危機


「で、どうする? 警察のせいで動きにくくなってるんだけどさ」


 林の管理小屋。ジメジメとした、この小屋に俺達は戻って来た。


「まずは、あいつらの目的が分かったし、夜さんに情報を共有しよう」


「その前にさ、一つ伝えておきたいの……」


「何?」


 切り出した、香織は、どこか焦っているようだった。


「夜さんと、まだ連絡がつかないの」


 それは、想定してた事。でも、どこか嫌な予感がする……。


「夜さんに、何かあったって考えるべきなのかな……」


 もともと、あの人は一人で行動していて、この島の異変とかも気が付いている。なら、犯罪者たちとやりあっていてもおかしくない。

 でも、連絡が取れないとなると、さすがにな……。


「なら、最悪は、私たちであのボスって言われていたやつらを倒さないといけないのかな」


「最悪の場合な…… でも、もうその最悪の場合になっているんだよな~」


 軽口をたたく、颯太は、飄々としていて、この重い空気にそぐわない。

 かと言って、この状況を舐めているわけでもない。ただ、空気を変えようとしてくれているんだ。

 

「でも、警察がいる以上、簡単じゃない。それこそ、奏斗さんたちに協力してもらう?」


 香織はボソッと呟いた


「いや、奏斗にはできるだけ協力しないようにしたい、あの人達にもやることがあるしな」


 今、奏斗と向井は、向井の家族を助けるために島で行動している。

 向井の家族に残された時間は少ない。だからこそ、彼らの協力を得るのは最終手段にしておきたい……。


「なら、結局、乗り込むんだな?」


「そうだな」


「……ここからは、もしかしたら死ぬかもしれない、だから、無理についてくる必要はないからな」


「「行くから」」


 伊織と香織の目は、覚悟が決まっている。本気だ。

 

「俺も、もちろんついていくよ、葵」


「じゃあ、みんなで、一緒に死ぬか」


「死なないよ、私たちは」


 香織は、笑う。もう、この小屋に重い空気は無い。

 

「じゃあ、行こうか」


 そうして、最後の戦いが始まった……。



 港倉庫には、3台のパトカー。そして、かなりの人数の警察がいる。

 そして、警察と向き合うのは、大量の犯罪者達。

 喧嘩にこそなっていないが、あそこは、学園での争いと同じ空気だ……。

 なにかしらの、きっかけで、命が失われる、そんな最悪な空気……。


 でも、俺は、俺達には、やるべきことがある。

 あいつらのボスを倒さない限り、全てが終わることはないから……。


 俺達は、協力して、倉庫中を探し回った。

 警察や、犯罪者たちに見つからないように。


 そして、最後の倉庫。港倉庫の一番奥。そこに、彼らがいた。

 血まみれになって、捕まっている、夜さんと、一人の男。

 俺は、どうしても、我慢できなかった。どうしようもない殺意に飲まれ。

 男に向かって、歩き出した。


 ――葵!約束、忘れたの!


 胸が締め付けられ、首根っこを引っ張られたようだ。

 俺の手を掴む、温かい誰かの手。

 香織の手だ。決して、忘れることのない、温かく優しい手。

 

「……香織、ありがとう。冷静になったよ…………」


 香織は、泣きそうな、でも起りたそうなそんな表情だ。


「夜さんも、敵のボスらしいやつも見つけた。作戦会議と行こうか」


 倉庫の裏口。二階に続く階段の前で俺達は話し合っていた。


「とりあえず、俺と颯太で、攻めるから、二人はさっきと同じで、支援お願いしていい?」


「石投げただけで、何とかなるの?」


「不安であるよな……。 でも、これ以上できそうなこともないし」


「なんで、私たちは隠れること前提なの?」


「だって、危ないし……」


「それは、四人みんな同じだよ」


「私は、皆が傷つくのは嫌。 ……一つ作戦があるんだけど…………」


 伊織は、とんでもない作戦を提案してきた。



「俺達の仲間を返してもらうぞ!」


 裏口から、大きな声でそう叫ぶのは颯太。

 それを合図に、二階に移動した伊織と香織が、上から大量の酒瓶を投げ入れる。

 犯罪者たちは怒り出し、二階に向かう。

 でも、二階に向かう道の前には、颯太。

 その手には、火炎放射器。


 犯罪者たちは皆、炎に包まれる。

 その隙に、伊織と香織は、一階に降り。奴らに正面から、石を投げる。その石一つ一つに大きな、影響力はない。


 でも、倉庫にいる全員の意識は、裏口にいる三人に向けられている。

 

 俺は、夜さんを縛る拘束を解いた。

 倉庫の横には、人ひとり通れるか否かの小さな小窓。

 そこから、侵入し、ナイフで縄を切る。


「お前ら、ありがとうな。 迷惑かけて悪かった……」


 立ち上がった夜さんは、その怪我を思わせない動きで、敵を殲滅していく。それでも、数が数。

 夜さんも加わっても、簡単には終わらない。

 

 その時、正面の入り口から、パトカーが突っ込んできた。

 これも伊織の作戦の内。

 大きな騒ぎを起こせば、警察が来ないわけがない。なら、それを利用して、敵を減らす。

 

 まぁ、俺達は家に帰れって怒られてるわけだから、バレたらやばいけど、しょうがない。

 警察の人たちにバレないようにと、コンテナの裏に急いで隠れる。


 夜さんは、一人、敵に向かっていた。

 その敵は、一目でわかる、ボスと呼べるような存在感があった。


 体躯が恵まれている訳じゃない。なにか特別なものもない。

 でも、その動きは異質そのもの。

 ほかの人は夜さんや、警察に立ち向かう中、その男だけ、戦場の真ん中で一歩も動かない。戦況を眺めるだけ。


「お前ら! お前らは、ここに何しにきた!」


 混沌とした、この空間。 地獄のような戦場。

 その空気をたった、一言で制圧した。


「お前らはここで!何にもとらわれず、自由をもとめるのだろう!」


 その言葉は、犯罪者たちの背中を押す。


「俺達は自由だ! なにをやってもいい! 邪魔なもの…… 全部…… ぶっ壊せ!」

 

 学園の加藤のように、その口で、戦場が、戦況が大きく変わる。

 段々と、警察が押され、血が流れていく。


 夜さんも、次第に、自身の血に塗れていく。

 

「お前らのせいで! 私の家族は、涙を流したの!」


 隠れていた、香織が叫んだ。その目には、大粒の涙を流して。

 

「お前らの我儘に! 私の大切な人を巻き込むな!」


 香織は、心の底からそう叫ぶ。

 大切な、友達の為。 大切な、家族の為。


 彼女は、人生で初めて、怒りという感情をぶつけた。

 それは、香織という存在のやさしさの証明だった。


 俺と、颯太は、コンテナから姿を現した。

 ここまで言われて…… の涙を見て、戦わない男は、

 男じゃない、人間じゃない。


 その手に握られた、バットに力がこもる。

 香織を悲しませないためにも、殺しはしない。


 俺と颯太は、迷うことなく、ボスの男に向かって駆けだす。

 ボスは、迎え撃とうとする。


「夜さーん‼」


 でも、戦場は、全方位に敵がいる。

 俺達を意識すれば、後ろにいる夜さんが、一瞬、意識から外れる。


「ナイス、アシスト!」


 夜さんが放った、合気の投げ。

 それは軽々と、ボスを投げ、地面にたたきつける。

 その衝撃は、戦場をまた変えた。

 犯罪者は、全員、一歩も動けなくなった。

 

 犯罪者たちは、数はあれど、その数も警察の乱入でほぼ均衡状態。

 そのうえ、個の実力では、勝てないとなる。


 それはもう、必然なのだ。

 圧倒的な強さっていうのは、逆境すらもひっくり返すから。


 *


 犯罪者たちは、次々に逮捕されていった。

 俺達は、さっき怒られた警部さんにもう一度説教を受けていた。


「今回は、緊急事態だったし、仕方ないが、本来なら絶対に許されない行為だからな!」


「分かってますよ、でも俺達が、行動しなかったら、これ以上の大事になったかもしれないですよ?」


「確かにな、でも、それはそれ、これはこれだ!」


 夜さんも、他の警察の人につかまって、いろいろ話を聞かされている。これは、長くなりそうだな。


「おい、聞いているか? 特にお前は、バットをもって、襲いかかろうとしていたんだ、本来なら少年院送りになってもおかしくないんだぞ!」


 俺達は、気づけなかった、俺達に向かう、もう一つの敵意に……

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