【書籍発売・コミカライズ決定】ヴァンパイア娘、ガーリックシェフに恋をする!
ゆちば@『サンタ令嬢』連載中
プロローグ その出会いは香ばしく
『太陽陰るべし!』
『十字架傾くべし!』
『杭、砕けるべし!』
『銀の弾丸爆ぜ散るべし!』
「ニンニク、滅ぶべしぃっ!」
シン……と水を打ったかのように静かな図書館に、寝ぼけた観月の大声がこだましていた。
(ヤバッ! 変な夢そのまま叫んじゃったし!)
利用者たちの「あの子、頭おかしいのかしら」という引き気味な視線を全身に浴びながら、観月は逃げるように図書館を飛び出した。
***
(父さんが毎朝お経みたいに唱えるから、夢に見ちゃったじゃんか)
灼熱の太陽に照らされ、十字架を背負わされ、杭と銃口とニンニクを向けられるという、世紀末のような悪夢だった。もう二度と見たくない。
図書館という絶好の勉強の場を失い、
次は、ファストフード店か、それとも喫茶店か、初夏の勉強場所に相応しい涼しい場所を探さなければならないが、どうにもこうにも足取りが重い。
(あー、ヤダヤダ。全部、お父さんのせい~)
図書館で居眠りをしていた自分のことは棚にあげて、父への文句でいっぱいだ。我ながら大人げないが、そうでもしないと心の平穏が保てない。
(しんどい。全部しんどい。もう、日陰探して歩くのも、全身に日焼け止め塗るのも、黒のカラコンすんのも、毎日爪削るのも、シルバーアクセ付けらんないのも、怪力セーブすんのもしんどい)
凶悪な日差しに怯える18歳の少女は、ニンゲンではない。ヴァンパイアだ。
日本では妖怪、海外ではゴーストなどと呼ばれるが、彼ら自らのことを"アヤカシ”と名乗る。
例えば、観月の父である鬼月ヴァンはイギリス生まれのアヤカシ。御年500歳の純血のヴァンパイア。
一方、母の鬼月花見は、日系32世のアヤカシ。ぴちぴちの300歳のサキュバス。
このグローバル社会においては、西洋妖怪だとか日本妖怪だとか、そんなことはあまり気にされない。身分や最低限の生活は、"国際アヤカシ連合”──略して国連が保証してくれるのだから。
『大切なことは、ニンゲンに正体を見破られないことだ! 我々が生きてきた迫害の歴史を繰り返さないよう、こっそり、ひっそりと生きろ。くれぐれも、ニンゲンを信用するな』
500年も生きていて、何度も辛い目を見てきた──と、父ヴァンはたびたび口にする。
だから、ニンゲンに紛れ、ニンゲンを騙して生きろと。
「私は、いいニンゲンもいると思うんだけどな」
(ヴァンパイアの私を助けてくれるようなニンゲンとか)
なんだか急にお腹も空いてきてしまい、誰か都合良くご馳走してくれるニンゲンが現れたらいいのにと、観月は思わず独り言を溢してしまう。
彩花商店街は、平日の昼前とだけあって人通りはまばらだが、それでもランチの時間にはたくさんの店が開く。ベーカリーカフェ、ラーメン屋、インドカレー屋、定食屋……、そして──。
カランカランッと軽快なドアベルの音がしたかと思うと、爽やかな金髪男性シェフが顔を出した。
「【イタリアーノカフェテリア】へようこそ! お一人様でも大歓迎サ!」
「ううぅぅぅ~~~っ!」
金髪シェフの笑顔と共に、ドゥゥゥッと店から溢れ出てきたのは目眩がするようなニンニク臭だった。
観月は「おええ……っ!」という激しい吐き気に堪えながら、一心不乱にその場から走り去る。危うく、身体が消えてなくなるところだった。
(イタ飯野郎、覚えてろよ!)
父が、「日本はヨーロッパと比べてニンニク消費量が少ないから住みやすい」と言っていたが、とんでもない嘘っぱちではないか。何時代の話だ。日本人は、ニンニク入りの外国料理も創作料理も大好きだ。街を歩いただけで分かる。
「うわ~ん! マジで人生ハードモードなんですけど!」
だが、その時──。商店街の外れで泣き言を喚く観月の鼻がぴくりと反応した。
摂取しなくても死にはしないが、ヴァンパイアが愛して止まない趣向品。観月の大好物。
「すっごく香ばしくて、食欲をそそる香り……。美味しそうなニンゲンの血……」
ハッとして慌てて振り返ると、黒髪の男性が買い物袋を両手にぶら下げて歩いているところだった。後ろ姿なので顔は見えないが、かなり体格が良い。
しかし、その男性のことが気にはなるものの、わざわざ追いかけるわけにもいかず、観月はお腹を空かせたまま彼をぼんやりと見送った。
「また会いたいなぁ。良い香りのお兄さん……」
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