第5話 壊れた母に思うこと
早朝に大声で起こされて早々に話があると眉間にしわを寄せた母から切り出された八雲は、まだ面接の合否が出たわけでもあるまいにと憂鬱な気持ちでリビングに向かった。大方昨日の稲星本部での面接は上手くやったのかどうか、ヒステリックに尋問でもしてくるのだろう。
「
「…………」
だが母は金切り声を上げると紋所でも見せつけるようにスマホを突き出した。そこに映るネットニュースには稲星お嬢様の懐刀だという八雲迅、すなわち自分の顔写真があった。
「稲星本部の面接の日に、どうしてこうなるの!! 迅は稲星財閥に就職しなきゃならないのに、どうしてこんな真似をするの! ああああぁぁぁぁ!! これじゃ計画が台無し!! 台無しよぉぉぉ!!」
「お母さん」
「稲星本部にすら落ちるようじゃこの先どうするの!? 迅は
「……お母さん」
八雲が少し圧力を込めてそう呼ぶと、母は眉をひくつかせて押し黙る。そして親の威厳を示すように気丈な顔で睨みつけてきた。
「確かに当初の計画とはズレたけど、稲星の第三令嬢と繋がりを持てたのは大きな収穫だよ。これで稲星に入り込めればお父さんがあの世に持って行った真実がわかるかもしれない」
「……そうね。そうよ。それで紅焔の闇を暴ければどうにでもなる。ただもう迷宮に潜るのは辞める予定だったのに、何でこうなるのかしら。財閥に入ればもう穴潜りなんてしなくてよくなるじゃない普通。そうよ、こんなの有り得ない。紅焔が裏で手を……」
それから何やらぶつぶつと被害妄想を呟く母を前に、八雲は死んだ魚のような目でそれらを聞き流す。
「その辺りは稲星華苑を伝手に探ってみるよ。それじゃ、もう行くよ」
「えぇ、えぇ、そうね。私もあまりもたもたしてると集会に遅れちゃう。迅、貴方が八雲家の希望よ。お父さんの仇を討つために励みなさい」
そう言って妙な印を結んだ後に洗面台へと向かっていった母を、八雲は相変わらず生気がなさそうな目で見送る。そして薬臭いお香が焚かれる前に彼はダンジョン探索の準備を済ませ、家から退散した。
(仮に俺がお父さんの仇とやらを討ったとして、果たして元に戻るのかね)
八雲の父はおよそ六年前に自殺しており、警察は状況証拠と遺書の筆跡鑑定も確認したことで事件性はないとした。だが母は父が秘書官として支えていた紅焔財閥の重鎮である、紅焔龍臣の秘密を守るために殺されたのだと今も糾弾している。
その真実は闇の中であり、それを探るために八雲は母から苛烈な教育を受けることとなった。そこで母が目を付けたのが迷宮大震災により各地に出現したダンジョンであり、八雲はダンジョン開拓者として一旗揚げるよう命じられた。
夫が突然自殺し錯乱していた女の戯言。だがそれでも八雲の母であるため無視は出来なかった。それに秘書官という仕事柄ほとんど家におらず大した情も湧いていない父との、時代錯誤じみた約束も彼の記憶に残っていた。
だからこそ八雲はまだダンジョンがどのような仕様であるかもわからない
幸い、三次元迷宮でも初期位置にある身代りの
そんな地獄の環境下で八雲は自然と隠密と戦闘技術を身につけ、中学生を卒業する頃には三次元迷宮の単独踏破を果たした。それにその途中で何度か獲物を力づくで盗んできた大人の犯罪者たちも返り討ちにすることが出来た。
三次元迷宮は一日一回であれば生き返れる。だが身代りの傀儡を一度使った後では、莫大なコストを払って復元しない限り命の保証は為されない。
今日はもう傀儡を使い切っちまったんだ、だから殺さないでくれ。そう言われてしまえば八雲は休憩中を狙って襲ってきた暴漢たちが相手でも、見逃す他なかった。だがその慈悲が逆にいけなかったのか、八雲はしばらく粘着されて戦利品を奪われ続けた。
あいつらの言うことは十中八九嘘だ。一度やり返さなければこのままやられっぱなし。警察はよくわからないダンジョン内でのトラブルなど相手にしてくれず、助けてくれる人なんていない。自衛しなければ。
倫理と現実の間で押し潰されかけた八雲を救ったのは、母の復讐を手伝うためだという建前。いつものように命乞いをする開拓者の頭をかち割った翌日、同じ顔を見た。次は二度殺すとそこの迷宮開拓は随分と快適になった。
ただそんな三次元迷宮における苦しみの数々を母は見ようともせず、高校生になった後も財閥に入るためにもっと開拓者として名を馳せろとのたまう。
父の一周忌まではまだ逞しさのあった母は、八雲が開拓者として稼いだ金が家に入るようになると腐っていった。ネットに入り浸り陰謀論に目を血走らせ、新興宗教にご執心。
息子を地獄に突き落とす悪魔になってでも夫の仇を取るのだという母の強い意思は、八雲から見ると年を重ねるごとに消えていたように思う。人間、そんなものなのかもしれない。
だが見掛けのポーズは変わらず父の仇を取れ一辺倒だ。正直なところ八雲は父の仇だという紅焔よりも、自分を地獄に突き落としたにも関わらずその苦労に報いもしない母への恨みの方が募っている。
(……それこそ紅焔にでも入ったら発狂でもしてくれそうなもんだが、一応真実は知りたい。せっかく良さげな手札が入ったんだし、利用してみるか)
そう結論づけた八雲は昨日しつこいくらいに連絡してきた元PTメンバーの藤咲まひるに返信し、稲星のお嬢様とどのように関わったらいいのか助言を求めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます