黄金の眼鏡と苺姫
並木空
第1話 黄金の眼鏡の選定
《黄金の眼鏡》は、血筋にとらわれることはない。
国王が血筋によって縛られるのとは、対照的だった。
どの家の子どもでも《黄金の眼鏡》の称号を得ることができた。
まだ幼い子どもであれば、魔法使いのように何でも知る魔法の眼鏡になりたがった。
ある程度、物がわかるようになれば、立身出世に夢を見て、国王を助言できる国一番の学者になりたがった。
誰もが憧れる《黄金の眼鏡》。
それの選定は、百の秘密の一つ。
《黄金の眼鏡》しか知らなかった。
国王陛下の御意見番、国務大臣フィナンシュ卿には、目に入れても痛くない子どもがいた。
子宝を諦めかけたころにできた子どもであったから、その可愛がりようは宮廷の誰もが知っていた。
名をクランブル。
アップルグリーンの瞳が特徴的な男の子だった。
その子がそろそろ四才を迎える頃のこと。
大きな病気一つすることなく、健やかに育つ姿に、時の国王も好ましく思っていた。
第一王子のパルフェと一つ違い。
成人した暁には、頼もしい家臣となるだろう。
やがては、父のように国務大臣の一人となり、国政を担っていくだろう。
王都の人々が噂しあう以上に、クランブルは賢かった。
まるで砂が水を吸っていくように。
どんどん知識を吸収していく姿に、学者たちは嘆いた。
何故、代々国務大臣を勤め上げる家に生まれたのだろうか。
自由に言葉を操り、すらすらと小難しい単語を書き記す三つの少年に、そっとためいきをついた。
それは、まるで何かの予言のように。
秋の第二旬に、第一王女が誕生した。
王家の慣習に従って、王女の名前は黙される。
名づけに儀式に立ち会った者たちは、その音とつづりを知っていたが口にすることは出来なかった。
本当に、呼ぶことが出来ないのだ。
慣習に逆らって、名を呼ぼうとしても、舌が凍ってしまったように動かなくなる。
フィナンシュも、そうであった。
勤勉な大臣は我が家に帰ると、息子が眠る寝室に向かった。
遅い夕食をとる前に、我が子の寝顔を見るのが、ここ数年の習慣だった。
この日も静かに、ドアを開ける。
大臣は、アップルグリーンの瞳と出会った。
ぱっちりと目を開けて、息子が部屋の中央で立っていた。
これ以上ないくらい真剣な表情で、父を見上げていた。
「どうしたんだい?」
フィナンシュは絨毯に膝をつき、息子の細い腕を優しくつかむ。
千年も生きた老人のように、奇妙な目をしていた。
「第一王女様のお名前は、フレジェとおっしゃるのでしょう?」
クランブルは言った。
呼ぶことのできるのは、名づけた親とその伴侶だけ。
そう神が定めた法。
雷に打たれたように、フィナンシュはその場に縛りつけられた。
「どこでそれを?」
大臣は、やっとの思いで尋ねる。
「書いてありました」
幼子は言った。
子煩悩な父親の耳の奥で、その言葉はこだまする。
理解しがたいことが目の前に起きた。
「大きな辞書に書いてあります。
それを読みました」
クランブルはにっこりと笑った。
ようやく父は理解した。
息子は《黄金の眼鏡》だ、と。
翌日。
クランブルは、宮廷に招かれる。
国務大臣の息子としてではなく《黄金の眼鏡》として。
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