11.だからこそ、駄目だ

 その、翌日のことである。

 アリシアは出勤前に新聞に目を通し、そしてそれをいつものようにテーブルの上に置いていた。


「じゃ、行ってくるわね! ロクロウ!」

「ああ、気をつけてな」

「ええ、ロクロウも気をつけて行ってらっしゃい!」


 そう言ってアリシアは、いつもと変わらず元気に家を出ていく。

はてな、と雷神は首を捻らせた。今日はまだ遺跡に行くつもりはない。それを伝えていたつもりだったのだが、なにか勘違いをしているのだろうかと。

 雷神は、不思議に思いながらも朝食の後片付けを終わらせ、置かれた新聞の前に座った。

 そしてその、大きく書かれた見出しを目にして息を飲む。


 ある国で、今まで発見されていなかった巨大なコムリコッツの古代遺跡が新たに見つかったと、その新聞に報じられていた。その国は雷神の故郷にほど近い国で、今いるストレイアとは真裏に位置する国だ。とてもじゃないが数ヶ月で行って帰ってこられる場所じゃない。それにそれだけ巨大なら、遺跡探査にどれだけの時間を費やすかもわからない。


(遠すぎる……一年や二年じゃすまないぞ……)


 雷神は拳を作った。まだ誰にも盗掘されていないであろう遺跡。まだ誰も解読していないであろうコムリコッツ文字。それを見たい。知りたい。どうしても。自分の手で謎を解きたい。

 だが、アリシアを置いては行けなかった。だからと言って、連れて行けるわけでもない。アリシアが今までここでしてきた努力を、無にさせるつもりはない。

 アリシアは待ってくれるだろうか。何年も帰らぬ夫を。

 雷神は首を振った。


(アリシアは、待つ。だからこそ、駄目だ)


 雷神はフェルナンドの部屋からノートを持ち出すと、すべてを故郷に送り返す。一度決意すると、雷神の行動は早かった。

 この世にある遺跡の謎を解くのは、自分が一番でありたい。

 アリシアとの結婚を考えた時は、ノンビリとしたトレジャーハンター生活でもいいと思っていた。しかし、と雷神は思い直す。

 このままこのペースでトレジャーハントしていては、世界のすべての遺跡を回ることは困難だと。死ぬまでにコムリコッツの秘術の謎を解けない。そう気付いた瞬間、雷神は言いようのない恐怖に襲われた。

 なにも知らずに死ぬ。なにもわからないまま死ぬ。あのハーフエルフに恩返しもできずに死ぬ。それだけは、どうしても許せない。


 ここを出る、と雷神は決めた。アリシアに一言相談すべきかと考えるも、そうすることはなかった。

 アリシアなら、きっと行けと言うに違いない。そして、待っていると言うに違いない。

 だから、なにも言わずに出ることにした。待たれては困るのだ。もうここに戻ってくる気はないのだから。すべての遺跡を、踏破するまでは。

 一度火の付いたトレジャーハンター心は、もう止められなかった。頭は遺跡のことで一杯で、一刻も早くその場所に辿り着きたい。ただ、それだけだった。


「……ロクロウ?」


 町を出ようとした時、一人の少年に声をかけられる。出会った時から比べると、随分と背が伸びたジャンだ。


「ジャン」

「行くの」

「ああ、アリシアを頼む!」


 後は頼んだ、と言っていたフェルナンドを思い出す。彼も、きっとこういう気持ちで言ったのだ。別にアリシアの面倒を見てくれと言いたかったわけじゃない。ほんの少しでも、誰かが彼女を気にかけてくれるように。アリシアが孤独に陥らないように、そっと見守ってくれる存在を求めていたのだと。

 急いで町の外を目指す雷神に、少年の声が聞こえた。


「……わかったよ」


 その言葉を背に、雷神はストレイア王国を出ていくのだった。

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