第21話 きらきらとした夢の時間
「それでは! 我ら一年トリオの勝利を祝して、カンパーイッ!」
「「カンパーイ」」
刀哉が音頭を取り、ふんぞり返りながら瓶のコーラを掲げる。僕も八咲も座りながら、刀哉同じく瓶のコーラを持ち上げる。掛け声の後に中心に持ち寄って軽くぶつけ合う。小気味いい音が三回響いた。
「っぷはぁ! いやぁ、勝利の後のコーラは格別だな! 喉に沁みるぜ!」
着席した刀哉がテーブルに並ぶポテチなどのお菓子に手を伸ばす。手を止めるということを知らない刀哉の食いっぷりに苦笑いを浮かべる八咲。そんな彼女もペース良くコーラを煽る。
「八咲、炭酸って飲むんだな」
「お腹が膨らむからあまり好まないが、今日は特別だよ」
てっきり緑茶とかを嗜むのかと思ったら。今日は特別とはどういうことだろうか。
「なんせ、君がようやく復活したんだ。これを祝わず何を祝うというのだね」
「八咲……」
感慨深そうに言う八咲の表情に、噓偽りやお世辞のような雰囲気は感じ取れない。本心で、本当に喜んでくれているんだ。嬉しい、と同時に今まで積み重ねてきた努力がようやく報われたような気がして、心にじんわりとした温かい気持ちが滲み出る。
「そうだぜ! おかえり剣司! これで俺たち三人、バチバチに稽古できるな!」
口の中をピザでいっぱいにした刀哉が無遠慮に肩を組んでくる。今度は僕が苦笑いをする番だった。八咲が口をへの字に曲げて、
「おい刀哉、おまえちゃんと指は拭いたんだろうな。君はそういうガサツなところが──」
「あーもう、うるせぇよ沙耶。おまえは俺の母ちゃんか」
「君の母親なら、こんな小言では済まないが?」
左手を不気味に動かす八咲。指の関節から鳴る音が背筋をゾッとさせる。
「だぁっ! 悪かったよ! ちゃんとお手拭きで綺麗にしてるよ!」
「ならいいが」
殺気を鎮める八咲を見て「ふぃ~」とため息をつく刀哉。しかし、僕は知っている。刀哉が実は肩を組むその瞬間まで、指先はポテチの油で汚れていたということを。ほら、今も僕の陰に隠れてこっそりと指を拭いている。
──三年生との勝負は八咲が宣言通り五代部長を瞬殺して決着した。先輩たちはみんな交通事故にでも出くわしたような表情をしていたけど、最後に部長が放った台詞で事は収まった。
『俺たちの負けだ。もう達桐の処遇についてはとやかく言わん。好きにしろ』
それだけ。それで全てに決着がついた。八咲が何かを言って煽るかと思ったけど、意外にも礼儀正しく『ありがとうございました』と一言だけを残し、道場を去った。
そしてその足でコンビニに向かい、ポテチやらジュースやら冷凍ピザやらを買ったのだ。刀哉の金で。後で徴収するからなと刀哉が呪詛を漏らしていたが、八咲は口笛を吹いていた。
宴の会場として指名されたのは刀哉の家だった。両親が共働きとのことで広い間取りの二階建ては今僕たちだけの城となっている。誰にも邪魔されない空間というのは、なんかこう、悪いことをしているような気がして背徳感がすごい。でも楽しい。
今まで僕の心を縛り付けていたトラウマからようやく解放されたからか、頬がいつもより軽く感じる。自然に笑えているって分かる。そういえば、僕はあの日から、心の底から笑えてなかったような気がする。
僕がどうしても克服できなかったトラウマを乗り越えることができたのは、間違いなくこの二人のおかげだ。
ああ、そうだ。僕が今ここにいられるのは、この二人のおかげじゃないか。
こうやってお菓子を食べて、ジュースを飲んで、心の重責に怯えずに笑えているのは、八咲が僕を厳しくもまっすぐに向き合ってくれたから。僕が再び剣を振れるようになったのは、刀哉が曇りなき心で僕をぶっきらぼうだけど励ましてくれたから。
「刀哉、八咲」
ピザを回してふざける刀哉と、そんな刀哉を𠮟る八咲を、僕はハッキリと呼んだ。
僕の声色が変わったことを察したのか、二人は動きを止めてこちらを見る。
刀哉の爛々と輝く瞳から、八咲の穢れなき純粋な魂から、僕は決して目を逸らさない。
「ありがとう」
心の底から溢れる想いを言葉に乗せて、二人に届ける。
「君たちがいてくれたから……僕は、また、剣道を」
「改めて言うことでもねーだろ、剣司」
言葉を続けようとしたら、刀哉が頭を掻きながら口を挟んだ。
「何度も言ったけどよ、本当に待ってたんだ。おまえの復活を」
「口を挟むのはどうかと思うが、刀哉の言う通りではあるな。私たちは……いや、私は私のやりたいことのために動いていたにすぎない。刀哉も、君も、利害が一致したというだけだ」
八咲がコーラを口に含む。液体が喉を通過したことで、細い首が艶めかしく動いた。
「私たちが何かをしたワケじゃない。立ち上がり、努力し、再び剣を握ったのは他でもない君だ。君はもっと自分を信じ、自分を許したまえよ。これからの人生の方が長いのだから」
「……なんかおばあちゃんみたいなこと言うな」
「ほう? レディにそのような発言は失礼にあたると想像できんかね?」
しまった。何も考えずに言ってしまった。
「まーまー、落ち着けよ沙耶。そんな眉間にシワ寄せてたらせっかくの可愛い顔が台無しだぜオイ。不満があるならこれでケリ着けようや」
そう言いながら刀哉が用意したのは据え置きのゲーム機だった。
「ファイブラだ! やったことあんだろ?」
ファイブラ──正式名称、ファイティングブラザーズ。僕たちが小学生の頃に、全国の男子の間で大ブームを巻き起こした有名な格闘ゲームである。もちろん僕は知っているが、
「ゲーム? 私はテレビゲームをやったことなどないが」
「おい刀哉。八咲やったことないって。さすがに僕らではハンデが過ぎるんじゃ」
「けけけ。日頃から沙耶にボコられてっからなぁ。鬱憤をここで晴らさせてもらうぜ。まさか県下の暴君様がゲーム一つで逃げるワケねぇよな?」
あまりの下種な発言に絶句してしまう。これが自分の剣友だとは思いたくない。
こんなしょうもない挑発に八咲が乗るはずないだろうと思っていたら、
「面白い。君がそこまで正面から私に喧嘩を吹っ掛けてくるとは思わなかった。中学の頃、私から一本も取れたことのない君が勝てるか?」
「はぁん? 一本だけ取ったことあるっつーの! 記憶改竄してんじゃねぇよ」
「君に取られたことなどないが?」
どっちが正しいのかは僕じゃ判断できないが、少なくとも二人の意見が一致しているところだけを汲み取っても、やはりあの刀哉が八咲から一本を奪ったことはロクにないらしい。確かに、八咲のあのバケモノじみた剣筋を見せられたらなぁ。
「達桐、君は私の味方だよな?」
「剣司ぃ、おまえは俺を信じるよな?」
敢えての無言。僕は口を開かぬままゲームのコントローラ―を握りしめ、
「八咲がいいなら、もうこれで決着つけようか。もちろん、ハンデ有りでね」
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