その2
「オイ!はる。風呂に入るぞ」
義純が暖斗を探してやって来ると、暖斗は客の帰った客間に座って拗ねていた。
「いい加減にしな。何が気にいらねえ」
義純が暖斗の前に回りこんで聞くと暖斗は眼に涙を一杯ためて「嫌だ……」と小さく言った。しかし、ひとたび言うともう止まらない。
「俺、刺青なんか嫌だ。俺、ヤクザなんか嫌だ。俺、あんたなんか嫌だーーー!!!」
暖斗はごく普通の少年だった。何も悪いことをしていないのに何でこんな目に遭わなきゃあいけないんだと思うと、義純とのこれまでの事もダーー!と思い出してきてもう涙が止まらない。
この頃少し優しい義純に甘えているとは思っても、それこそ刺青なんかしたらまっとうな人間に戻れないような気がして、何が何でも拒みたかった。
義純は泣き喚く暖斗の頭を掴んでその顔を自分の方に向けた。
「いい加減にしねえか。お前も男だろう」
しかし男だったら尚更ヤクザに対しても最後まで拒むのが男じゃないか。自分の意思を通すのが男ってモンじゃないだろうか。暖斗は首を横に振った。
しかし義純も譲らない。
「お前は俺の嫁だ。俺が間違っているんならお前が必死になって体を張ってでも引き止めるというのなら分かる。しかしお前のはただの我が儘じゃあねえか。それでもお前の気持ちも分からんでもないし、俺も譲ってやるからお前も譲れ」
「だって──!」
「うるせえ! もう四の五の抜かすな! お前も俺の嫁になったからには覚悟をしろい!」
義純は暖斗の言葉を遮ってピシャッと言い切ると、暖斗の体を抱え上げて風呂場に連れ込んだ。
一緒にお風呂に入って背中を流せと言われる。義純の背中には腕が六本の赤い像が虚空を睨んでいる。誰が彫ったのだろうか。今日来た彫辰というあの男か。それはピタリと構図が決まっていて綺麗に義純の背中に収まっている。綺麗だけれどとても禍々しい。
しかし暖斗は義純の背中をこしこしと擦りながらふと別の事を考えた。
「あんた姉ちゃんと寝たんだろ?」
そう言いながら背中の模様に指を這わせた。姉ちゃんはこの刺青を見なかったんだろうか。義純が軽く笑って答えた。
「有香とヤッた時は車の中だったからな。あいつは男に振られてやけになってたんだ。俺に無いのは嫁だけだと言ったら、私がなってあげると言い寄って来たな」
義純はそう言って暖斗を引き寄せる。暖斗は少し嫌がってツンと向こうを向いてしまった。
「焼きもちも少しだけなら可愛いぞ」
義純は向こうを向いた暖斗の耳にそう囁いた。暖斗の体を膝に乗せて手が悪戯を始める。
「あん……、義さん……。俺、刺青なんかしなくても浮気なんかしないよ……」
暖斗は義純の首に噛り付いて、少し上気した顔で義純の顔を覗き込んだ。
「分かっているさ、はる」義純は暖斗の唇に唇を寄せて囁いた。
「お前が可愛いんだ。俺の気持ちも分かれ」
涙をぽちと浮かべた暖斗の瞳が少し細められて義純を誘う。唇が義純の顎に喉に肩に噛り付く。丹精込めて可愛がっている内に、いつの間にやら随分と色っぽくなってきた。成り行きで嫁にしたがこういうのを縁があると言うんだろう。
義純の大砲を受け入れてホウと満足の吐息を吐く。腕の中で悶える少年に腕が六本あったら面白いか。いっそ、そういう育て方をしようか。
* * *
彫師の彫辰さんは約束どおりその翌日から義純の屋敷に通ってきた。脩二が怖い顔で見張っていて、暖斗は嫌々ながら奥の座敷に向かった。
「やあ坊ちゃん、痛み止めが要りますかね」
彫辰さんがにこやかに笑って言う。どうやらいい素材に出会えて嬉しくて仕方が無いらしい。
「いいです。我慢するから……」
暖斗はやせ我慢をした。脩二も見張っているし、ここでお願いしますとか言ったらかっこ悪い。
「それよりどんな図柄なんですか?」と気になっている事を聞いてみた。
「それは如月さんに内緒にしてくれと言われていてね。だがプールぐらいなら大丈夫だよ」と彫辰さんは請け負ってくれた。プールが大丈夫ってどういう事だろう、と暖斗は思ったが彫辰さんはお構い無しに「さあそこに横になって」と暖斗を促した。
「え……? このままで……?」
暖斗が首を傾げて聞くと彫辰さんは鷹揚に頷いた。
暖斗が薄物を敷いた上に横になると彫辰さんは暖斗のズボンを引き下ろした。暖斗の形の良い瑞々しいお尻がぷるんと剥き出しになる。
「ほう、こりゃ綺麗だ」と感心したように彫辰さんは言って、暖斗の左の尻の辺りに手を置いた。
(なるほどお尻だったら隠れるなあ──)
暖斗はうつ伏せになったままため息を吐く。
「もうちょっと大仕事をしたかったんだがねえ。まあ気が変わったら何時でも引き受けるから言っておいで」
彫辰さんはそう言って早速仕事に取り掛かった。
* * *
「義さん、何だよこれ!」
「似合うぞはる」
いつものお風呂の中。腫れていた傷痕が癒えると模様が綺麗に浮かび上がってきたが──。
鏡の中の自分のお尻を見て暖斗は憮然とした。暖斗のお尻に彫られたのは義純の印だった。鏡に映してブーと膨れる暖斗を義純はニヤニヤ笑って見ている。
「何て書いてあるんだよ!」
お尻にはどうやら文字が刻まれているらしいが鏡では読めない。一番上の義の字だけは分かるのだが。
「義さま参る」
「ダーーー!! かっこわるいーーー!!!」
暖斗は暫らくむくれていたが後で気が付いた。
(お、俺は義さんを尻に敷いているんだーー!!)
とうとう暖斗は義純をお尻に敷きました。
めでたし、めでたし。
「どこがめでたいんだよ!!!」
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