隠し子
その1
「姐さん、学生の本分は勉強だ」
(あんたが言うな、あんたが……)
「こんな成績を若頭領にお見せするのは……」
脩二はそう言って大げさにその怖い顔を顰めて見せた。
(先にこいつに見せて対策を相談したのが間違いだった……)
学校帰りの車の中である。
明日は終業式。暖斗は春休みだーー!! と浮かれたかったのだがその前に難関が控えていた。成績表である。
「ちゃんと二年になれるんだからいいじゃないか」
すれすれの低空飛行ではあるが取りあえず補習も受けずに済んだのだ。
「そういう問題じゃあござんせん。姐さん、こんな成績では若頭領の卒業した大学はおろかそこらの──」
脩二の小言が本格的になりそうな時にようやく家に着いた。しかし車は中々家の中に入らない。
「おい、どうしたんでい」
脩二が聞くと運転手が家の前で何やら揉めているようでと言う。
「姐さんはここで待っていておくんなさい」
そう言い残して脩二は車から出て行ったが、出入りとかそういう事ではどうやらなさそうだ。興味津々、暖斗だって車の中でじっと待ってなんかいられない。さっさと脩二の後を追って車を降りた。
家の前には女が一人いた。女を取り囲んで屋敷の子分さん達がいる。女がその手に抱いているのは生まれたばかりの赤ん坊のようだ。
「何を騒いでいる」
脩二の言葉に男達がホッとしたように言った。
「いえね、兄貴。この女に見覚えは……?」
脩二はその怖い顔で女の方を睨んだ。女は脩二を見てヒクッと怯えたような顔つきをした。そのとたん女の腕の中にいた赤ん坊が泣き出した。
「誰の子?」
暖斗が無邪気に赤ん坊を覗き込んであやしながら聞いた。一同がぐっと言葉に詰まってしまった。
「え……? 皆どうしたの?」
そこにいた男どもばかりか脩二までが苦々しげな顔をしてそっぽを向いた。
「ま、さ、か・・・」
暖斗は赤ん坊を見ながら固まった。
* * *
次の日、暖斗から時ならぬ呼び出しを受けて葉月は舞い上がった。
「俺、葉月に相談があるんだけど」
悩みやつれてピンクの唇からホウッとため息を吐く暖斗は、そりゃもう色っぽい。
「どうしたんだ、暖斗。君の為なら俺は何だってするよ」
暖斗を連れ出した屋上で、葉月は愛の告白よろしく暖斗の手を握り真摯に囁いた。その後ろにはオオカミの尻尾が一、二本ニョキニョキと生えている。
暖斗はその葉月を見上げ目をウルウルとさせた。葉月の尻尾が三本四本に増えた。暖斗の肩を掴み引き寄せようとした。
だが、やはりというか邪魔者が現れたのだ。
「僕だって如月君のためなら一肌でも二肌でも脱ぐよ」
屋上の入り口のドアを開けて善玉よろしく颯爽と入って来たのは東原だった。細い黒ぶちの眼鏡をキラーンと光らせて近付いて来る。
「如月君。こんな男に相談するよりも僕の方がましだと思うよ」
何を考えているのか胸に誓うように手を置き、一癖も二癖もありそうな顔を暖斗に向けて生真面目そうに言った。
「その言葉はそっくり君に返そう。暖斗、俺はずっと前からお前の親友じゃあないか」
「へー!親友なんだ。騙されてはいけないよ如月君。こいつはもしかしたら・・・」
東原はそう言って意味ありげに含み笑いをした。登場の仕方は善玉でもどこか悪役っぽい。
「それよりも僕は純粋に君の友人として君を心配しているんだ」
しっかり友人という所を強調して言った。葉月は邪魔をする東原を睨み付けた。折角のチャンスだった。オオカミの尻尾を引っ込めて暖斗に真摯に訴えた。
「僕は暖斗の親友を自負しているんだ。違うかい暖斗? 昨日や今日友達になったばかりの奴にどうこう言われたくないね」
暖斗を挟んで二人は睨み合った。
暖斗はかなり迷った。まだ知り合って浅い東原に相談出来る事ではなかった。しかし東原の言う通り葉月に相談できる事でもなかった。
どうも葉月は自分に対してそれ以上の感情があるらしい。義純の嫁になってから少しばかりその手のことに敏感になった。ほんの少しばかりだが。
「俺、ちょっと家を出て考えたい事があって……」
「それなら」
勢い込んで言いかけた葉月を遮って東原が言った。
「待って、如月君は僕のところに来たほうがいい。僕が如月君によからぬ考えを持っているかどうか心配なら葉月君も僕の家に来たらいいんだ」
東原の言う事はもっともに思えた。
葉月は葉月で東原の策略に唇を噛む。暖斗一人を東原に預ける事はどうしても出来ない。例え虎口に入るとしても──。
その日、脩二の迎えを待たずに暖斗は葉月と一緒に東原のマンションに向かった。
家には帰りたくない。だって──。
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