出題編3-6

「何を悩んでいるんですか! 警察がどんな考えをお持ちかは私にはわかりませんけれども、対抗になるアイデアがない限りはとりあえず私の意見を採用してすぐに火野博士と大庭博士を殺害した方法を暴くことが先なんじゃないですか!」


「そ、そうですね」


 登松刑事はこれまでの人生で怒られた経験がないのかというくらいに怯えていた。温室育ちなのだろうか。別にそれが悪いとは言わないけれど。


「とにかく、早く警察が持っている情報をすべて渡してください!」


 こんな風に現役の警官を脅して捜査状況の報告をさせるなんて真似をする女子大生は世界広しといえども、私だけだろう。後から思い返すと少し恥ずかしい。ともかく、私に怯えた登松刑事はすんなりと捜査資料を渡してくれた。二人いた警官も私の後ろで控えるだけで口出しはしない。


 彼らも私が説明した探偵さんの組み立てたロジックを聞いて、この人に任せた方がいいと判断したのだろう。そして、その捜査資料は大いに、少なくとも警察だけが握っているよりもよっぽど役に立った。私は部屋に戻ってすぐに電話を掛ける。「もしもし、警察から捜査資料を借りることができました」


「え?」


 私の言葉は探偵さんの想定以上だったらしい。かなり、驚いていたのがよくわかる。


「それを見て思い出したことなんですけど、大庭博士が亡くなられたときに部屋から何か、嫌な空気が流れてきたんですよね。なんだか、人が本能的にそれを拒否するみたいな。どうしても気持ち悪かったんです」


「嫌な空気? でも、夏だから空気が熱くなるのは当たり前でしょ?」


「違うんです。そもそも、この研究所は全体的に冷房が効いているので温度はだいたい二十四度くらいで統一されているんです。でも、外の気温は三十度を超えている。どちらかと言えば外の気温に近かったです。それで調べたところ、大庭博士の部屋だけ冷房が切られていたことがわかったんです」


「冷房が切られていた?」


 探偵さんは不思議そうに首を傾げているのがわかる。きっと、彼女から見た普段の私も同じようなものだろう。私は少し得意げな気分になった。


「警官の一人も違和感に気づいて井野さんに確認をしてもらうと、一元管理のシステムにしっかりと冷房の使用記録が残されていました。季節は夏で、いくら寒がりだとしても扇風機の無い部屋で冷房をつかわないなんてあまりにも不自然です。それも、電源が切られていた時間帯はちょうど大庭博士が亡くなる一時間ほど前からです。明らかに大庭さんを殺害するためでしょう」


「なるほど、なんだからしくなってきたわね」


 探偵さんは笑っていた。その笑いで、少し会話のペースを戻される。


「それに、調べたところによると大庭博士は重度のヘビースモーカーだったそうです。確かに言われれば食事中にも関わらず、たびたび席を外してどこかへ行っていました。つまりは、大庭さん相手にわざわざ火の手を用意することはないはずです」


「それで、大庭博士が殺害されていた状況を簡単に説明してくれる?」


 私は捜査資料に目を通しながら探偵さんに話をする。大庭博士の部屋がどこにあったのか、部屋の内側がどのような状況になっていたのか、さらには大庭博士の遺体がどのような状態でどこにあったのかを事細かく説明する。さすがに警察の捜査資料はしっかりとまとまっていて説明も簡単だった。


「まず、ここまでの説明を聞いていると粉塵爆発が考えられるわね」


 探偵さんの言った粉塵爆発とは、可燃性の粉塵が浮遊した状態で火花などによって引火して爆発を起こす。これは手軽な犯行だった。 例えば、可燃性の粉塵と言うのは小麦粉で十分だし、火元は火花などではなくタバコの火があれば火が発生し爆発を起こす。主に工場などで発生する事故にて耳にする言葉だが、安全管理を徹底しているはずの工場でも発生するほど身近で危険な現象である。


「ただ、大庭博士が部屋に戻る時にタバコを吸っているとは限りませんよね」


 そこが大きな問題だ。人を瞬時に殺害できるほどの爆発を起こすにはかなり大量の粉塵が必要になる。なら、タバコに火をつけたまま部屋に入って、その瞬間に爆発して命を落とさない限りは、異変に気が付いた大庭博士は刑事たちに連絡し、部屋を離れるだろう。


「うん、やっぱり大庭博士の殺害にも手が込んでいるわね。考えてみるわ」


 それだけ言って、探偵さんは思考の海に沈むために電話を切った。

 私も、任された仕事を全うしよう。


 それから私は、冷蔵庫にある残り物を食べながら思考する。注目したのは動機の部分。資料にはしっかりと火野博士を中心として人間関係が書かれていた。例えば、聞いたとおりに甲斐博士と火野博士には交際歴があったし、どうやら火野博士は長岡博士に個人的な借金があるらしい。しかし、それよりも気になった事実がある。覗くことはできないけれども、火野博士、西野博士、大庭博士の三人が所属しているトークのグループがあるらしい。しかし、その履歴はところどころに文脈が不可解だったと記載されている。もしかすると、このグループが何かしら関係しているのか。


 資料を読みながら口に運んだ甘いデザートが、ほどよく疲れた頭を癒してくれた。こんなに何かを考えたのなんて久しぶりだ。でも、なんだか楽しかった。化学のテストで最終問題を解いているような気にさえなっていた。



 私は、最後のピースを埋めるために今度は井野さんに話を聞くことにした。別に聞きたいことは副島さんでも岩塚さんでも良かったけれど、井野さんに話をすることで何か新しいことがわかるかもしれなかった。


 ちょうど、私が話しかけた時に井野さんは暇を持て余していたらしい。と、言うのも所員たちは客人の滞在二日目に替えのタオルやシーツを配ってから火野博士の遺した実験を続けるのみらしい。井野さんは私の誘いに快く応じてくれた。


「これが頼まれていたこの研究所の見取り図です。それと、火野博士と西野博士、大庭博士に共通点ですよね。一応、知らべてみたんですけども三人がかなり親しかったことくらいしかわかりませんでした」


 私は見取り図を受け取って、視線を落とす。自分でメモをした見取り図と見比べるがそこに違いはない。私は見取り図の確認をしながら、井野さんと話をつづけた。ここで初めて、被害者同士をつなぐ糸が見つかったのだ。これを逃すわけにはいかない。私は前傾姿勢になって、井野さんの話を聞く。


「親しかったとはどういうことですか?」


「そのままの意味です。西野博士と大庭博士は、うちの研究室にも何度か訪れていま

した。その際には、僕と岩塚さんは実験を任されているので詳しい会話の内容は知りませんけども一か月に一回くらいのペースだったんじゃないですかね。そのたびに豪華な料理を作らせられる副島さんが不憫ではありました」


「なるほど……そんなことはあまり報道されていませんよね」


 まあ、彼らは芸能人ではなくて研究者だからいちいち世間がその交友関係に注目をするのもおかしな話だ。正直、私もこんな状況でもなければ興味が湧かない。


「もちろん、火野博士が誰と親しくしようと別に問題はないんですけれども西野博士も大庭博士も忙しい身なのに一か月に一度は、それも必ず二人そろってここを訪れていたんですよ。さすがに不思議だなとは思っていたんですけども、仲がいいんだなあとは思っていました。今となっては怪しさがありますけどね」


「それって、警察には話したんですか?」


 その問いに、井野さんはすぐに返答した。


「ええ、話しましたよ。西野博士が亡くなった時には伝えたんですけども警察の方々はあまり重要視されていないみたいでして」

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