第8話 オーディン、登場する
「まさかね」
杏奈は応接室のソファに深く座り直した。
「ダメだったか?」
「ううん。私は伊吹を助けるって決めたし、付き合うよ」
俺は、その三を選んだ。面倒臭い人らしいが、すぐ会えるのなら、すぐ帰れる可能性も高まるだろうと考えた。
「じゃあ、早速呼びましょうか」
「呼ぶ?」
俺と杏奈が話している間、ノジャは呑気にハーブティーをおかわりしている。
杏奈はすくっと立ち上がり、手を前にかざした。
すると、手首のピンクの輪が光り始めた。
「ちびっ子オーディン召喚!」
カッと周りが光に包まれた。
「簡単に呼び出しおって」
杏奈がいる方から、しわがれた声がした。
光がおさまると、杏奈の手の上に、ぬいぐるみのようなものが立っていた。ぬいぐるみにしては、気味が悪いが。
オレンジ色の一つ目、瞳孔はぐるぐると渦を巻いている。鼻はなく、唇もない。唇があったであろう所に歯茎とギザギザしたすきっ歯が見えた。頭は禿げていて、全体的に真っ白な肌だった。
元は真っ白な服だったのだろう。黄ばんだ白いマントを体に巻き付けている。腕は棒のようで、右に三本、左にも三本生えている。腕はあるが、手がない。足も棒のようで、足の甲や足の指は見当たらなかった。
面倒臭いやつ、と杏奈は形容していたが、面倒臭いというより気味が悪いがピッタリ合う。
「オーディン。聞いてほしいことがあるの」
「興味ないな」
「そう言わないで!」
オーディンと呼ばれたぬいぐるみの背から、白い羽の翼が生えてきた。オーディンは宙に浮かび、杏奈の手から離れた。
ギョロっとした目で俺とノジャを見てから、にたぁっと口に弧を描いて笑った。
「吾輩、暇ではないのでな。他所を当たれ」
「話だけでも聞きなさいよ」
俺は置いてけぼりをくらっている。これは……何なんだ? ぬいぐるみが喋るわけはないし、だとしても人間にも見えない。
「えっと、杏奈。この人は」
「あ! こいつは、オーディン。目玉だけで、本体は別の所にあるの。それで……神様」
「神様!」
俺は神様に向かって、気味が悪いって思ってしまったのか。神様って、こんな感じなのか。
「吾輩はオーディンだ。異世界の放浪者には興味はもう特にない」
俺はツッコミを入れそうになって、やめた。神様に逆らう訳にはいかない。
「いつもは食いついていたじゃない」
杏奈はムッとむくれて、オーディン様を指さした。
「杏奈。神様なんだろ。もっと丁重に扱った方がいいんじゃないか?」
「良いのよ。神って言っても、人間と大して変わらないわよ。ね、オーディン」
「他の神はな。吾輩まで一緒にするな」
オーディン様は浮きながら、ノジャの方に寄って行った。
「何なのじゃ」
ノジャはオーディン様を睨みつける。そんな不敬なことしないでくれよ!
「何でもないが? 杏奈。用はこれだけなら、帰るぞ」
「ちょっと待ってよ! 話くらい聞きなさいよ」
「では、一年」
オーディンは右腕を一本だけ上げた。
「一年、吾輩の命令をずっと聞く。どうだ?」
「はあ?」
杏奈は眉間に皺を寄せた。
オーディン様は楽しげに笑う。むき出しの歯茎が震えている。
「駒になってくれると助かるんだがなあ」
「嫌だけど」
「それなら、帰るぞ」
「待って、待って!」
杏奈はオーディン様の胴体を丸ごと掴んだ。
「ギルドの者も巻き込んで良いぞ。お前にその権利はないだろうが」
「ううっ。他の条件にしてよ」
「なし、だ」
オーディン様がそう言うと、杏奈の手をするりと抜けて、消えてしまった。
「あー!……ダメだったか」
杏奈は俺の方を向いた。
「ごめん。伊吹」
「いや、いいよ。杏奈が一年も命令を聞くことになったら、悪いしさ」
「そう言ってくれて、ありがとう」
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