第30話 ネクロマンサー1
ニャトラン達に持たせた魔導具の形跡を追って来て見れば、見覚えのある草原が見えて来る。
「……魔導具からの信号がバットス平原に有るなんて、まさかあの駄猫…… 」
10分前の事も忘れる程にニャトランはバカだ。それを能天気とも言うが、全くもって厄介な話しだ。スキルが有るとはいえ、アレだけの数の骸骨軍団に囲まれてはタダでは済まないだろう。
「タマさんも居るし大丈夫だと思うけど…… 仕方ない行くか…… 」
バットス平原に向かうにあたり僕は魔導具の見直しを行う。
相手は生と意思を持たない骸骨軍団だ、ニャトラン達を探しやすい様に対生物探知の"ディテクション''と、闇と呪いを弾く"カーズ.リジェクト''。
5メートルの範囲で時間を遅くして、自分だけの時間を早める"タイム.ゾーン''の魔導具を装備しておく。
最後のタイムゾーンの魔導具の有効時間は10秒程だが、いざという時の切り札として使う予定だ。
後はいくら動いても疲れる事のない"タフネスリング"と、1.5倍に運動能力が上がる“ブーストリングの2つの指輪を装備した。
この世界に来た時に痛感したスタミナの無さ、それ等を補う為の装備だ。
ブーストリングは5段階まで段階があり、2ndで2倍、3rdで3倍、4thで5倍、5thで8倍と段階が上がっていく。
そのズバ抜けた能力の分リスクも高く、丸一日運動したのと同じ負荷が体にかかるのだそうだ。使用後は酷い筋肉痛になる。
お祖父ちゃんが言うには、いきなり段階の高い指輪を着けても体が保たず壊れてしまうため、初心者は1stから始めろとの事。
この1.5倍の1stでも明らかに体の動きが違う。この指輪は体の鍛錬にも成る為、これからは常時着けておく事にした。
まったく魔導具を着けるだけで百戦錬磨の戦士並の力を得られるなんて、本当に凄いことだよ。
それでも肉体的な限界はある。その所を見極めて体に負担がかからない様にしなくちゃね。
「…… さて、行きますか」
そして覚悟を決めた僕は、バットス平原と此方との境界線のレーヌ川を渡った。
魔導具の導きは草原の中央に有る。このバットス平原はとにかく広い草原で、どうやらこの世界に来た時は、草原の隅の方を歩いていただけだった様だ。
草原に入ってどのくらい歩いただろうか、魔導具のおかげでこの世界に来た時と違い、まるで疲れは無い。
時間的にもまだ骸骨軍団が彷徨う時間帯ではない。
そんな僕の視界に花々に囲まれた小高い丘と小屋が見えて来た。そしてニャトラン達の反応もあの小屋の中からだ。
「……」
夜になると骸骨軍団が彷徨い歩くこのバットス平原で、明らかに違和感の有る小屋。
(まったく、あの駄猫め…… )
そんな覚悟を決めた僕が小屋に近くと、僕を待っていた様に小屋の扉が開き、中から人の良さそうな壮年の男性が出て来たのだ。
センター分けの黒髪にまん丸の黒縁メガネ。常に笑顔を称えた顔は慈愛に満ち溢れている。どこからどう見ても悪人には見えない、そんな人物だ。
「やあ魔道士君、君の友達達はこの中に居るよ。
さあ君も遠慮せず上がってくれ」
そんなフレンドリーな彼に対して僕は咄嗟に警戒体制をとる。
何故なら僕の持つ"ディテクション''が反応しなかったのだ。それと共に"エイビス''がけたたましく反応している。
色濃い闇の気配、生者の反応が無い、間違いなく彼は生きた人間では無いだろう……
この感覚は僕がバットス草原を去る際に見た、漆黒の骸骨の化け物と強弱は有るが似た様な感覚だ。
「…… 」
ジャッジの魔導具が無いため悪意の有無は分からないが、彼が闇由来の何かだと言う事は分かった。
それにここに来る前から僕の事を知っている様な素振り。彼からは闇の気配は感じるが、呪いなど何らかの攻撃をコチラが受けた形跡はない。
「そう警戒しないでくれ。久しぶりのお客様なんだ、君達に害を与えるつもりはないよ」
何故だろう、彼の言葉に嘘は感じられない。それどころか長年の友人に接する様な親しみさえ感じる。
「紹介がまだだったね、私の名前はアレハンドロ.セブランスキー。アレスと呼んでくれたら幸いかな」
彼に釣られて僕は小屋の中に入る事にした。
警戒していない訳ではないが、ニャトラン達の反応が小屋の中から感じるため仕方なくだ。
それにどのみち小屋の中に入るのなら、歓迎されての方がいい。
小屋の中は生活感を感じる程に必需品が揃っており、綺麗に掃除されている。
壁には彼が描いたのか、4人の女性の絵が飾られており、個性豊かで慈愛のこもった作品からは、モデルと思われる女性達への深い愛情が伺える。
絵のモデルの中に1人ニャトランとは違い、人に近い猫タイプの獣人が居り、ニャトラン達が歓迎された理由が何となく分かった。
「ああ、彼女はレイラと云ってね、猫の獣人らしく自由奔放な女性だったんだ」
「……」
僕の目線から洞察したのか、何とも懐かしそうに猫獣人の事をアレスが話す。
「君の友達達を見ていたら、彼女の事を思い出してしまってね…… 」
その肝心のニャトラン達はご飯をご馳走になったのか、居間の床に寝転がり寝イビキを立てている。
「…… (まったくこの駄猫は…… )
「猫はいいよね、自由で朗らかで……」
慈愛溢れる目で寝転がるニャトラン達を見るアレス。
「さあ、お茶を用意したから君も座ってくれ。いろいろと話がしたいんだ」
彼の言葉通り2人用のダイニングテーブルにはお茶が注がれたティーカップが置かれている。
毒などが入れられている気配はなさそうだが……
「大丈夫だよ、毒なんて入っていないから安心して」
どうやら僕の考えなぞ彼にはお見通しの様子。
「…… じ、じゃあ頂きます」
警戒しつつも席に座るとティーカップを手に取る。中身は普通の紅茶で、味は予想以上に美味しい物だった。
「…… ん! 美味しい……」
「ふふふっ、どうやら気に入ってもらえた様だね。この紅茶はスーザンの好物でね、昔よく私に淹れてくれたんだ…… 」
彼は緑の髪の素敵な女性の絵を見ると、悲しみが籠った目で懐かしそうに話す。
「…… 彼女は私の幼馴染でね、私は2度も彼女を死なせてしまったんだ。1度目の死は私が16歳の時、帝国との戦争に巻き込まれて…… そして2度目は…… 」
そして彼は悲しみに満ちた視線を僕に向けると、唐突に自身の過去の話を始めた。
ーーーーー
今から80年前の私は、かつて有ったパール王国という小国に在った。
このパール王国は、ラウム帝国とアーリアナ王国の2大大国の間にあるため、戦略的にもとても重要な国だった。
小国だがやり手の国王様はラウム、アーリアナ両大国と国交を結び、絶対中立の立場をとっていた。
あれだけの大国に挟まれながら国王はよくやっていたと思う。そんな国で私は、ゼブランスキー男爵家の長男として暮らしていた。
ゼフラという小さな町で時に優しく、時に厳しく、私を男爵家跡取りとして恥ずかしくない様に育ててくれた両親。
私には生来よりネクロマンサーという忌み嫌われる、死者を蘇らせ操れる冒涜のスキルが有った。
そのスキルの事を両親も知っている。
その事を知った上で「どんなスキルを持って居ようとも、お前は私達の息子だ。それはどんな事が起きようとも変わり様のない事実だ」それが両親の私とスキルに対する思いだ。
私は両親の無償の愛に応えるため、このスキルを使わないと心に誓った。
小国のこれまた小さな領での生活だったが、あの頃の生活はとても充実したものだった。
男勝りな幼馴染のスーザンとは良くチャンバラごっこをして遊んだ。そして共に時を過ごし、共に成長していった。
本当に、本当に素晴らしい日々だった……
そんな私がスーザンと結婚したのは16歳の成人を迎えた時。
幼い頃から共に育ったスーザンは、ラウーム準男爵アーオウム家の長女で、彼女の父親が父の騎士団の団長を勤めていた事で彼女と出会う事が出来た。
そして結婚式のあの夜、私達は初めて身も心も結ばれ合ったのだ。
星が降り注ぐ様な綺麗な夜だった。
小高い丘の上、そこに有る小さな小屋には動物の餌になる藁が積まれていてね、小さい頃から彼女と共にこの小屋でよく遊んでいたんだ。
彼女と共にむず痒い藁の上で世を明かしたのは良い思い出。
「アレス…… 私、幸せよ……」
泣きながら彼女が言った言葉を今でもはっきりと覚えている。
だがそんな幸せの絶頂だった私達に、悲劇が舞い降りたのは突然だった。ラウム神聖帝国とアーリアナ王国の間で戦が始まったのだ。
それまで仲は良くなくとも争いだけは避けていた両大国だったが、戦の切っ掛けはほんの些細な事だった。
事の発端は両国間にある川で、王国の者が境界線を超えて釣りをしていた。たったそれだけの理由で何千人もの犠牲者を生み出す戦が始まるのだ。
戦を始める為の大義名分には弱いと思う、だが戦を好む愚か者達にとっては好気以外の何物でもない。
そうなると必然的に重要戦略地で有るパール王国が狙われる事になる。国王様の長年の努力も水の泡だ。
それからパール王国が帝国に攻め入られたのは3日後の事だった。
私は父や騎士団と共に、国を守る為の戦いに赴く事になった。彼女と離れ離れに成るのは嫌だったけど、国を守らなくては彼女を守る事も出来ない。
「…… じゃあ行って来る」
「ご無事のご帰還をお祈りしています」
必ず生きて戻ると誓い、彼女と分かれのキスをした。だがそれが、生きた彼女と交わした最後のキスだった……
後ろ髪が引かれる様な行軍だったが、スーザンの事を思うとそれも苦にはならなかった。
私達パール王国は勇敢に戦った。
総勢1万2千のパール王国決死軍は、何とか帝国軍の総指揮官の一歩手前まで迫ったのだが、それでも数や質で優る帝国の兵には敵わなかった……
父と騎士団長が私を命懸けで逃がしてくれた。私も傷を負いながらも、故郷を目指して馬を走らせた。
三日三晩寝ずに走り続けてくれた愛馬のロシも力尽き、最後の力を振り絞って故郷に辿り着いた私が見たのは、虐殺され至る所に吊るされたゼフラの町の人々だったのだ。
火の手が上がる町の至る所に吊り下げられた私の故郷の人々。その1人1人に思い出があり、私の掛け替えのない護るべき人々だ。
私はフラフラと町を彷徨いながら彼女を探した……
そして私の最愛の人は、町の皆と同じ様に、焼け落ちた家屋の一つに吊るされていた。
酷い暴行を受けたのか服は剥ぎ取られており、焼け爛れた体の至る所に殴られたアザが見えた。
「…… ア……ア…… ワアアアアアアアアア〜〜ン!!」
気がつくと私は彼女の骸の足にしがみ付き、子供の様泣き叫んでいた。
どのくらいそうしていたのか分からない、だが彼女が死んでしまったという事だけは何となくだが分かっていた。
それからどれ位の時間が経っただろう、どうやら私は気を失っていた様で、目を覚ますといつの間にか私はあの小屋の中に居た。
そんな私の隣には酷く焼け爛れた彼女の亡骸がある。記憶は無いが私が小屋まで運んだのだろうか。
彼女からは腐り始めているのか、酷く嫌な匂いがした。そんな事も気にせず私は、彼女の隣に横になるとそのまま静かに目を閉じた。
辺りからりんりんと何かの虫の亡き音が聞こえる。私が負ったキズは浅い、このまま手当をしなくとも死ぬ事はないだろう。
三日三晩の間寝ずに過ごした疲れは残っていたが、そんな事も気にならぬ程に私は絶望に支配されていた。
このまま生きて何に成るのか。守りたい大切な人達は皆死んでしまったのだ……
このままここで横になっていれば死ねるだろうか?
彼女達の元へ行けるだろうか?
「…… 」
彼女を見れば腐り始めたその体に虫が集り始めている。生前の美しかった姿とは違い、酷く醜い姿だ……
彼女をこのままにして置く訳にはいかない。
そう、彼女をこのまま死なせたままに何て出来る筈がない。
私のネクロマンサーの能力の一つに死者の保存という物がある。この能力は"時空の棺''と呼ばれる、時間が止まった空間に死体を保存する事ができる能力だ。
一度に一体しか納められないが問題はない。
そして私は吊るされた町の人々を埋葬すると、自身の持つスキルの力を知る為の旅路に出たのだ。
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