第二章 〜リリア・リアーネの物語〜

第1話 窓際の少女

 『抜剣術』で消耗した体力も回復した頃、ユランは、アーネスト王国の王都まで来ていた。


 全快するまで、約一ヶ月の期間を要したが、リネアやミュンの献身的な介護により、不自由なく療養する事が出来ていた。

 

 「で……? 君らは、何でここに居るのかな?」


 ユランが呆れた様に、前を歩く二人の少女に問う。

 

 二人の少女は振り向いて、不思議そうな顔でユランを見る。


 「何でって、私が好きで付いて来てるだけだけど、え? 何? ダメなの??」


 腰に手を当てながら、強気な態度で言ったのは、ユランの幼馴染、ミュンだ。


 私が好きでやっている。


 文句は言わせない。


 そんな態度だった。


 逆に、もう一人の少女、ユランのクラスメイトのリネアは、


 「わ、私はミュンと違ってちゃんと用事が有るよ……私はまだ、『聖剣鑑定』を受けてないから」


 上目遣いで、控えめに言った。


 リネアの言う通り、彼女は『聖剣』こそ授与されていたが、聖剣鑑定を受けていなかった。

 本人曰く、受ける必要性がなかったから受けなかったらしい。


 何故、今更受ける気になったのか……ユランは首を捻った。


 「わ、私は確かに受けたけど……別に良いじゃない! リネアと違って馬車のお金は自分で払ったんだから! 私はユランくんの行く所には、必ずついて行くって決めてるの!」


 「お金を払ったのは、ミュンのお父さんでしょ? 自分で払った訳じゃないじゃない……それに、私だって……」


 以前のリネアは、オドオドした気弱な印象の少女であったが、あの事件以来、言う事はしっかり言う娘になった。


 元々は、こう言う性格だったかもしれない。


 王都の城下町を歩きながら、少女二人は、ぎゃあぎゃあと言い合いをしている。


 何かと衝突を繰り返す二人の少女であるが、いつの間にかお互いを名前で呼び合う様になっており、仲が良いのか悪いのか……ユランはそんな二人のやり取りを眺めて、苦笑する。

 

 二人が口喧嘩する際には必ずユランの事が関係しているのだが、彼自身はそんな二人の気持ちに一切、気付いてない。


 ジーノ村の事件以来、急に過保護になったミュンや、何かとユランの後を付いて回るようになったリネア。

 

 ユラン自身は、彼女らのそんな行動を、


 『入院生活が長引いた為、身体を心配して』

 

 という、善意の優しさであると本気で思っている。

 

 なので、前を歩く二人が、


 「「ユランくんはどっちが好きなの!?」」

 

 と質問しても、


 「君ら、まだ10歳だろ……そう言うのは早いんじゃないか?」


 などと、呆れた様に答えを返した。


 ユランは二人の言葉を、冗談の延長としか受け取っていなかったのだ。

 

 ユランの答えを聞き、二人の少女は目を釣り上げ、ユランに詰め寄る。


 「「ユランくんもまだ10歳じゃない!」」

 

 と二人に詰め寄られ、ユランは呆れつつも、


 「まあ、そうなんだけどね……」

 

 と答えるのだった。

 

         *


 ユランたちは、明日の聖剣鑑定の為、引率者として村から同行してくれたミュンの父親……ジーノ村の村長と共に、本日宿泊する宿に来ていた。


 村長は、道中のミュンとリネアの会話を、ニコニコした顔で聞いていた。

 しかし、ユランを見る目は、少しも笑っていなかった……。


         *


 ともあれ、ユランが王都にやって来たのは、聖剣鑑定の為だけでは無い。

 実のところ、聖剣鑑定は物の序でだ。


 主たる目的は、『グレン・リアーネの助命』。

 その為の偵察だった。


 グレン・リアーネの事だけが、療養中も気がかりでならなかったが、幸いな事に、休んでる間に訃報を聞かされるなどと言う事はなく、一安心だった。


 神人の死亡などと言うショッキングな時間が起きれば、ジーノ村の様な辺境の村にも情報が届いたはずだ。


 回帰前、ユランはグレン・リアーネの屋敷に世話になった時期がある。

 しかし、その時期のユランは心を閉ざしていた為、覚えている事は少ない。


 しかし、回帰前のわずかに残る記憶を思い返しても、あまり時間があるとは思えなかった。

 

 そう言う理由から、ユランは聖剣鑑定にかこつけて、早急にグレン・リアーネの現状を探るつもりだった。

 しかし……


 ユランの前には、左右から別々にユランの手を握るミュンとリネアの姿がある。


 (この二人をどうにかしないと、偵察どころではないな……)


 ユランは、名目上、聖剣鑑定の為に王都に来ている。

 そのため、単独行動する理由付けが難しい。

 

 ユランは、村長が宿の手配をしている僅かな時間を利用し、

 

 「城下町を見て回りたい」


 と言って強引に宿を出て来ていた。


 王都の城下町は比較的安全な事もあり、村長も「少しくらいなら」と、納得し、条件付きで得た外出許可だ。


 出来るだけ、要件を早く済ませて戻らなければならない……だと言うのに、


 「え? 城下町を見て回るの? 私も行く! は? 何で? ダメなの? 何で? 何で? 何で?」


 と、かなり強引にミュンがユランに引っ付いて来た。


 さらに、リネアも、


 「もちろん私も行く……ミュンが良いのに、私だけ断らないよね?」


 などと、圧力をかけて来たため、結局、三人で行動する事になってしまったのだ。


         *


 ユランは、三人で城下町を歩きながらも、グレン・リアーネの屋敷の場所を探っていた。

 回帰前の僅かな記憶を頼りに歩く。


 ユランの右手を引いていたミュンが、


 「明日の聖剣鑑定、楽しみだね!」


 と、笑顔で言う。


 「あの時の『抜剣』は凄かったもん! きっとユランくんの聖剣は、唯の聖剣じゃないよ!」


 ユランの聖剣鑑定なのに、ミュンは自分の事の様にはしゃいでいる。

 そして、ミュンは、


 「もしも、ユランくんの聖剣が『貴級』以上なら、一緒にアカデミーに行ける……そしたら、これからもずっと一緒だよね? ふふふ……凄く楽しみ」


 ニヤニヤしながら、独り言を呟いている。


 ユランには、ミュンの独り言が聞こえなかったが、リネアには聞こえたようで、ムスッとした表情になり、こちらも、


 「私の聖剣は多分『下級』だけど、ユランくんが『貴級』以上なら、将来は貴族になるはず……それなら、ユランくんの女中にでも何にでもなって、絶対に付いていく……絶対に逃がさない……ミュンには負けないんだから……ふふ」

 

 などと、独り言を呟いていた。


 ……こちらの独り言も、ユランの耳には届いていないのだった。

 

         *


 三人で城下町を歩いていると、やがて、貴族の屋敷が集中している地区に入った。


 実際は、ユランが、ここにたどり着くように上手く二人を誘導した訳だが……。


 「なんだか、すごい場所に来ちゃったね……」


 リネアが、周りにそびえ立つ貴族の屋敷の大きさに、驚いたように声を上げる


 「ここら辺は、貴族が住む区画みたいだね……」


 ユランが言う。

 

 もちろん、ユランはこの場所が貴族街だとわかって二人を誘導したのだが、偶然たどり着いたように装った。


 「貴族様が住む場所なんて……私たちが入ったら怒られないかな?」


 ミュンは不安そうに言うと、ユランの右腕に抱きついた。


 「……」


 それを見て、リネアも無言でユランの左腕に抱きつく。

 

 (歩けないんだけど……)


 ユランはそんな事を思ったが、二人を振り払う事もできずに、されるがままだ。


 実のところ、王都では、貴族街に平民が立ち入る事は何の問題もない。

 

 貴族となる人間は、聖剣士である場合がほとんどだ。


 『聖剣士は清廉潔白であれ』


 と言うのが彼らの基本理念である為、包み隠さず、自分たちの生活の場を公表している者が大半なのである。


 現に、大貴族の屋敷などは、あらかじめ申請すれば、有料で見学できる屋敷もあるほどだ。


 「二人とも先に進もうよ……こんな所にずっと居るのもなんだし。それに、貴族街なんて滅多に来れないから、ぐるっと一周してみよう」

 

 現状に耐えかねたユランが、二人に提案する。

 

 「そ、そうだね……不安だけど、ユランくんが一緒なら……」


 ぎゅっ


 リネアが、ユランの腕を離し、手を握る。


 (……ん?)


 「むっ……私も、不安だけど頑張るね!」


 ぎゅっ


 ミュンもリネアに続き、ユランの手を握る。


 (この二人、なんか最近変じゃないか?)


 不安だと言っていた二人だが、左右からユランを引っ張り、ズンズンと進んでいく。


 ユランは、されるがままである。


         *


 「……ん?」


 しばらく進んでいくと、ユランは妙な懐かしさを感じる場所へと辿り着く。


 そこは、貴族街の中でも一際、大きな屋敷の前だった。


 (ここ、何か見覚えがある気がする……)


 大きな屋敷の、広大な庭の中に、一本の巨木が立っていた。


 ユランは、大樹に見覚えがあった。


 屋敷のすぐ側に立つ大樹の背丈は、屋敷の屋根をも越え、大空に向けてそびえ立っている。

 

 (間違いない……ここは)


 この屋敷こそが、グレン・リアーネが暮らす場所。

 リアーネ家の屋敷だった。


 『大樹たいじゅ』はリアーネ家の紋章だ。


 その象徴たる『ダリアの大樹』が庭に植えられている屋敷など、リアーネ家の屋敷以外にない。


 ダリアの大樹には、青々とした葉が茂り、その枝には白い花が咲き誇っている。

 大樹の枝がそよ風に揺れ、花の香りが風に乗ってユランたちの元へ届いた。


 その大きさと、美しさは、遠目から見ても壮観だった。


 ユランが花の香りに妙な懐かしさを感じ、大樹の美しさに見入っていると──


 大樹の向こう、屋敷のテラスに一人の少女がいる事に気付いた。


 

 『わたくしと、お友達になって下さいませ』


 

 とても、とても懐かしい少女の声が聞こえた気がする……。

 

 ユランは、無意識のうちに、少女の名前を口にする。



 「リリア……」


 

 記憶の中の少女は、とても悲しげに、全てを諦めた様な表情で笑っていた……。


 テラスにいた少女は、ユランの存在に気付き、


 ニコリと笑った。


 その少女の笑みが、とても悲しげで、全てを諦めた様に笑うその顔が、


 記憶の中の少女と重なった。

 

         *


 「で、あの女の子は誰なわけ?」


 宿屋に戻ったユランは、ミュンに詰め寄られていた。


 「……いや、知らない子だけど」


 これは、完全に嘘というわけではない。


 テラスで見た少女が、ユランの記憶の中の少女と同一人物とは限らないからだ。


 「ふーん……やたらと可愛い子だったけど、何か、ユランくんあの子に見惚れてたよね? 何で? ねぇ、何で? 私たちといたのに、他の女の子に見惚れてた理由は?」

 

 ミュンは、鬼の形相だ。


 「……」


 リネアに至っては、そっぽを向いて口を開かなくなってしまった。


 ユランは二人の誤解を解く為、あたふたと言い訳を繰り返すのだった。

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