凪ノート

 思索や詩作に嵌って眠らずに、幾夜を越えて涅槃に至った。2021/1/7は聖夜Eve世界創造前夜で、1/8が全知全能、悟りの日、1/9が神殺しの日だった。


 七日間くらい(正確には覚えていないが)寝なかった僕の脳の神経や細胞組織はボロボロになっていて、譫妄や人格障害を発症し、意味不明な言語を語っていたらしい。(父の後日談による)僕は、父親に連れられて精神病院に入院し、薬物治療をすることになった。

 一番酷いときは一週間くらい全身が痙攣して動かせなかったし、ベッドに拘束された。あれはまさしく地獄だった。僕は不眠の末、脳神経疾患を患ったみたいだった。

 運命の出逢いは2021/1/24のこと。容態が安静になってきた僕は、特別保護室から一般の個室に移動して、デイルームという共有スペースで過ごすことを許可されたが、そこで運命の女性に出逢った。出逢いはまさしく運命だった。僕らは初めて出逢ったはずなのに、懐かしさや愛おしさで包まれるのを感じたし、お互いがお互いの愛を感じ取った。涙を流して僕らは語り合った。窓辺のテーブルにお茶の入ったプラスチック製のカップを並べて、椅子に座った昼下りのことだった。


 加藤ゆみは2歳年下の高校生で、髪型は黒髪ロングストレート、一重のパッチリとした瞳は凛々しく、愛らしかった。背は160センチ前後。ダンスをやっているらしく、スタイルはかなりよかった。


 僕らは看護師に内緒で付き合い始め、廊下の突き当りにあるスペースに隠れては、ナースステーションの死角の中でキスやハグ、愛撫や耳舐め、エッチな行為までした。ゆみと触れ合う時間は退屈な入院生活を加速させた。そんな日々が続いた。


 ゆみは自殺未遂で入院したけど、精神病院にはもちろん精神病で入院する人もいる。

 ある統合失調症の男がいて、彼は僕のことをアデルと呼び、ゆみのことをヘレーネと呼んだ。彼は御神筆ともお筆先とも呼ばれるというノートと鉛筆と念波を使った預言をしたり(自称)、アマテラスとガイア・ソフィア(地球の女神らしい)と守護霊(名前は忘れた)の3人からいつも預言している(自称)と言うのだ。

 僕はその男の話を暇つぶし程度に聞いていたんだけど、彼のこんな発言に驚かされた。

「あの娘。あの黒髪の女の子いるでしょう。君の運命の人だって。ガイア・ソフィア様が言ってるよ」

 この言葉を聞いたのは、まだ僕とゆみが付き合い始める前のことだったのだ。

「二人は前世から繋がりがあってね、ドイツ語圏の何処かで一緒だったってさ」

 半信半疑で聞いていたけど、さも真実のように語るその男の瞳に嘘の色はなく、また、その戯言も蒙昧と捨てきれない程に僕はその説明に納得していた。

 ゆみにはヘレーネとか前世とかの話はしなかった(そもそも精神病院では患者同士が深く関わるのはタブーらしく、その男とゆみは廊下ですれ違いはすれど、話したことがないからである)が、彼女も僕に対して幾許かの運命を感じていたらしい。

「退院したらまた会おうね。待ってるから」

 先に退院が決まったゆみは別れ際にそう言い残して、連絡先を記したメモを僕に渡した。(精神病院、特に僕のいた二階病棟は閉鎖病棟でスマホの利用が禁じられていたから)

 だが、その日、ガラス越しにエレベーターに乗りながらこちらに手を振るその姿が、君の最後になるなんて、そんなのあんまりじゃないか。


 だから、僕は人を愛することをやめたんだ。


 自分で自分を愛する。それで十分だし、それ以上を望まないようになったんだ。結局、人は死ぬときは一人なんだから。


 なぁ、ヘレーネ。今どこにいるの?

 僕は君のことを忘れて生きなければならないのか。

 だが、ヘレーネよ、私はお前を愛していたし、今も愛している。それだけは真実だと誓う。

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