僕よ、剣になれ

猫侍

序章 傷だらけになった約束

「負けちゃったなぁ、最後の大会」


 僕──達桐たちきり 剣司けんじは自転車を押しながら帰り道を進む。日はだいぶ傾いている。雲が焼かれて黄金色に輝いていた。だけど、今だけだ。あと一時間もしないうちに真っ暗になるだろう。早く帰らなきゃと思うと同時に、大会で負けてしまった悲しさが僕の足を重くした。着替えるのも億劫で道着のまま出てきてしまったけど、汗とか歩きづらさとか気にならない。


「でも、俺と剣司は勝っただろ。他の三人が負けちまったからだ」


 隣では霧崎きりさき 刀哉とうやが自転車を押しながら、竹刀をケースごと片手で振り回している。僕と同じく道着を纏ったまま。刀哉も同じ気持ちなのだろう。


「悔しいよなぁ。剣道の団体戦ってさ、結局五人中三人が勝たないとダメじゃんか。俺たち二人がどれだけ強くなったって、勝てなかったりするんだもんな」


 確かに。僕と刀哉がどれだけ道場で強かったって、試合で白星を奪ってきたからって、勝ち上がれるとは限らない。刀哉は中学生にだって負けないほどの、小学生離れした体格とパワーを武器に。僕は刀哉より背が低いけど、その代わりスピードを武器に戦ってきた。大会ではいつも、僕たちは勝てるけど。


「やっぱ個人戦だわ。あと一歩ってところだったんだけどな」

「刀哉も僕も、お互い準決勝で負けちゃったもんな」

「隣の試合場でおまえが一本取られてんのが見えちまったんだよ。あれで動揺したんだ」

「なんだよ、僕のせいか? 集中力が足りませんって言ってるようなものじゃないか」

「うるせぇこの野郎」


 お互いにグーパンチを一発ずつ交わす。自転車の転がす音だけが、やたらと夕暮れ時の空に響いていた。隣を電車が通過する。車内の明かりが僕たちを照らしていると、


「中学では、おまえと戦いたいな」

「……どうした、急に」

「だって、地元に道場は一つしかないから、俺たち同じ道場だろ? だから、大会でぶつかったことねーじゃん。この前のもお互い負けちまったし。だから。戦績だって……」

「あー、七十四戦やって、綺麗に五分五分だもんな」


 そうか、中学では僕たちは地区の関係で別々の中学に行く。

 中学なら、大会で刀哉と当たることもありえるのか。


「……確かに、それは、楽しそうだな」


 一瞬、想像した。道場では勝敗が微妙でお互い胸倉を掴み合うこととかしょっちゅうだったけど、それでも刀哉の強さは、凄さは認めているから。道場での試合と、大会本番の感じはやっぱり違う。緊張感というのかな。雰囲気はどうしても違ってくる。だから、僕も。


「だろ? 絶対アガるって。やろうぜ! 個人戦で、全国懸けて、俺たちの試合で会場中を圧倒するんだよ! 最高だろ!」


 刀哉と全国を懸けて戦う──。


 もしも、そんな話が実現したらと考えて、背筋がゾクゾクっとした。

 汗で冷えたから、だけではないだろう。


「な! 約束! 中学で全国を懸けて戦う! だから部内で最強になれ!」

「ああ、僕たちならやれる。全国を懸けて、剣を競い合おう」


 夕暮れ。一つの季節が終わるころ。

 僕と刀哉は、どちらからともなく、拳を合わせた。

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