初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん

第1話

「ユアン・ルソー様、わたくしメイリフローラ・クラークは貴方様をお慕いしております。わたくしと結婚していただけませんか?」


メイリフローラはユアンの前に跪き、煌めく金髪をそよ風に揺らし美しい碧眼で見上げ、求婚の言葉を口にした。

見上げたユアンの表情は、いつもと違う彼女の様子に驚いたように目を見開いたものの、いつもと変わらず困ったように微笑むだけだった。




互いの母親が友人という事で、メイリフローラとユアンは幼馴染だ。

お互い伯爵位ということもあり交流も頻繁で、メイリフローラは六歳の時に初めて会った二歳年上のユアンに一目惚れ。

ユアンは茶色い髪に橙色の瞳。美形という訳ではないが、整った顔立ちをしている。

いつも穏やかで優し気で、傍にいればほっとさせてくれるような、そんな落ち着いた雰囲気を持っていた。

メイリフローラにとって、ユアンの全てが好みど真ん中だった。



そして、会う度に「結婚して!」と挨拶の様に叫び纏わりつくのが恒例となっていた。

その度にユアンは困ったように笑い「メイには僕みたいな冴えない人より、もっと素敵な人がお似合いだよ」と、やんわりと断られるのも恒例となっていた。

ユアンや周りの人達は、子供特有の憧れからくる熱病の様な気持ちだろうと思っていたが、メイリフローラの気持ちは本物だった。

だから、彼にふさわしい落ち着いた女性になろうと色々頑張った。だけれど、好きな人を前にすれば感情が先に出てしまい、いつもと変わらず「結婚して」と迫ってしまうのだ。


あれから十年。十六歳で成人とされるこの国。

メイリフローラは決心した。成人を機に、気持ちを決めようと。

これまでの様に挨拶の様な求婚ではなく、真剣さを前面にだし求婚しようと。

そして、断られたらきっぱり諦めようと。


十年だ。十年間、ずっと求婚の言葉を口にしていた。

その所為か、真剣に考えてもらえないところもあり、どこか慣れの様な雰囲気も出てきていた。

メイリフローラはとても真剣で、断られるたびに傷ついていたというのに。

手応えも何もない、ユアンの態度。

もうそろそろ、周りをちゃんと見たほうがいいのかもしれないな・・・と、思うようになってきた。

そう思うようになったきっかけの一つが、友人達の婚約や結婚。

そこには家同士の政略的なものも多かったが概ね仲良く、婚約してから恋人の様に思いを交わしている友人が多かったのだ。

それはとても羨ましく、とても憧れていたもの。

恐らく自分も家族に頼めば、ユアンの家へと婚約を申し込んでくれるだろう。


でも・・・それじゃあ、今と変わらないのよね・・・

私は彼に私を見て欲しいのよ。・・・・・そう考えるのは贅沢なのかしら・・・


メイリフローラはユアンと、愛し愛されたかっただけ。

だから今日はいつもと違い、大人っぽい落ち着いたデザインのドレスを。

髪型もいつもはポニーテールで活発なイメージだったが、それを卒業。ハーフアップにし、シンプルにリボンのみで纏める。

お化粧も濃くならない程度にしっかりとし、子供っぽいイメージを払拭。

つまりは全て勝負の為の装い。


いつもは先ぶれもなくユアンの許を訪れていた。

いつもは無邪気を装い抱き着いていた。

いつもは「好き」を連発していた。


それらを封印し、先触れを出し淑女の様にユアンと対面。

貴族令嬢らしくカーテシーをし、静々と席につく。

いつもと違う彼女にユアンは戸惑っているようだが、普段から突拍子のない事をするメイリフローラ。すぐにいつもと同じ温和な笑みを浮かべた。

淑やかにお茶を飲み、指先まで神経をとがらせ、もう子供ではないのだと、成人したのだとユアンに見てほしかった。


そして冒頭の求婚劇。


ユアンからの返事はいつもと同じ「僕よりももっと素敵な人がお似合いだよ」と笑う。

いつもと変わらぬ答えに、落胆した表情を貴族令嬢の笑みで隠し「そうですか」とかろうじて返し立ち上がった。

「これまで長い間ご迷惑御おかけし、申し訳ありませんでした」

いつもであれば駄々をこねる様にユアンに「どうして?」と絡んでいくのだが、あっさりと引き下がる。

「今後はこのような事はありませんので、ご安心ください」

予想してたとはいえ、やはり求婚を断られると胸がギュッと締め付けられるように痛く、そして鼻の奥がツンとし始め涙が零れそうになる。

今日は無様な姿を見せたくなかった。綺麗にこの場を去りたかった。

「大変お騒がせしました。それでは私はこれで失礼します」

優雅に挨拶をした後は、早足になりそうなのを堪え、ユアンが名を呼ぶのを背に聞きながら振り向くことなく、メイリフローラは馬車へと乗り込んだのだった。




馬車の中には、メイリフローラ専属のメイドでもあるケリーが心配そうな面持ちで待っていた。

幼い頃からメイリフローラに付き添い、愛称呼びを許されるほど信頼され、姉の様に慕われている。そんな彼女は、本当は主について行きたかったが一人で行くと言われ、馬車の中でソワソワしていたり、周りをウロウロ忙しなく動いてみたりと、落ち着きなく主の帰りを待っていたのだ。


「メイ様、大丈夫ですか?」

馬車に乗り込んだとたん、まるで溶けたクリームのように座席に倒れ込んだ主をみて、ケリーはダメだったのだな・・・と覚り、痛ましそうに手を握った。


ケリーはずっと見てきた。メイリフローラがユアンを想い、泣いたり笑ったりする姿を。ずっと、ずっと。

だから今日に対する決意も、誰よりもわかっていた。


お嬢様の、どこが気に入らないと言うのだろうか・・・・


正直、ケリーはユアンにはあまり良い感情を持っていない。メイリフローラの気持ちをまともに受け取ろうとしない、愚かな男と認識している。

だからこそメイリフローラには無礼を承知で苦言を呈した事もあった。

諦めたほうがいい、と。

だが、主でもある彼女に「それができたらこんなに苦しまないわ」と切なそうに言われてしまえば何も言えなくなる。

だから、周りが何と言おうと最後まで彼女の味方でいる事を決意したのだ。

そんな彼女がある日、まるで戦にでも行くような形相でケリーに宣言した。


「成人したらユアン様に求婚する!ダメだったらきっぱり諦める!」


喜ばしい宣言ではあったが、本当に大丈夫なのかとケリーは何度も確認した。十年もの想いに区切りをつける事ができるのかと。


「実際は、その時になってみないとわからないわ。この想いに区切りをつける事に時間がかかるかもしれないし、案外あっさりと割り切れるかもしれないし・・・・って、何で振られる事前提なのよ!!」


そう叫びながら笑ってはいたが、多分、彼女が一番わかっていたのだろうとケリーは胸を痛めた事を思い出す。

結果は、想像通りだった。


お嬢様は、気持ちに区切りをつけるタイミングが欲しかったのかもしれない・・・


座席に倒れ込んだままのメイリフローラを心配そうにケリーは見守る。

正直な所、大泣きするのではと予想していたが、その予想に反してメイリフローラは魂が抜けたような表情で横たわっている。

「大丈夫ですか?お嬢様・・・・」

「・・・・うん・・・・ここに来るまでに・・・涙出そうになったけど・・・堪えたら、出なくなっちゃった・・・・」

「・・・・そうですか」

「意外と・・・こんなものかって・・・・」

「・・・・はい」

「今日よりも、この十年間の方が、とても・・・悲しかった気がする」

抑揚のない声で、淡々と語るメイリフローラに、ケリーの方がたまらなくなり涙目になってきた。

「なんかね・・・・体の中が空っぽになってしまったような、そんな感じ、かな・・・」

涙を流せない主に変わり、ケリーは静かに涙を流した。






ユアンに振られ、十日ほどが経った。

引きこもり生活を送る可愛い娘に伯爵夫妻は、ただ静かに見守るしかない。


未だに体がからっぽになってしまったような感じで力が出なくて、それだけ自分の中身はユアンで埋め尽くされていたのかと、思わず笑ってしまう。

でも、振られたあの日に比べれば徐々に気力も持ち直してきている。


「なんか、私って冷たい女なのかしら?」

泣き暮らすわけでもなく、淡々と生活している自分が不思議でケリーに問うが、ケリーは当然のようにそれを否定してくれた。

「そんな訳ありませんでしょう。メイ様は十年間泣いてきたのですよ。先日仰っていた通り、この十年の方があの一日よりも苦しくて悲しかっただけなのです」

「そっか・・・・、うん、そうだね。告白するたびに振られて・・・その度に泣いて・・・―――私って馬鹿だったのかなぁ」

この十年間、同じ事の繰り返しだった。振られても振られても、次は次こそは応えてくれるのかもと期待していた。

今冷静に考えれば、その可能性はほぼゼロだったのだとわかるが、その時は、ただただユアンが好きで周りを見ようとしていなかった。

「私、十年もの間迷惑かけてたんだろうなぁ・・・・」

「迷惑だなんて!本当に迷惑であれば、もっときつい言葉で拒絶していたはずです。ユアン様が自分可愛さに優柔不断だっただけですわ!」

「優柔不断って・・・・」

「やんわりと拒絶していたつもりなのでしょうが、あれは単に自分が悪者になりたくないだけで、自己保身です。メイ様を想うのであれば、きっちり拒絶していただいた方が良かったのです。そうすれば、十年もの間泣き続けなくてもよかったのですから!」


確かに、ケリーの言い分も正しい・・・と、メイリフローラは頷いた。

多分、少し前の自分では理解できなかったかもしれないが、今となればものすごく理解できる。

自分の頭の中がお花畑だった事は否めないが、あの断り方だと馬鹿だった自分は次があるかもと思ってしまう。


だって、はっきりと好みではない、一人の女性としては見れないって言われてないもの・・・・


「そうね・・・それに気づけなかった私も馬鹿だけど、この十年・・・・無駄だったと、思いたくはないわ・・・・」

だって、本当に好きだったから・・・・


「何を仰るのですか!この十年は無駄ではありませんわ。だってメイ様は本気でユアン様にぶつかって行ったではありませんか。今冷静に過去を振り返れるのも、それだけ成長したという事。恋は人を愚かにもしますが、成長もさせてくれるのですよ」

ケリーの言葉にメイリフローラは小さく頷いた。

メイリフローラも、あの十年を無駄だと思いたくなかった。あの十年を否定するという事は、自分自身を否定するような気もしたからだ。

ただ、好きで好きで追いかけていた十年。

その終わりはとても呆気なかったが、これでよかったのだとほっとしている自分もどこかにいる。

きっと自分でも結末はわかっていて、後はどこで踏ん切りをつけるか・・・タイミングを待っていたのかもしれない。

だからなのだろうか。抜け殻のようになるほどショックは受けたのに、大泣きするわけでもなくただ引きこもっている。

それも、十日も経てばこれまでの生活に戻りつつあるのだから、人間は意外に打たれ強い生き物なのだなと変に感心してしまう。


引きこもり生活もそろそろ飽きてもきている自分に、思わず笑いそうになってしまった。

「ねぇ、ケリー」

「はい、なんでしょう」

「今日は天気がいいわね。庭を散歩したいわ」

「っ!はい!少し日差しも強いので、お帽子をお持ちしますね!」

ケリーは嬉しそうに使用人達に指示を飛ばしていた。

その姿に、空っぽだった体に温かなものが溜まっていくのを感じ、「あぁ、私は大丈夫」と思った瞬間、胸の中にストンと何かが納まった気がして気持ちが穏やかになっていく。


これって、きっとケリー達使用人やお父様お母様、お兄様が見守ってくれた思いや、心配してお手紙をくれたお友達の温かさにやっと気付けたからなのね。

本当に皆には心配をかけてしまったわ・・・・


皆の優しさを感じ感謝したその日を境に、メイリフローラは呪縛から解き放たれたような晴れ晴れとした表情で日々の生活を過ごすのだった。




メイリフローラが普段の生活に戻ってひと月もした頃、兄でもあるレクターが友人を連れて来た。

レクターもメイリフローラと同じ金髪碧眼の美しい容姿をしているが、連れて来た友人はそれ以上に美しく世間の噂に疎い彼女ですら知るほどの有名人だった。


巷では「氷の騎士」と呼ばれている、レイモンド・グリーン。

サラサラと流れる黒髪。切れ長で少し冷たそうに見えるアイスブルーの瞳。鼻筋はスッと通っており、少し薄めの唇はいつも真一文字に結ばれている。

愛想がなく、その美しい容姿に群がる令嬢達を睨み一つで蹴散らすその様子から「氷の騎士」と呼ばれていた。侯爵令息でありながら騎士団に所属しているので、あながちその名も嘘ではない。

そんな有名人と兄が友人だったとは、妹でもあるメイリフローラは全く知らなかった。


「メイ、紹介するよ。騎士団に所属するレイモンド・グリーンだ」

レクターに紹介され、レイモンドはふわりと表情を緩めた。

「氷の騎士」として有名で無表情が通常装備と言われているのに、目の前の彼は優し気に微笑んでいる。

その事実に驚きはしたが、レイモンドとは初対面のメイリフローラ。


噂は所詮噂なのねと、妙に納得し微笑みを返した。


「レイモンド・グリーンです。お会いできて光栄です」

「兄がいつもお世話になっております。メイリフローラと申します。私もお会いできて光栄です」

ふんわりと微笑むメイリフローラにレイモンドは、はやる気持ちをぐっと堪えつつも、緩む口元を押さえる事が出来なかった。




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