第45話 テスの冒険、出立




「うわ〜! あれが馬車ですね、部屋の窓からいつも見ていました〜」


ライスムール聖王国の聖都バルジを出たテスは、まるで町に初めて来た子供の様に、目に付くもの全てに興味を示していた。


3歳の時から言霊の部屋に幽閉されていたのだ、それも無理からぬ事だろう。そんな喜ぶテスを微笑ましく見るのは護衛のジーナ.アインザック。



「フフフッよし、次の町までは馬車で移動しようか」


「はい!」


護衛兼お供のジーナがそう提案すると、テスも嬉しそうに頭を下げて了承する。王宮で初めて会ったとは思えない程に2人の相性は良さそうだ。


そんな2人から少し離れた場所を歩くもう1人のお供が、何とも気怠そうに2人を見る。



「…… 」


リサノサ.ノッサンバー.ダハラ。教会側から護衛兼見張りとして彼女のお供を任命されたもう1人のお供だ。


彼女の中にはなんで私がという疑念はあるが、彼女には教会から命ぜられたある使命がある。


それはかの者を秘密裏に連れ戻せ。もしくは教会に害ありと判断した際は抹殺せよだ。


教会にとって予言の姫巫女という存在はそれだけ重要でありアキレス腱でもあるのだ。



「…… ( ラハブ枢機卿は仰られた、「言霊の部屋から出た事で、あの者の心には邪念が宿る可能性がある。可能ならば巫女を連れ戻せ、もしくはかの者が邪に堕ちる前に抹殺せよ」私が受けた命は重大だ。何としても遂行しなくてはならない!)


もとより信心深い彼女を誘導するのは容易い。更に権力欲も強いとくれば尚更だ。


決意の眼差しでテスを見るダハラ、それと共にその隣に居る邪魔な女も目に入る。


近衛騎士団随一の実力者で有り、聖王国でナンバー2の実力者。ダハラが一方的にライバル心を燃やす相手だ。



それは聖王国随一と名高い近衛騎士団と、ダハラ達神殿騎士団との合同訓練のおりだった。


合同訓練の最後に行われた1対1の練習試合、双方から最強の騎士同士の試合という事で盛り上がったのだが、そこで初めてジーナと戦ったダハラは完膚なきまでに彼女に負けている。


神殿騎士団の中では彼女に敵う相手は居なかった。そのため自信満々で臨んだ試合だったのだが、彼女には勝ちの糸口すら見つけられなかった……


プライドが高く、選民意識の高いダハラ。自身が負けたジーナが騎士伯出だという事にも憤慨した。



「…… (ジーナ.アインザック、あの時の借りは必ず返して貰う!)


そんなダハラの視線に気付いているが敢えて相手にしないジーナ。


彼女の任務はテスの護衛、敬愛する女王閣下から申せ使った特別な任務なのだ。それ以前にこの旅いかんによっては、世界の情勢を左右する事になるとも聞いている。


テスに危害を加えようとする者には容赦なくその剣を向けよう、そして容赦なく斬り捨てる。



(…… 教会の犬が良からぬ企みを図っている様だが、付いて来る事に意見は無い。だがテスに危害を加え様というのならタダではおかん)



銀装の魔剣士ジーナ。彼女が持つ魔剣''ファルサ.コブレ"は謂わゆるインテリジェンスウェポンで、持ち主の意思と呼応してその型を自在に変える英雄級のチート武器だ。


銀色の刀身が彼女の思い通りに伸び曲がり、ジーナの聖王国No.2と云われる力量と合わさって、無双の剣技となる。


それと共に"電光石火''という動きに高速のブーストが付く高位のスキルの持ち主でも有るジーナ。


かつて冒険者のSランク目前と云われる彼女だが、過去に一度だけ負けている。


だがそれでも彼女の存在は、近隣諸国がこのライスムールに手出しが出来ない要因の一つでもあるのだ。


それだけの力を有しながら人の痛みが分かり、決して信念を曲げない。そんな彼女だからテスの護衛に選ばれた。



因みに女王のユリアナはある武器の存在と女神の加護で、聖王国でNo.1の剣の実力者だ。そう彼女が唯一負けた相手が女王ユリアナなのだ。


女王にして列国1の剣士でも有るユリアナ。


実はジーナも負けた後に何度か彼女に挑んでいるのだが、「公式での負けは最初の一戦のみ。それ以外はただの模擬戦だ」と数度の負けを無かった事にされている。


のちにジーナは、近衛騎士団に入団し女王に永続の忠誠を誓っている。そのためジーナは国を空ける事に躊躇は無い。



彼女達はテスの願いを叶えようと、一件の馬車屋に入って行く。


旅の資金は王宮と教会の両方から出ているため問題は無い。当初は教会から紋章入りの馬車の貸し出しの話もあった。


だがどちらかに偏るのは好ましく無いとの女王の言により、人材と資金の提供だけで旅立つ事になったのだ。


馬車は5人乗りの幌馬車を買う事にした。雨や野宿の際にその方が役立つからだ。そして一行は国境の町ブリスターを目指して進む事に。



「ジーナしゃん、とってもおいひいです!」


テスはここに来る道すがらに買った串焼きを両手に持ち、美味しそうにほおばり食べている。



「フフフッ、そんなに慌てて食べなくとも串焼きは逃げはせんぞ」


「ふぁい」


言霊の部屋にいる時は朝と晩に一度ずつのパンと、味の薄い野菜スープしか食べていなかったテス。初めて口にする食べ物に興味が止まらない。



「この様な味の濃い不純物を巫女に与えるなんて……」


ダハラが肉の串焼きを食べるテスを見てボソっと呟く。


これまで不純とされる肉や味の濃い物、甘い物は、巫女としての力が穢れると徹底的に避けられてきた。


実際にはその様な事は無いのだが、長年に渡る教会での姫巫女の幽閉が、教会関係者の心を捻じ曲げその様に教えが変わっていったのだろう。



「ほう、これが不純物と云うのか。ならば信心深いダハラ殿も控えねばなりませぬなあ」


ジーナがダハラの手に持たれた串焼きを見ながら言う。



「うっ…… 」


実は前々から屋台で売られている串焼きに興味があった彼女、実際にその背徳な美味しさに舌鼓を打っていた。



「ま、まあ、たまにはこの様な物もいいのではないかな…… 」


「フフッ、そう云う事にしておこう」


そんなこんなで聖都を出た3人。テスの出立を祝うかの様に空を羽ばたき舞う鳥達、そして空はどこまでも澄み渡っている。 



「綺麗…… 」


だだの空の景色がこんなにも美しいなんて、あの部屋に閉じ込められていた時には分からなかった。



「これからは幾らでも見られる様になる。そして沢山の思い出を作るのだ」


「はい」


そしてテスの冒険は始まった。

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