「えーっと、つまりウチと神崎の家は昔からの付き合いで、この結婚も両家合意の上で成り立っていると……いや、本人の意思を無視されているよね?」

『お前はこのままだと嫁どころか、彼女すらも作れそうになかったからな。いい機会だと思っておけ』

「……それはそれでどうかと思うが、神崎は納得しているのかよ?」


 そう言い、目の前に座る彼女の方へと視線を向けると、不思議なそうな表情でこちらを見てきた。


「納得しているに決まっている。そうじゃなかったら、そもそもここにいない」

「えぇ……」


 何で学校のマドンナが冴えない俺との結婚に納得しているのか理解できず、頭を抱えながら机に突っ伏す。


「仮とはいえ、名家に生まれたのが運の尽きか……」

『そう文句を言うな。そんだけ可愛い子が許嫁だったら、お前も嬉しいだろうに』

「それとこれとは別なんだよ。まぁいいや、他に伝え忘れたことはない?」

からないな』


 何やら含みのある言い方をする父親に眉をひそめるも、とりあえずはないようなので、俺は向こうで暮らす家族への伝言を残すと、そのまま電話を切るのだった。


「ふぅ…………」

「大丈夫?」

「あぁ……何とか、ってところだがな……」


 心配そうにかは分からないが、こちらを覗き込む神崎にスマホを返し、俺は椅子から立ち上がる。


「さてと、要件は済んだわけだし、神崎も明るい内に帰りな」

「帰らないよ」

「…………………………は?」


 玄関までは見送ろうと動いていた俺の足が止まり、ギギギと錆びた機械のように

神崎の方へと視線を移す。


「今日からここに住むことになったから、よろしく」

「なんでだよ⁉」


 表情を変えることなく告げた神崎に、俺が大声でツッコむのは当然のことだった。



―――――――――


「……………………はぁああああああああああ」

「ため息をつき過ぎると、幸せが逃げるよ?」

「誰のせいだよ‼ 誰の‼」

「……?」

「本気で分かってないような顔をするな‼」


 学校でのクールな姿とは違い、思いのほか天然っぽい姿に俺は戸惑いながらも、何とか平常心を取り戻―――


『ピンポーン』

「…………はい」

『宅配でーす‼ サインをお願いします‼』

「…………はい」


 ―――すことは出来なかった。


 配達員が持ってきたいくつもの段ボール箱。それを無言で見つめていると、横からツンツンとつつかれる。


「私一人で運びきるのは大変だから、手伝って欲しい」

「…………はいよ」


 言わずもがな、それらは神崎の私物であり、俺は最早ツッコむことなく手伝いに入るのだった。


「ねぇ、陽太の部屋はどれ?」

「ん? リビングの奥の方にある扉の向こうだが……」

「分かった。じゃあ、そこに運ぼう」

「よし、ちょっと待て」


 ムフンッ、と意気込んでそちらに向かおうとした神崎の肩を俺は掴む。


「なぜ‼ お前の荷物を‼ 俺の部屋に運ぶんだ‼」

「夫婦になるんだから、一緒の部屋にいるのは当然の事でしょ?」

「別部屋の場合もあるだろうが‼」

「確かに……けど、私は一緒がいい」


 瞳に強い意志を宿し、こちらを見つめる神崎に俺は押し負け―――


「いや、そんな真剣な顔をされも流石に部屋は分けるからな。同居はどうせ父さんに許可を取っているんだろうからいいけど」

「むぅ……思ったより手強い……」


 ―――ることはなかった。



―――――――――


「では、これより大事な会議を始める」

「えぇ……まだ何かあるのか……?」


 その後、別室―――といっても、俺の部屋の隣だが―――に荷物を運び終えた神崎はリビングにて何やら重要そうな雰囲気を漂わせる神崎に、俺は眉をひそめる。


「同居生活を送るにあたって、最も大事な事。それは―――家事割り」

「あぁ……確かに、早い内に決めておいて損はないか」


 そこまで勿体ぶるほどの内容なのかとは思ったが、決めておくこと自体には俺も賛成である。


「陽太はどの程度、家事が出来る?」

「世間一般の男子高校生よりは出来る方だと思うぞ」

「ん、なら、陽太に週の半分は任せてもいい?」

「了解だ」


 話し合いはスムーズに進み、各々が決まった曜日に家事をすることになった。ちなみに割り振りはこんな感じである。


俺 月・水・金・日

神崎 火・木・土


「じゃあ、いい時間だし、夕飯、作るね」

「おう、食材や調味料は好きに使ってくれ。俺は部屋で宿題をしてくるから、出来たら呼んでくれ」

「りょうかい」


 ビシッ、と気持ちのいい敬礼を返す神崎に苦笑しながら、俺は自分の部屋に入るのだった。


「はぁ…………」


 部屋に入った俺は机に上半身を突っ伏す。


「学校とのキャラが違い過ぎる……というか、何で下の名前なんだ⁉」


 先ほどまでは何とか落ち着いて話していたが、俺の本質は陰キャなのだ。女子、それも誰もが見惚れる美少女と話していて、冷静でいられるはずがない。

 いくら許嫁といえ、いきなり名前で呼ばれてしまえば動揺するのは当然のことだった。


「はぁ…………」


 これから同居することになったわけだが、果たして心臓が持つのだろうかと心配になった俺は何度目かのため息をつく。


「……ラノベでも読んで、時間を潰すか」


 今、この現状がまさにラノベのようだとは思いながらも、俺は現実逃避の為に手元の新作へと視線を落とすのだった。



―――――――――


 コンコンッ。


『夕飯、出来たよ』


 扉の向こうからノックの音と共に、神崎の声が聞こえてきた。


「おっ、思いのほか早く出来たみたいだな」


 扉の向こうへ「すぐ行くー」と伝えながら、椅子から立ち上がり凝り固まった身体をほぐしていく。


「少し失敗してしまった……」

「ん? 別に気にすることはないが、食べれはするんだろ?」

「勿論。ただ、少し焦げてしまったから……」

「いいよいいよ、そのくらい。料理なんて失敗と成功の繰り返しだからな」


 そう言うと、シュンとした神崎がその口元を小さく緩ませ、綺麗な笑みを浮かべながら「……ありがと」と小声で呟いた。


(ンッ⁉ やっぱり、平常心でいるのはしんどいかもな……)


 学校とは違う、年相応の笑みに俺は声にならない悲鳴を上げそうになるのを堪え、視線を料理が並んでいるであろうリビングの机へと移し―――


「……へっ⁉」


 ―――その視界に『あるモノ』が映った瞬間、俺は素っ頓狂な声を上げた。


 俺の視界に映ったソレは―――


「ちょっと焦げたけど、成功」

「どこが『ちょっと』だ⁉ 真っ黒じゃねぇか‼」


 ―――真っ黒に焦げた料理だった。



―――――――――



実は料理出来ないって、あるあるだけどいいですよね~


ギャップも相まって、作者は大好きです‼



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