幕間 福引
ガラン、ガラン、ガランと盛大に鐘を鳴らしてくれたけれど、当たったのは末等から一つ上の四等だった。
「ちぇ」
暖斗は唇を尖らせて最後の抽選券に命運をかけようとした。
ここは暖斗が脩二と共によく行く近所の商店街だった。歳末ではなく春の大感謝セールとやらで千円で補助券、それを十枚集めると抽選券が一枚もらえる。集まった抽選券で福引をしているわけだが脩二も暖斗も殆んど外ればかりだった。
暖斗が持っている抽選券が最後の望みだった。これで一等を宛てたら、有名温泉一泊旅行が当たるのだ。もちろん二名様ご招待だから、義純と一緒に行こうと意気込んで来たのだが。暖斗は温泉の神様に祈った。
「おい、暖斗」
後から呼び捨てにされて振り向くと、先ごろ本当の父親に引き取られた昴が教育係の神藤と一緒にいる。
「何してるんだ」
「何って、抽選会に来たんだよ」
暖斗が有名温泉一泊旅行とデカデカ書かれたポスターを指差した。
「当たったのか」
「当たったらこんな顔してるかよ」
「そうか、お前いつも、にやけているからな」
相変わらず生意気なガキだと、フンと暖斗は拗ねた。しかし昴はその手に持っている抽選券を取上げて言った。
「退け、俺が当ててやる」
何すんだよと取り返そうとしたが手が届かない。昴は高校に入学してからまた少し背が伸びていた。
「当てなきゃぶん殴るぞ」
暖斗がそう言うと昴はニヤリと笑って抽選を待つ列に並んだ。
そして、昴が券を引く。
「おめでとうございますーー!!」
賑やかにファンファーレが鳴ってくす玉が割れた。紙ふぶきが舞う。
(うそだろ……)
そう思ったもののやっぱり嬉しくて「やったー!!」と暖斗は背中から昴の首に掻きついた。
「ねー義さん。福引が当たっちゃったんだよ。温泉旅行に行ってもいいだろ」
夜遅く帰って来た義純に暖斗が聞く。
「忙しい」と、義純の返事はにべもなかった。しかし。
「え、違うよ。昴が当てたから、昴と一緒に行くんだよ」
そうなのだ。当たった券を手にお前が行け、いやお前がとしばらく譲り合いが続いたが、昴が一緒に行きたい奴がいないからと言い出して、ついそれに同情した暖斗が後先考えずに一緒に行ってやると言い出したのだ。
「何だと──」
それを聞いた義純の声が非常に低くなった。
「てめえ、亭主をおっぽらかして、他の男と温泉に行くというのかーー!!」
非常に迫力のある義純の怒鳴り声であった。
暖斗はそれでも「だって俺、約束したんだもん。俺の面子はどーしてくれんだよ」と踏ん張ったが「いかん、いかん」と追い払われてしまった。
「もう、義さんのバカー!!」
決まり台詞を残してバタバタと義純の部屋を後にする。
その部屋に、やはりお決まりの如くやって来たのは脩二だった。
「若頭領も一緒に行かれたらどうですか」と勧める。
「お前も随分甘くなったもんだな」
「そう思いますか」
義純は振り向いて脩二の顔を見た。そこにはいつもの仏頂面ではあったけれど、どこか期待に満ちた脩二の顔があったのだ。
「……、お前らも行きたいのかーーー!!」
義純はいやな予感に顔を顰めたのだった。
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